⑩
言われてみれば、この場所で始まったんだ。
もし、俺と井口があの日キャッチボールをしていなかったら、内藤莉英が公園であんなことをしようと思わなったら物語は始まらなかった。
全てが偶然。
あらゆることがそうだったのかもしれない。この地域に生まれたことも、今日までなんだかんだで生きていたことも、今まで彼女がいないかったことも、全部が意味や理由なんかないのかもしれない。
「あ」
「何やっているんだよ」
井口から投げられたボールを落球する。
「ちょっと考え事していて」
そのボールを拾い彼に投げ返す。
「考え事?」
「大したことじゃないけど、最近面白いなって」
「確かに。それは面白いかも」
「そうだ。この前の莉英とのデート、スパゲティー店にしたろ?」
「そうだけど。それが?」
「俺も同じ店にしちゃってさ、彼女、二回食べることになっちゃったんだぞ」
「マジで? ウケる」
井口がボールを返さず腹を抱えて笑う。
「笑い事じゃないだろ。早くボールよこせ」
悪い悪いと言って、彼はボールを投げ返してくる。
「で? その時何を話したんだよ」
「何を話したって?」
「どういう会話したかってこと」
莉英との映画館デートから二日経ってやっと井口とこうして夜のキャッチボールができた。その間、彼がどういう形でこのシェア彼女をしてきたのか気になった。
「忘れた」
「はあ? 忘れた?」
「ああ、ホントくだらない話だったもん。でも彼女笑ったところ素敵だよな」
確かに、俺も何を話したかは断片的で覚えていないし、莉英の笑顔が一番印象的だった。というより、井口の時も笑うんだと落胆する。
「そういえば、お前、彼女のこと莉英って呼ぶんだな」
「え?」
急に体が熱くなるのを覚える。
「じゃあ、お前、なんて呼んでいるんだよ?」
「あんたかな?」
「あんた? そんな、名前で呼んでやれよ」
「そっか。。でもそうするとホントの彼女みたいだな」
ホントの彼女。莉英も恋人ごっこと言っていた。二人の中でこれは遊びなんだろう。そもそも恋愛なんて本気で真面目にするものではないのだろうか。いつの間にか、シェアに一番はまっているのか。
「なあ。俺らってどうしてこれやっているんだよ」
「何でって、面白いからじゃね?」
「そうだけど。。。莉英はどうなんだよ。あの子は楽しいのかわからないし」
「それはわからないね。直接聞いたことないし。でも、誘って来るってことはそれなりなんじゃない?」
それなり。そうかもしれない。時々莉英とデートしたことを思い出してニヤついたり、彼女との関係を悩んでいる俺の方が変なのかもしれない。もっと気楽にやるべきもしれない。
「で、中川。お前はどうなんだよ?」
「え? 俺は、、、、それなりかな?」
そして俺はまた本音を隠して嘘をつく。いや、嘘というより本当に自分が今彼女のことをどう思っているのかわからないのだ。
「そうか。で、これからどうしようか」
「これからって?」
「展開だよ。どこまで行くかってこと」
「どこまでって、それは夜の方じゃない?」
「はあ? 夜? セックスとか言っているの? それはないだろう。俺が聞いたのはどこか遠出しないかってこと」
普通、展開などと聞かれたらそういうことを訊かれていると思うだろう。それにしても、俺は莉英のことが好きかどうかも分からないのにセックスなどしたいと思っているのだろうか。
「とりあえず、お前、危ないから今度は三人でどこか行くか」
「危ないって何だよ」
「何するかわからないってことだよ。危険だろ?」
危険というのは聞き捨てならなかったが、一緒にどこか行くのは賛成だった。
「まあ、いいよ。どこにする?」
「そうだなあ。まあ、彼女の意見もあるだろうからそこはメールでやりとりするか」
俺たちは何をやっているのだろう。
最近、自分で自分がわからない、自分が自分でない感覚に陥る時がある。そんな思いとは裏腹に時は進み周囲は目まぐるしく変わっていく。
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