第30話 順調、いたって順調

 スパランツァーニと会談を行ってからはや八か月が過ぎようとしようとしている。

 季節は晩夏を迎え、農村部では収穫の時期となっていた。

 

 人口が減り続けていた農村は、街からの移住者によってかつての人口密度を取り戻しつつある。

 意外にも貧困層の中で、人間は街から出ることを希望する者が多かった。

 もう一方の獣人は半々で、廃村に行く者もいれば、街の周辺で新規開拓に勤しむ者と別れている。

 

 収穫期が過ぎ、農村は劇的な変化を見せた。

 飢えに苦しむ者が皆無となり、減税の効果もあってか冬に備えて蓄えも確保できるだけじゃなく、余剰分をまで出ている。

 農業技術が劇的に変化したわけではない。天候も平年並みで、特段豊作になるような見込みではなかったんだ。

 しかし、収穫量は豊作と言われる年と同基準になった。

 短期間でこれほど改善された理由は人員の補充、それだけである。

 報告によると、農村人口の増加だけじゃなく、モンスターや猛獣の排除が最たる理由だとのことだ。

 農民が農業に集中することができ、農作物を食い荒らすモンスターに煩わされることもなく、人を狙った肉食動物やモンスターに対抗する必要もなくなった。

 俺の考える以上に、農村の自警が大変だったというわけである。

 

 農村からの最終的に集まった税収は、昨年と同程度になった。

 あれほどの重税を課していた昨年と、である。

 同額なのはあくまで税として見た場合だけ。余剰分は王領内をくまなく巡回するようになった「王の商隊」が買い取り、農民たちは生活必需品だけでなく嗜好品も買う事ができるようになっている。

 商取引が増えることによって、内需が拡大し王国内経済が活性化した。

 王の商隊の利益は商隊の運営費を差し引いても、相当な利益をあげている。それだけじゃない。

 取引量が増えると、今度は物の消費による税が入る。

 経済活動を重視しておらず中世的な物の移動がなかった昨年までと比べるのもアレだが、商取引額は昨年比500パーセントの伸びとなった。

 これでもまだまだ、農村や王都、ピケなど大都市との流通は足りない。

 来年春までに、商隊の数を三倍くらいまでに増やそうとしている。また、行商人になる者も増えてきたのでこの分野は倍々ゲームで伸びていくことだろう。

 

 さてもう一方の肝入り政策である新規開拓はというと。

 

「イルー! よく来たね。今朝絞って湯煎したての牛乳だよ。持っていって」

「ありがとう。順調そうだな」

 

 麦わら帽子を被ったアルゴバレーノが尻尾をパタパタ振りながら、俺の元へやって来る。

 彼女から二リットルほどの牛乳が入った瓶を受け取り、礼を述べる。

 俺はちょくちょくと街の外に顔を出していて、様子を見ていた。

 来るたびに牧場が拡大していて、来年のためにと農地の整備まで始まっているんだ。

 今日もちょっとした時間ができたから、ここへ訪れた。

 犬耳らが鶏に突っつかれている姿にくすりときていたら、アルゴバレーノがにいいっと笑みを浮かべ人差し指を立てる。


「テシオ爺さんがいてくれたからさ」

「あの人、馬が専門だとか言ってたような」

「牛も羊も鶏も草食竜も全部さね」

「へえ。そいつはすごいな。他のご意見番らはどうだ?」

「みんなそれぞれいろんなことを教えてくれるよ。ほら、そこも」


 彼女が指し示す場所は農地の予定地だった。

 大きな岩を取り除き……お、あのライオン頭は怪力自慢のダンダロスか。

 彼ほどの戦士を街の郊外に、は惜しい気持ちがあったけど、本人の希望だったから致し方ない。

 あれ。あの場所って農地だよな。

 

「柵を作っているのか?」

「うん。牛をあの場所に移すのさ。牛を飼育している場所に作物を植えるといいんだって」

「なるほど。案外、この辺りって痩せた土地だったのか」

「あたしにはさっぱり。爺さんたちが来てくれなかったら、と思うとゾッとするよ」


 ご意見番たちは体こそ満足に動かすことができなくなっているが、長年の経験からくる的確なアドバイスを行ってくれている。

 彼らが頭脳となり、元気いっぱいのアルゴバレーノたちが実作業をすることで従来の農村と変わらぬ力を発揮しているようで何よりだ。

 人間と獣人、年長者と若者と隔たりがあるかもしれないと心配したけど、全くの杞憂だったようでよかった。

 都市部近郊で農業や牧畜をすることは、大きな意味がある。

 何も空いてる土地を活かすということだけじゃあない。

 

「育てる野菜なんだけど、葉物がいいかもしれん。腐りやすいものは遠方からだとなかなかな」

「牛乳と同じことだね。相談するよ」

「頼む」


 話が早くて助かる。

 現代の日本であっても、近郊野菜は市場のシェアを多く占めている。

 輸送距離が短く、朝に収穫したらその日のうちに市場に並べることができるのが強みだ。

 ミレニア王国では冷蔵技術や殺菌技術なんてものが発展していないから、都市のすぐ外で収穫できる生鮮食品の効果は計り知れない。

 牛乳や肉にしたって、新鮮なうちにお届けできるのだからな。

 チーズや干し肉ならともかく、保存の利かない食料品は都市部じゃあ食べることができないのだ。

 魚にしたって港街であるピケならレストランに行くと普通に食すことができるけど、ミレニアだったら極一部の店でしか食べることができない。

 

 そんなわけで、都市部への食料品は常に供給不足である。

 アルゴバレーノたちの頑張りで、豊富な種類の食品が街へ供給され食生活が豊かになり商業活動も更に活発になることだろう。

 

「じゃあ、戻ろうか、桔梗」

「……何か来ます」

「ん。もうついていてもおかしくはないけど」

「いえ、少し……」


 この後、人と会う予定がある。

 王国には封建領主と呼ばれるヴィスコンティのような土地持ち貴族が幾人もいるのだ。

 その中で早めに会っておきたかった貴族が二人いる。

 彼らの真意を問う意味でも、王領の内政が一通り済むまでコンタクトを取ることを控えていた。

 そろそろ頃合いだろうということで、一方を呼び出したんだよ。

 それで、ようやく会える日になったわけなのだけど……桔梗の様子からして全く別の案件みたいだ。

 彼女の声色から、招かれざる来客のようだけど、俺に会いに来たのかどうかは不明。

 そもそも、街には毎日多くの者が外から来る。ピンポイントで俺宛なんてことは滅多にない。

 

 疾風のように駆けてくるしなやかな動きは黒豹頭のカラカルか。

 彼もまたアルゴバレーノと共にここで家畜を育てている。

 

「イル。お前の知り合いか? アレは」

「何のことだ?」

「アレは普通じゃない。俺の尻尾が危急を告げている。悪い意味でな」

「桔梗が言っていたものと同じかな。どんな奴らなんだ?」

「変わった形の馬車に乗っている。黒に薄紫。引いている馬のようなものが。見た方が早いな。もう来る」


 黒と薄紫……。ひょっとして、カボチャの馬車に乗っているとか?

 真っ直ぐこちらに向かってくる馬車がようやく俺の目にも見えた。

 ビンゴかよ!

 引いている漆黒の馬には首から先がない。

 実際に会ったことはないが、一体何用だ。ウラド。

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