第16話 四つ葉のクローバーを掲げよ

 先に九曜、次に桔梗が無事、地下まで戻って来てくれた。


「九曜」

「……了」


 九曜からメモを受け取り、彼からの報告を読む。

 兵舎は静かなもので、窓明かり一つ無いとのこと。全員が寝静まっている……のか、夜遅くまで起きているような者はぶらりと街の飲み屋に行っているのか。

 城内には何もないから、寝る以外には修行くらいしかできない。明かりも消えてたってことは、本を読んだりなんかをしている者もいないってことか。

 実に兵士らしい。といっても、現在時刻……俺の肌感覚で午前3時と深夜も深夜だから、全員が就寝していてもおかしくはない。

 

「ありがとう。九曜。こいつを。渡すことを忘れる前に持っていてくれ」

「……是」

 

 懐から小さな笛を取り出し九曜に握らせる。


「イル様。それはイル様が肌身離さずお持ちの」

「九曜に持っていてもらいたいんだ」


 慌てた様子で口を挟む桔梗に向け右手をあげ「問題ない」と示した。

 その笛が活躍する場面がこなきゃいいんだけど……やれることはやれる限り準備をしておくことは肝要だ。

 

「続いて、桔梗。報告を」

「はい。メイド、執事など使用人の部屋に兵がいることは確実です」

「俺の部屋にもか?」

「恐らく、外からですが様子を確認いたしました」

「そこまで寄ったのか」

「気配は完全に消しております。足音一つ立てておりません」

「万が一もある。慎重にな」

「重々承知しております」


 そうか、この分だと王族の部屋も使われていると見ていい。

 ならば、ヴィスコンティがいる可能性が最も高いのは父の居室だな。王宮の一番奥になる。

 さすがに見張りや居室の前には兵がいるだろうけど、強行突破すればいい。ヴィスコンティさえ抑えれば、俺たちの勝利だ。


「だいたい予想通りか。少人数で押し入るかゾロゾロ行くか悩ましいところだな」

「どうする? イル?」


 グリモアが顎髭に手をやりながら、様子を窺うようにこちらへ目を向ける。

 迷うな。俺!

 この中で一番豪胆であろうグリモアにまで、俺の不安が伝染しているじゃないか。

 何のための作戦なんだよ。考えに考えて、決めたことだろうに。

 敵の配置が想定にあるパターンの一つだった。なら、作戦通りに行くのが最善だ。

 犠牲者を減らせるかもしれないなんて、甘い考えを持つことはやめろ。

 王城を取り戻す、ヴィスコンティを打倒すると決めたその時から、俺の行く道に血が流れることなんて覚悟していたはずだ。

 偽善者ぶるんじゃない。俺の勝利は血塗られた先にある。

 国の繁栄のためになんてことは言わない。俺のために、俺自身の我のために彼らの命を預かった。

 ここで引いては、集まってくれた彼らの崇高な意思をないがしろにする。

 

「パターン1の作戦案、そのままで行く。伝達を頼む」

「あいよ」

「1だね。りょーかい」


 俺の言葉を受け、グリモアとアルゴバレーノが戦士たちに指示を出す。


 ◇◇◇

 

 指示伝達が済み、九曜と桔梗が先に穴の外に出た。

 彼らがロープを投げ、偵察時に投げてくれたロープと合わせて全部で6本になる。


「先に出るぞ。武運を」

「おう。後ろは任せておけ」


 グリモアと拳を打ち合わせ、頷き合う。

 パターン1は部隊を二手に分ける案である。

 先に出るのは俺とアルゴバレーノ率いる200人の獣人の戦士たちだ。

 彼らに続き、グリモアが商人たちがかき集めた戦士150を率いる。彼らの多くはこの国の人間であるが、みな、獣人に対して仲間意識を持つものたちばかりなのが特徴だった。

 彼らの中にはピケ出身のものもチラホラいる。

 

 アルゴバレーノ隊全てが穴の外に出た。

 月明かりは予想したくらいで目が慣れてきたら動くに支障はないだろう。

 よし、まだ気が付かれていない。

 場所が場所だからな。この穴があるところは、王城の敷地の中でも目立たぬ場所にある。

 兵舎の裏手にある手入れされていない木々の中だもの。

 このままここで潜むに丁度いいのだけど、最短距離で王宮まで行くには兵舎の横を通らないといけないのだ。

 大回りして兵舎を避け、王城経由で王宮に行くことも可能。

 だけど、アルゴバレーノ隊は大胆にも最短距離を進む予定である。

 

 もう一方のグリモア隊は藪の中で待機。兵舎に動きがあれば、彼らを押しとどめる役目を担ってもらう。

 

 九曜と桔梗が先導し、俺とアルゴバレーノが続く。その後ろからアルゴバレーノ隊の獣人の戦士たちがなるべく音を立てぬように進む。

 木々の隙間から出るとすぐに兵舎が目の前に。

 兵舎横を急ぎ足で抜け、真っ直ぐ王宮まで向かう。石畳の道を通らず、音を立て辛い芝生の上を。

 間もなく王宮が見えてくる。

 王宮の入り口に掲げる松明の灯りが目に入ると、心臓が早鐘のように打つ。自分の心臓の音で敵に気が付かれないのかと思うほどに。

 お、前を行く桔梗が右手をあげ指を一本だけ上に立てた。

 グリモア隊も無事穴の外に出ることができたのだな。指が一本ということはまだ兵舎に動きはない。

 

 見張りは二人か。入り口扉の左右にある松明の外側に槍を構えた兵が立っている。

 紋章はどっちだ? いや、俺が迷う必要なんてない。

 

 すっと右手をあげ指を二本立てる。

 するとコクリと小さく首を振った九曜と桔梗が速度をあげ、闇に紛れていく。

 

「ぐ……」

 

 くぐもった声をあげ、右の兵が倒れ伏す。

 何だとばかりに倒れた兵に目を向けた左側の兵士も同じように前のめりにどさりと崩れ落ちた。

 ホッと胸を撫でおろした次の瞬間――。

 

 カンカンカンカン。

 甲高い鐘の音が鳴り響く。

 

「何か握っていたか、体に紐でもつけて倒れたら動作する仕組みにしていたのか」


 舌打ちし、ぼやくも今更もうどうにもならない。

 何らかの仕組みで兵が倒れたら王宮に備え付けられた鐘を引っ張る仕組みになっていたのか。


「九曜。グリモアと合流。判断は任せる」

「桔梗。外から先行しサポートを頼む」


 既に俺の足元まで戻って来ていた二人に指示を出す。

 

「アルゴバレーノ。勇敢な獣人の戦士たち。四つ葉のクローバ―を掲げ。このまま王宮に雪崩れ込む。謀反人ヴィスコンティを捉えるぞ!」

「おお!」


 もう静かにする必要なんてなくなった。

 なあに、兵舎を通る時に気が付かれることに比べればよい状態で戦闘に突入できるってもんだ。

 

「あっしらが先頭に立ちまさあ。姉御」

「お前たちは弱いだろ」


 一度のしてから俺のことを姉御と呼ぶようになったあの犬耳二人が唐突に後ろから声をかけてきた。

 こいつら、来ていたのか。


「姉御が盾になってどうするんですかい」

「ちょ、待て」


 肩を押され、前に出た犬耳の二人が勝手に入口の方へ駆けていく。

 あの野郎。

 

「あんたの周囲はあたしとこいつらが固める。行くよ」

「心強い。ついでにあの馬鹿二人の首根っこも掴むぞ」


 アルゴバレーノとライオン頭、黒豹の耳の優男が俺を囲む。

 犬耳たちに続き、俺たちも王宮内に突入する。

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