第72話 大女優の心得

「よぉぉし、全員ここに並べぇ!」


 コンバットスーツに身を包む大柄の男が声高こわだかに叫んでる。


 言われた通りに広場中央へ歩いて行くと、そこには十人……いや、二十人ぐらいの人だかりが出来ていた。


 えぇぇぇぇ……。

 この人たち、いままで何処に居たんだ?

 それに照明まで準備されてるし……。


 集まった人たちの性別や年齢層は様々で。

 サラリーマン風のヤツもいれば、主婦やどう見ても浮浪者としか思えない老人までいる始末。


「ちょっと飛び入りがあったが直ぐに始めるぞぉ。繰り返すが、バトルエリアは隣接しているゴルフ場跡地あとちだけだ。そこからは決して外には出ない様に注意しろぉ! それから、スタートのはこれから撮るからな。全員、向こうの間道までは全力疾走な! もしチンタラ走るヤツが居たら、撮り直しにするからなぁ!」


 え?

 撮り直し?

 撮り直しって何?

 これ、撮影? 撮影なの?

 映画か何か?

 って事は、エキストラ? ここに居る人たち全員、エキストラって事?


 何気なにげに横に居並ぶ人達の顔を見てみると、全員から異常なほどの真剣さが伝わって来る。


 なぁるほどぉ。どうりでねぇ。

 コンバットスーツの人達も結構堂に入ってるし、エキストラさんも真剣な訳だぁ。

 役者魂ここに全開って感じっスかね。

 だけどさぁ。これだけ人数がいたら完全に端役はやくだし、カメラに見切れるかどうかすら怪しいだろうにねぇ。

 皆さん、本当にご苦労様ですっ!


 と、ここで一旦思い返してみれば、ほんの数分前。

 僕と車崎くるまざきさんは謎の武装集団に突然包囲され、そのままこの広場の方へと連れて来られたばかり。


 その後、何やら後ろの方でコンバットスーツを着た人達がゴニョゴニョ相談してた様だけど、結局僕たち二人もこのに飛び入り参加させる事に決まった様だな。


 って言うかさぁ、が決まったのなら決まったと言って欲しいもんだよねぇ。

 いきなり荷物は全部預かられちゃうしさぁ。

 まぁ、こっそり敷地内に入って来たのは僕たちの方が悪い訳だから、あんまり強い事も言えないけど。

 それに端役はやくとは言え、カメラに映るかもしんないんでしょ?

 だったらギャラだって発生するよね?

 その辺りのお金ビジネスの話は、ちゃんと芸能事務所を通してよねっ!

 アタシはそんな安い女優じゃないのよっ!

 ぷんぷんっ!


犾守いずもりさん……」


 隣に立つ車崎くるまざきさんが僕の事を心配そうにのぞき込んで来る。


「あぁ? へぇ?」


犾守いずもりさんって、やっぱりスゴイですね……」


 凄い? 僕が?


「いや、こんな状況にも関わらず、なんかちょっと半笑いでしたし。流石に腕に自信のある人は違うなぁと思って」


 腕に自信が?

 うぅぅん。そうかなぁ。

 別に自信なんて無いけどね。

 演劇の経験と言えば、幼稚園のお遊戯ゆうぎ会以来だしなぁ。

 でも、何て言うか。こう……僕の中にある役者としての才能? いや、素質? みたいなものが、ダダ漏れしてるって事なのかもね。


「いやいやいや。そんな事無いですよ。それにしても腕に自信がって、大げさだなぁ。まぁとしての経験は殆ど無いですけど、エキストラぐらいだったらそんなに気負わなくても良いんじゃないですかねぇ。車崎くるまざきさんももっと肩の力を抜いて、自然体で演じた方が良いですよ。うん、そう。やっぱ自然体が一番ですよ」


「……え?」


 車崎くるまざきさんったら、なんだか愕然がくぜんとした表情に。


「え? あぁ、じゃないですよね。えぇそうそう。俳優ですよね。俳優。あはははは」


 やべぇ、やべぇ。

 こっそり大女優設定で妄想してたから、思わずって言っちゃったよ。

 はずかちー!


「あのぉ、犾守いずもりさん」


「はいはい、何でしょうか?」


 なぁんて、車崎くるまざきさんとヒソヒソ話を続けていると。


「おぉい! そこっ! 無駄話はヤメロォ! 直ぐに撮るぞっ!」


 あぁぁ、ほらほらぁ。

 助監督っぽいオジサンに怒られちゃったじゃないですかぁ。

 これだから車崎素人さんは困ったものですよねぇ。

 撮影前の精神集中コンセントレーションがなって無いって言うかさぁ。

 ホント、勘弁して欲しいなぁ。


 僕はこのエキストラ役から監督の目に留まって、この映画の最後ぐらいには、セリフ持ちの三番手役者くらいにまで登り詰める予定ですからね。こんな所でグダグダとエキストラやってる訳には行かないんですよ。


 そうなると、やっぱりこう助監督さんとか、スタッフさんとかとの関係性も重要になって来る訳ですよね。


 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。


 つまり、いま射落とすべきは助監督さんですかね。

 うむうむ。

 よおぉぉし!

 気合入って来たぁ!

 助監督さん見てて下さいよぉ!

 僕のこの迫真の演技、しかと御覧じろっ!


「それじゃあ行くぞぉ! サン……。ニィ……。……」


 おぉぉ!

 テレビでよく見るヤツやん。

 本当に“イチ”と“スタート”って言わないんだなぁ。

 それに、カチンコって無いのかなぁ。

 あぁ、そうか。

 今時音声と画って一緒に撮るんだろうし。

 デジタルになったらカチンコになんて頼らなくても、アフレコも簡単に出来るんだろうなぁ。

 って言うか、そうそう。

 カメラは何処に……。


 と、振り返ってみれば。


 ――フォォォン


 後方上空から微かな羽音が。


 かぁぁぁ! そうか、そう来たかっ!

 そうだよね。今時ドローンだよね。

 そうかぁ、これだけの広場だものね。

 臨場感を出すには、やっぱりカメラはドローンって相場が決まってるよねぇ。


 そう思いつつ、更に左右を見上げてみると、いるわ、いるわ。


 うぉぉぉ!

 この映画、金かかってるなぁ。

 マジモンのドローンが三台……。えぇぇ。四台はいるんじゃないのぉ!

 かぁぁぁ! こりゃ大作ですよ。めちゃめちゃ大作なんじゃないですか?


 もしかしたら、もしかしたらっ!

 これ、ハリウッド?

 これ、ハリウッドの映画なんじゃないですかっ?!


 日本の映画でここまで機材にお金かけるなんて無いでしょ?

 だって、機材にお金かけるくらいなら、二回撮り、三回撮りすれば良いんですからねっ。

 でもさぁ、やっぱ二回撮りすると、何て言うかなぁ。

 臨場感? うぅぅん、違うなぁ。緊迫感?

 ってヤツが薄くなるんですよねぇ。

 まぁ、そう言った素材を上手く編集するのも監督の手腕って事なんでしょうけども、け・ど・も!

 やっぱりこの一発撮りって言う緊張感の中で取った画は最高に違いないですよ。


 えぇ、分りました。

 えぇ、えぇ、分りましたとも。

 この犾守いずもり武史たけし十七歳。

 キッチリこの大役、勤め上げさせて頂きますよ。

 その上で、一発OKを叩き出してくれる所存でござるっ!


 ――ゴンッ!


「痛っ!」


 なんだなんだ? 誰かが僕の頭に石投げて来やがった!

 こちとら大切な撮影の真っ最中なんだぞ。

 もし顔に怪我でもしたら、女優生命が絶たれる大惨事ですよっ。

 何しろ僕の顔には十億円の保険が……。


 なんて思いながら石の飛んで来た方向を見てみれば。


 例の大柄の助監督さんが、口をパクパクさせて何やら怒っていらっしゃる。

 更に周囲を見渡してみると、例のエキストラの人達がいかにもな混乱ぶりで森の間道へと押し寄せている真っ最中だ。


「あ、やべっ、出遅れたっ」


 僕も今更ながらに走り出し始めたのだけど……。


「あっ! あぁぁ!」


 不運にも広場の砂利に足を取られ、思わず転倒っ!


「いぃぃやあぁぁぁ! こんな所に石がぁぁ、石がぁぁぁあ!」


 更に二度ほど前転を繰り返し、余った勢いで先行する人達に向かって助けを求めるポーズを決めるっ!


「たたっ! たぁぁすぅぅけぇぇてぇぇぇぇ!」


 くぅぅ! 決まったっ!

 セリフも結構良い感じだったよねっ。


 どう? どう?

 助監督さん、どう?

 一カメ、二カメ? ちゃんと撮れてる?

 特に三カメ?

 今の僕の迫真の演技、ちゃんと撮ってた?!


 何しろ最後にこう手を差し出すポーズなんて、完全に三カメへのカメラ目線もバッチリだったでしょ!


 かぁぁ!

 こりゃ取ったな。

 手ごたえ感じちゃったよ。

 ブルーリボンは確定だな。

 いやいや、そうじゃないぞ。

 間違い、間違いでした。

 そう言えばこれ、ハリウッド映画だったよね。

 って事は、アカデミー? アカデミー行っちゃうっ!?


犾守いずもりさん、大丈夫ですか?」


 とここで、手を差し出して来たのは車崎くるまざきさん。


 いやぁ。ダメだなぁ。

 車崎くるまざきさん駄目。

 ホント、駄目。

 素人だわぁ。

 ホント、マジド素人だわ

 ちょっと入りが早いよぉ。

 もうちょっと僕のこの苦悶くもんの表情を三カメに抜いてもらった後に出て来ないと駄目じゃあん!

 仕方ないなぁ。

 最後に僕のアップシーンだけ後撮りって事になりそうですね。

 はいはい。分かってますよ。

 助監督さん、問題ありません。大丈夫です。

 何しろ私は女優ですからね。

 大女優ですからねっ。

 しっかりその時は気持ちも作り直しますから、安心して下さい。

 あぁ、でも服装とか光の当たり具合とか、ちゃんとスクリプターさん記録しといてよねっ! もぉ、ちゃんと画が繋がらなかったらホント困るんだからねっ!


「えぇ、大丈夫ですよ。それにしても、他のエキストラの人たちも気合入ってますよねぇ。よっぽどの大作なんですかねぇ。って言うか、主演の人って誰なのかなぁ。あ、主演は今日は来てないのかな?」


「え? エキストラ……主演……ですか?」


「えぇ。あの人たち、エキストラさん……ですよね」


 ん? 何か話が噛み合って無いぞ?


「いや……恐らくですが、あの人達は債務者……だと思います」


「サイムシャ……?」


 何それ?

 影武者みたいな感じ?

 え? 時代劇? これ、時代劇なの?

 戦国〇衛隊みたいな? そんな感じ?

 SF? さいえんすふぃくしょん!?


「えぇ、簡単に言えば、狭真会きょうしんかい系列の闇金から金を借りて、返せなくなった人達かと」


「え? なんでそんな人達が撮影に?」


「えぇ、撮影は撮影なんでしょうけど。これ、人を獲物としたかり……だと思います」


かり……ですか?」


「えぇ、かり。ハンティングです。私もあまり詳しくは知らないのですが、金を返せなくなった債権者を集めて、サバイバルゲームの様なモノを撮ってるらしくって」


「えぇぇ。マジですかぁ」


 ――タタッ、タタタッ!


 突然、乾いた炸裂音がたて続けに。


「あがっ! ウアチッ!!」


 今度は右太ももに、焼ける様な激痛が走る。


「おい、お前らっ! 早く隠れねぇと、この場で始末しちまうぞぉ!」

「ギャハハハハ」


 下卑た笑い声を上げて近づいてくるのは、おそろいのコンバットスーツに身を包む二人の男。

 その手には黒い自動小銃の様なモノが握られていて。


車崎くるまざきさんっ! アレ、アレってマジな銃ですか? モデルガンじゃなく? ホンマモン? ホンマモンのヤツ?」


「えぇ、どうやら本物っぽいですね。それより、犾守いずもりさん立てますか? ここに居るのはマズいです。とにかく森の中へ隠れましょう!」


 互いに支え合いながら、何とか森の方へと駆け出し始める二人。

 途中、僕たちの頭上には何台ものドローンが行き交い、二人の必死な表情を余すところなくその高性能カメラへと収めて行く。


「おいっ! 車崎くるまざきっ! コッチだっ! 早くっ!」


 その時。

 間道の脇にある大木の影から声を掛けて来たのは。


「ほっ、北条さんっ!」


 闇夜の中にもひと際目立つド派手なスーツ。

 ただ、頼り無げに大木へと寄りかかるその姿は、やはり怪我の具合がかなり悪い様にも見える。


「はぁ、はぁ! ほっ、北条さん。よくぞご無事で」


車崎くるまざきぃ、何でお前がココに来てんだよっ」


「いや、自分は北条さんを独りにする訳には参りませんから」


「何言ってやがる。俺ぁ元々潮時だって思ってたんだよ。お前は極道じゃねぇんだ。そのまま雇われ店長として知らぬ存ぜぬ、善意の第三者で押し通しておけば、あのまま良い暮らしが出来たはずなのによぉ!」


 そんな悪態あくたいをつきながらも、北条君の表情が嬉しそうなのは僕の見間違いだろうか?


「北条さん、近くまで車を持ってきてます。とりあえずそれで逃げましょう! 金も悪夢ナイトメアからいくらか持ち出しました。これがあれば、一年ぐらいは何とか暮らして行けますっ!」


「……」


「北条さんっ!」


 車崎くるまざきさんは必死の形相で北条君を説得しようとするけれど、当の北条君は眉間にシワを寄せたまま、何やら深く考え込んでいる様子で。


「……車崎くるまざき。残念ながら逃げるのは無理だ。お前達は知らねぇだろうが、このゲームから逃げる方法は無ぇ。俺も一度だけ“狩る側”で参加した事があるが、獲物側は百パー……間違い無く全員殺される」


 え? これ、そう言う感じなの?

 って言うか、それってゲームでもなんでも無いじゃん。

 単なる集団虐殺ジェノサイドじゃんっ!


 とここで、北条君が自分の口元を指差しながら、口をパクパクと動かし始めた。


 ――イマ……オレタチノ……カイワハ……トウチョウ……サレテル……


 ……盗聴!?

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