第11話 安息は遠き夢

「旧市街においてアルゴバレーノの力が及ぶ範囲を教えてくれないか?」

「あんたとネズミの言葉は同じだったかね。分かったよ、分かったから。そんな目をするんじゃないよ。口を塞ぐよ?」


 自分の唇に指先をあて艶めかしい笑みを浮かべるアルゴバレーノ。


「最重要ポイントなんだ。喰いつくような目線ですまん」

「虫も殺さないような顔をして、案外あんた、肉食なんだね。分かった分かったから。同志は200人程度。旧市街であたいの目が届かぬところはない。これでいいかい?」

「素晴らしい! まさかあれだけの資金でここまでやってくれるとは。ネズミが資金を追加していたのかな」

「資金? ネズミが自分の金をびた一文さえも出すわけがないよ。金は『さるやんごとなきお方』って人から提供を受けているのさ」

「他にもあるんじゃ?」

「本当に多少ね。ここに流れて来る荒くれの中にはピケからの奴もいてね。ほんの少しだけど、金品や武器をくれることがあるのさ。どうせくれるなら武器じゃなくて食べ物がいいんだけどね」


 ピケか。

 ピケはここミレニアに続く第二の都市である。王国一の港街であるピケは、王国の中にあって王国ではないと言われるほど住民の気質が異なるのだ。

 ピケには外国から多数の船がやってくる。逆もまた然り。

 中にはミレニア王国や北のドルムント帝国など大陸系四カ国では見ない種族も混じっている。

 代表的なのは対岸の大陸からやって来る竜人と呼ばれる種族や南西の鬼族だろうか。

 そんな彼らが人間ではないからといって扱いが悪くなることがない街がピケなのだ。

 「ピケの空気は自由にする」とはよく言ったもので、ピケには種族による差別感はない。少なくとも住民には。

 ただ、一応王国の一部であることから、獣人は行動を制限される法が適用されている。黙殺している状況ではあるが、都合よくそれを振りかざす商人もいたりするといったところ。

 さて、そんなピケからならば、獣人を支援していても不思議ではない。

 だけど、支援するなら支援するで途切れ切れに僅かずつなんて効果が低すぎないか?

 ……いや、違う。支援じゃない。

 彼女らを俺たちが支援していることを知っている者が「俺にも連絡が取れるぞ」と暗に示していると見た方が自然だ。

 かといって協力してもらえると妄信することは危険である。

 とはいえ、支援してくれる可能性は高い……と思う。

 アルゴバレーノの言う「ピケの奴ら」が俺の想像する人物だったら、と注釈はつくけどね。


「無軌道だった旧市街に統制を持たせることができた。アルゴバレーノ。君の手腕があってこそだ」

「あたいはただ、『飢えない世界に連れていってやる』という口車に乗せられただけ。同志まで集めちゃってさ。夢物語だろ、そういうの。いや、『やんごとなきお方』には感謝しているんだけど。同じように馬鹿な夢を見る連中とあれこれ練るのも悪くない。食べ物も手に入るしね」

「連れて行ってやるさ。アルゴバレーノ。いや、言い過ぎた。一緒に行こう。困難な道かもしれない。だけど、不可能なわけじゃない」

「あんた……まさか……。200人はいつでも動けるよ」

「心強い。君たちは俺にとって大きな力。だが、まだあと少し足りない。なあに、時間はまだまだある。それまでに何とかするさ」

「何だよもう。直接お出ましってわけかい。ネズミが『旦那』とか呟いていたもんだから、てっきり男だと思っていたさ。どんないい男なんだろうと思っていら、可愛い顔をした小娘だったとはさ」


 あははと白い歯を見せて笑うアルゴバレーノが覆いかぶさるようにして俺の背中をパシパシと叩く。

 彼女は本当に俺が男だと気が付いていないんだろうか? そないに胸を押し付けなくてもいいんじゃないかと。

 身長差があるから、少し息苦しい。

 まあ、この調子だと男だろうが女だろうが、同じようにするんだろうなあ……。

 

「……それにしても、あっさり信じすぎだ。もっと疑った方がいい。初見の相手だぞ」

「これでも人を見る目には自信があるのさ。あたしは自分の目で見たものしか信じない。あんたはこっち側さ」

「敵わないなもう」


 右手を差し出すと彼女から手を繋ぎ握りしめてきた。

 ガッチリと握手を交わし、頷き合う。

 俺が「やんごとなきお方」なのかどうかってことは彼女にとってあまり重要じゃないみたいだ。俺が彼女のお眼鏡に適った。

 だから、彼女は俺を仲間だと認める。

 分かりやすくていい。そうやって同志を増やしてきたのだろう。

 彼女はさっぱりしているように見えて、実のところ心の中に熱いものを持っているのだと何となく想像する。

 安心しろ。俺は君を裏切ることなんてしない。

 俺たちは一蓮托生。生きるも死ぬも同じ道を歩む。ついてきてくれよ。アルゴバレーノ。

 

「姉御、あっしは小さい胸でも気にしやせんぜ」

「立ち去ったんじゃなかったのか。とっとと銀貨を持って失せろ」


 犬耳の男が瓦礫からひょっこり顔を出して、謎のフォローをしてくる。

 シッシと手を振り、男を追い払う俺であった。

 ライオン頭は俺が男だってことに気が付いていてもおかしくないんだけどなあ。ネズミの情報によると、彼らは人間の容姿で男女の区別がつかないらしいし。

 逆に言えば、容姿じゃなく別の何か……ネズミの場合は匂いで個人を判別している。

 男か女かくらいわかりそうなものなのだけど。ライオン頭から特に何もアルゴバレーノに耳打ちされることが終ぞなかった。

 

「最後に俺の相棒を紹介しておく。桔梗だ」

「相棒ねえ。ペットじゃないのかい」

「そんなわけないだろ! 冗談でも俺の前で彼女を愚弄する言葉を出すな」

「あははは。ますます気に入ったよ。あんた。自分じゃなく他人のことなら激高できる。あれだけ冷静沈着だったあんたがさ」

「うるせえ。分かればいいんだ」

「その顔、ほんと可愛いね。あんた」


 アルゴバレーノにむぎゅーっと抱きしめられてしまった。

 子供扱いしているな、こいつ。

 無理やり彼女を振りほどき、ふんと鼻を鳴らす。

 

「今後、桔梗から連絡を入れるかもしれないから、しっかり覚えておいてくれ」

「あんたの大事なお嬢様、ちゃんと覚えたよ。その子もあんたと同じで只者じゃあないね」

「よくわかっているじゃないか。じゃあ、またな」

「頭の回転が速く、そこの二人をのした腕っぷし、愛らし見た目。できすぎね、あんた。だけど、口だけは悪いんだね」

「……もう行くぞ」


 一応これでも王族なんだけどな。

 公式な場ではちゃんとした口調を心がけているけど、こっちが素だ。変えるつもりは毛頭ない。

 第四王子という身分を隠してまで畏まった窮屈な言葉遣いなんてしたくないよ。

 

 アルゴバレーノたちと別れ、細い路地に入ったところで空に向け呼びかける。

 

「九曜。ネズミを呼んでくれ。場所はセーフハウス三」


 返事の代わりにカラスが空を舞った。

 再び歩き始めたが、桔梗が何か言いたそうに唇を震わせ、口をつぐむ。

 

「さっきのことか?」

「はい。私はあなた様の相棒など過分です。私は影。あなた様の影なのです」

「今後も情報収集に活躍してもらおうと思っている。だけど、これまでのように君と九曜を隠すつもりはない。ちゃんと表舞台に出てもらうつもりだ」

「私と九曜が……ですか?」

「うん。今までは仕方なかった。だけど、事が成った暁には必ず。二人を光ある場所へ連れて行く」

「……ですが、イルマ様」

「俺の夢の一つなんだ。不本意だったんだよ。桔梗と九曜は俺にとって救いでもあった。いつか三人揃って堂々と城内を歩きたかったんだ。無理にとは言わない。だけど、考えて欲しいんだ」

「はい……」


 桔梗は顔色こそ変えないが、目を赤くしてうつむきながら俺を握る手にきゅっと力を込めた。

 元の案では二人を連れて辺境で一緒に畑でも耕すのもいいなあなんて思っていたこともある。いずれ、そんな日が来てもいい。

 だけど、それは今じゃないんだ。

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