第42話 小手調べ

 俺より前を行く二騎の騎兵と足並みを揃えながら、「多少整備した」獣道を進んで行く。

 斜め後ろを左右それぞれ一騎がついて来ており、その後ろに残りの騎兵が続いている。

 

 遠目に四つ葉のクローバーを掲げた旧王国騎士の姿が確認できた。

 よし、そろそろか。

 

「王国旗を掲げよ! 我らが王国に栄光あれ!」

「王国に栄光あれ!」


 前の二騎の騎兵が叫び、鞍に備え付けた取っ手を支えに旗を掲げる。

 太ももで支えることができるので、両手が空くつくりになっているのだ。

 この造りは特に俺が開発したものというわけではなく、王国では一般的なものである。

 旗を持つことって多いから、いちいち手持ちしていては弓を引くのにも難儀するからね。

 

「国を掠め取った元王族め! ミレニア王国は渡さぬ!」

「汚い罠を使うような卑しい輩め! 正面から来るとは叩き斬ってくれる!」

「我らこそ、正統なる王国の貴族である! 叛逆者は全てなで斬りにしてくれるわ!」


 おお、気が付いた気が付いた。

 これだけ派手に進めば当然だろう。

 見通しを良くしてあげているからな、ははは。

 罠にハメまくったからか、我先にと突っ込んでくる様子に良いおとりになれそうだと確信した。

 

「一旦停止。お客様が来るまで待機」


 手をあげ指示を出すと、俺が止まるに合わせて他の騎馬も停止する。

 全身鎧の旧王国騎士たちはガチャガチャと鎧を鳴らしながら怒り心頭の様子でこちらに駆けてきていた。

 あれだけ重たい鎧を装着していたら、やはり遅い。止まらず走り続けていることは評価できるが……。


「お、来た来た」


 「どけどけ」と走る旧王国騎士たちを左右に散らせ、騎兵が前に出てくる。

 

「標的接近中。反転し、逃走」

「逃げるのか! 汚い手しか使えぬ愚か者どもめ! 叛逆者には騎士たる気構えさえないと見える」


 敵軍騎兵が何か叫んでいるけど、知ったこっちゃない。

 手鏡を懐から出し、元来た道を進んで行く。後ろからは敵軍騎兵がどんどん距離を詰めてきていた。

 

 キラリと手鏡を光らせ、速度を緩めずそのまま前進。

 後ろの友軍騎兵が抜けたところで、バラバラバラと木の上から硬い何かが撒かれるかすかな音が耳に届く。


「鉄のスパイクか! き、汚い手を!」


 悲痛な馬の嘶きが響き、数十体の騎兵が倒れ伏し、その上に他の騎兵が乗り上げる。

 敵騎兵の悲鳴と怒号が被害の規模を物語っていた。

 チラッと後ろを確認すると、ざっと見た感じ倒れている騎兵は十ちょっとといったところ。

 残りは倒れた馬を乗り越え、必死の形相で迫りくる。

 

 その時、不意に先頭の敵騎兵が前のめりに吹き飛び、ゴロゴロと転がった。

 馬はそのまま立てなくなり、首の骨を折って動かなくなっている。

 殺到する騎兵も次々と吹き飛んでいき、倒れた馬と人の上に重なっていく。

 その数凡そ、八から十ってところかな。

 残りの騎兵はといえば、お、来てる来てる。全軍呼び集めているようで、どんどん騎兵が増えていっているな。

 確か、桔梗たちに削られた残りが百ちょいくらいだったっけ。

 

「ジョルジュ、待たせた! マキビシは全部撒いちゃっていいぞ! 思いっきり暴れろ!」

 

 樹上に向け叫ぶ。

 俺の声に呼応するように先ほど地面に投げられたのと同じ、三角形で尖端が尖った小さな鉄片――マキビシが地面に投下された。

 それだけではない。樹上から雨あられと矢が射かけられる。

 次々に倒れていく敵騎兵。


「行くぞ。拠点に戻る」

「了解いたしました!」


 俺と五騎は、グリモアが待つ野営地点までゆっくりと引き上げていく。

 矢の雨とマキビシ、鉄線を越えてきた敵騎兵を引き連れながら。

 

「イル! やるじゃねえか!」

「おう。すぐ来るぞ」


 戻るなりグリモアがグッと親指を突き出し、ニヤリと笑う。

 

「あいよ。いくぜええ。お前らああ。上げろ!」

「分かりやした。親分!」


 左右に陣取った兵たちがそれぞれロープを掴む。

 えいさーという声に合わせ、ぐぐぐっとロープを引っ張ると地面に寝かせてあった丸太が四十五度まで浮き上がった。

 丸太の先端は杭のように尖らせてある。

 

 そこへ、残った敵兵が突撃してきた。

 気が付いた時にはもう遅く、止まろうとするも間に合わずに後ろの騎馬にぶつかられもろとも串刺しになる。

 それでも尚、残った騎兵にはグリモアたちから矢の雨を射かけられ全て倒れ伏す。

 

 ピュー!

 ちょうどそこへ甲高い笛の音が響いた。

 

「もう退き始めたのか、根性がない奴らだな」

「罠しかねえって分かったんだろ。お前さんが何もせずにノコノコ出て来るわけがないって考えりゃ、普通ついてこねえだろうに」


 この笛は敵が退いたとの合図だったのだ。

 密集して引き上げているのだろうけど、逃げる敵を討つのはこちらが寡兵であっても容易い事。

 不退転の覚悟を持って、その場で待機し俺たちを待ち構える、とされると厄介だったんだけど。

 こうなると、真正面から打ちかからなくちゃいけなくなるので、一気に崩すことは難しくなる。

 その場合は、こちらだけ騎馬を所有していることと樹上移動を活かし遠巻きにちまちまと削るだけだ。

 奴らは森に重装備で入った時点で機動力を生かした戦法に対応することが難しくなっている。

 それを補う騎馬だったのだが、先ほどほぼ全て潰し切った……と思う。

 

「俺は残っているだろう騎馬を追う。グリモアたちはジョルジュと連携して追撃を。無理はするな。『夜』もある」

「可愛い顔してえげつないねえ。お前さん」

「こちらには夜でも昼と同じように動くことのできる身軽な者が多数いるからな。種族差を活かさない手はないだろ」

「物は言いようだな。死ぬなよ。イル」

「グリモアもな! 生きて合流しよう」

「全く……ボスはボスらしく自分の安全を重視しろってんだ」

「すまん。俺が行かねば……」

「ガハハハ。俺はそんなお前さんが嫌いじゃないって言ってんだろ。気張ってこい。俺たちも全力で行く」


 グリモアと拳をガツンと打ち付けあい、微笑み合う。

 戦闘用の騎兵はあらかた仕留めきったと思う。

 ハッキリと数えたわけではないけど、死屍累々の山を見た感じ百ほどはあるはず。

 

「九曜、桔梗。樹上からサポートを頼む」


 顔をあげ、精一杯の声で叫ぶ。

 カサリと葉が動き、彼らがいることを示してくれた。

 

「目指すは敵陣だ。別ルートを通る」

「承知いたしました」


 馬一頭分ちゃんと進むことができる道も準備しているのだ。

 戦闘とは準備が九割であるとは、俺の持論である。

 ヴィスコンティの時も地下から進んで急襲するため、地下の詳細な地図を作ったりしていたっけ。

 

 ここから敵陣までの道は目印を見ながら進めば、問題ない。

 違うルートに入ると、罠でドボンの可能性があるので、間違うと大変なことになる。

 敵軍をここまで導いたのも、俺たちが進ませたいルートについて事前にちょっとした整備をして進みやすくしていたし、ルートを外れた敵兵は罠か桔梗たちの奇襲で軍を離れたところで仕留めていたのだ。

 奴らは、この場所まで来る以外、安全なルートがなかった。

 といっても、ここに至るまでのルートは何本か用意しているので、通りやすい道を選んでいたらここに辿り着くようになっている。

 下手に探索だのした兵は本隊に帰還することなく、土と化したに過ぎない。

 

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