第55話 断罪の時

「時間だ。そのうち地獄で会おう。父上」

「ま、待て。儂を斬って、オルセルン殿が黙っていないぞ」

「誰だそれ。知らんな」

「だ、だから待てと。そ、そうだ。王国の財宝が欲しくないか? 欲しいだ……ぎゃあああ!」


 サーベルを振るい、真っ赤な液体を払い落とす。

 言うに事を欠いて財宝か。そんなものとっくに帝国が接収しているだろうに。

 ここで逃亡者一味を全て滅すれば、帝国もお荷物が消えて大助かりじゃないのか。

 ただし、公国に我が父を据え、傀儡政権を立てるという野望は成しえないがね。

 ふんと鼻を鳴らし、崩れ落ち動かなくなった父だったものを見下ろす。


「イル。私は父に従わざるを得なかった。公国にいては命がないと脅されたのだ」

「ふうん。それで、ルドヴィーゴ兄さんはどうするんだ? 俺は何度も言ったぞ。降伏か死か選べと。父上は降伏ではなく死を選んだ」

「ち、父上はどちらもまだ言っては……」

「あのままグダグダと時間を伸ばして、オルセルン殿? だったかが降伏するまで粘ろうって腹だったんだろ。つまり、あいつが自分から降伏すると言う気がなかった」


 「後は分かるな」と態度で示す。説明しなくともそれくらい察して欲しいな、兄上。

 まあ死を目前にして考える余裕なんて無いか。


「こ、降伏する。い、命ばかりは」

「ヴィスコンティ、どうする? 俺はどっちでも構わない」


 両手を地面につけ、懇願するルドヴィーゴから目を離し、ヴィスコンティへ顔を向ける。


「三本ローズは仇敵ノヴァーラに届きました。グラッソを生かして、ルドヴィーゴを生かさない理由が私にはありません」

「そうか。グラッソも仕留めておいてもよかったな。すまん、降伏した者をその場で処刑することは、俺の矜持が許さなかった」

「王の法を尊ぶお心にこのヴィスコンティ、感服いたしております」


 ヴィスコンティが敬礼し、判断を俺に委ねると任せてくれた。

 ルドヴィーゴとグラッソの処遇は戦後に決めるとしようか。

 

「ルドヴィーゴを連れていけ」

「承知いたしました!」


 ヴィスコンティの部下の二人がルドヴィーゴを拘束し馬に乗せる。

 これまでのやり取りをじっと見守っていたアレッサンドロの肩をポンと……こいつ無駄に背が高いな。

 背伸びして彼の背中をポンと叩く。

 

「イル様!」

「ぼーっとしている暇はないぞ。ほら、オルセルン殿とやらに降伏勧告を送れ」

「はい!」


 アレッサンドロはすぐに動き始め、腰から下げた角笛を吹き鳴らす。

 ブオオオンブオオオン――。

 彼の鳴らした角笛の音に呼応するかのように、帝国側から銅鑼が打ち鳴らされた。

 対応の早さから見て、帝国がちょうど降伏しようかというところだったみたいだな。

 

「俺たちの勝利だ! 剣を引け、帝国軍は剣を捨てその場で座れ!」

「イル様万歳! ミレニア王国に栄光あれ!」


 俺の言葉にアレッサンドロとヴィスコンティが続く。

 鬨の声は瞬く間に広がり、矢と石の攻勢も止まる。

 

「イル様。帝国軍がこちらにやってきます」

「指揮官か?」

「恐らく。帝国軍士官の証である赤マントを装着しておりますので」

「了解。迎え入れようか」


 死臭漂うこの場所で会談をする気はない。相手もそのつもりだろうし。

 この場は挨拶程度だ。

 双頭の鷲の旗を持つ兵に囲まれた一団が、俺たちの前で止まり一斉に敬礼をする。

 一団が割れ、中央から金糸で刺繍された赤マントを纏った指揮官が出てきて、ビシッと軍隊式の礼をした。

 ふむ。この指揮官、意外だ。貴族の世襲で指揮官になっただけの線もあるが……。

 というのは、俺より頭一つ高くはあるが、九曜のように細身だったから。

 いや、細身だからといって侮るつもりは毛頭ない。それを言いはじめたら俺が何だって話になるからな。

 指揮官は白銀の鎧が全身を覆い、兜も顔の一部を出すものではなく完全に頭が隠れるタイプのものを装着していた。

 かつかつと一人進んでくる指揮官の動きから、俺は考えを改める。

 こいつは素人じゃない。指揮官まで昇ることができた理由は世襲なのかは不明。

 少なくとも、帝国指揮官が相応の個人武勇を持つことは分かる。


「帝国軍指揮官オルセルンです。此度の遠征軍の総責任者です」

「ミレニア王国、国王のイルです」


 オルセルンが兜越しに俺の方をまじまじと見つめ、ハタとなり兜に手をかけた。

 バサリと長い黒髪が落ち、オルセルンの顔が露わになる。

 彼は切れ長の目をした女と見紛うばかりのストレートヘアの美丈夫だった。


「あなたがイル王……。ノヴァーラ様から男の方だとお聞きしていたのですが。まさか私と同じ、女の身でありながら軍を率いておられたとは」

「私こそノヴァーラの息子イル・モーロ・スフォルツァで間違いありません」

「失礼いたしました! イル王の元に案内していただけるようにと思い、こちらに参じたのです。兜をつけたままの挨拶、非礼を深くお詫びいたします」

「いえ、この場で和平の条約を結びたいところですが、改めて。指揮官であるあなたと帝国兵200名ほどを捕虜とさせて頂きます。交渉成立後、解放します」

「承知いたしました。我らは敗軍です。ですが、どうか部下には寛大な処遇を」

「帝国軍の捕虜は客人としてもてなします。戦争は終わったのです。少なくとも帝国軍に我らから何かをすることはありません。移動は制限させてもらいますが」

「お心遣い、感謝いたします」


 膝を付き両手を差し出すオルセルンに向け、首を横に振る。

 

「拘束はしません。ここで脱走しようなどとするあなたではないでしょう。私としては、交渉成立後、逃亡することをお勧めしますがね」

「逃亡などしません。部下を失った全ての責はこの私にあります。おめおめと私だけが生き残ろうなどとは」


 敗軍の将か。部下の死は自分の責任である。

 当たり前のことだが、いざとなれば自分の命のことばかり言う奴の方が多い。

 彼女はちゃんとした将だったってことだな。


「……オルセルン殿をお連れしろ。頼んだぞ、サンドロ」

「承知いたしました!」


 アレッサンドロに連れられていくオルセルンの後ろ姿を目で追う。


「ヴィスコンティ。帝国兵の拘束、収容を任せていいか? 捕虜は維持費もかかる。一旦全員を拘束してから帝国軍上位の者を残し、解放しろ」

「二百名程度残すということですね」

「うん。頼んだ」

「お任せください」


 ヴィスコンティに残務を任せ、俺は要塞に引き上げることにした。

 こっちはこっちでやることがたんまりあるからな。ロレンツィオも引っ張り込まないと。

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