第54話 保健室での秘め事
ここで……間違い無いよなぁ。
そこには、『保健室』の文字が。
僕はもう一度だけその名札を確認すると、少し緊張した
ドアを開けた途端。
涼し気な風が僕の頬を通り過ぎて行く。
今日は天気が良いからな。
グラウンド側の窓が開いているんだろう。
実際、
ただ、そのあまりにも遠くから聞こえる人声は、まるで他人事の様にしか感じられなくて。
あたかも自分一人だけが別次元へと迷い込んでしまたかの様な、妙な感覚に
「失礼しまぁす……」
この学校の保健室は本校舎メイングラウンド側の一階にある。
元々体だけは丈夫な
「誰もいない……のかな」
静まり返る室内。
耳をすませてみても、なんの物音もしない。
この学校は私立のマンモス校で、生徒の人数も多い。
しかも、かなりスポーツには力を入れていると言って良い。
ともなれば、怪我をした生徒が保健室を訪れるのは日常茶飯事で、確か三人の先生が交代で保健室に詰めていると聞いていたんだけど。
普通の教室よりも広いこの部屋は、処置室とベッド部屋がしっかりと区切られていて、それはまるで公立の病院と
さすが、金満私立学校は金の掛け方がエグイ。
複数ある処置室を少し
奥の部屋の方には六床のベッドが配置されていている。
更にその一番奥。
壁際のベッドだけは、既にカーテンで仕切られた状態となっていた。
誰か居るのかな?
静かだな、寝てるのかな?
それとも、単にカーテンが締まっているだけなのかな?
少し気にはなったけど。
そんな事考えていても仕方がない。
僕は靴を脱ぎ、一番手前のベッドへ勝手にもぐり込んだのさ。
吐き気の方はまだしも、頭痛の方は既にかなりヤバいレベルに達している。
この数日の傾向からすると、横になり目を閉じてさえいれば、次第に収まって来る事は分かってる。
僕は何とかこの苦痛から逃れたい一心で、とにかくギュッと目をつむったんだ。
すると……。
「あら、珍しい人が来たわね」
突然、耳元から女性の声が。
「うっ、うわぁ!」
「うわぁ! ……は無いでしょ。命の恩人に向かって、それはチョット失礼じゃない?」
僕の枕元。
「さっ、
「もぉ、声が大きいっ! 貴方も体調が悪いから
先生は少し
「
先生の細い指がぼくの胸元を撫でる。
「いっ、いやいや。僕なんかの事より先生の方ですよ。あの後一人で残られて、大丈夫だったんですか?」
「そんなの当たり前でしょ? 大丈夫だったから、今こうしてココに居るんじゃない」
くっ!
言われてみればその通りだ。
流石にこれは
余りの
「それにしてもどうしたの? 保健室に来るなんて。
と、何やらしたり顔の先生。
「なっ、なるほど……って?」
「
「え? どうしてそれを?」
「あはは、やっぱりそうかぁ。そのぐらい分かるわよぉ。だって私先生だもの」
えぇ? 先生だとそんな事も分かるの?
先生になる人って言うのは、医学の知識も持ってるって事?
いやいや、流石にそれは無いだろう。
って言うか、今日の
一体どうしたんだろう?
いつも
「あははは。どうして分かったの? って顔してるわね。うふふ。嘘よ、うぅぅそ! 別に先生だから知ってる訳じゃなくって、私だから分かるって言うかねぇ……」
「私……だから?」
「そう。その頭痛、たぶん
「はぁ……魔力の筋肉痛……ですか」
なるほどぉ。
筋肉を
「って言うか、どうして先生がそれを?」
「そりゃ分かるわよ。私も子供の頃に結構なったものぉ。って言うか、最近でも
あぁ、なるほど。
もしかして、先生がいつも不機嫌そうな顔をしてるのはその所為って訳なのかな?
でも、それを本人に聞くのもちょっとなぁ。
「こ、子供の頃ですかぁ……って、先生! 先生は子供の頃から魔法が使えたって事ですか?!」
そうそう、それだよ。そっちそっち!
それって一体どう言う事?!
先生は教団とはなんの
「そうよ。それに、この力はどうも血筋が重要らしいわね。とは言っても私の家族で魔法が使えるのは私だけなんだけどねぇ」
「でっ、でも教団の人達は血筋って関係無いですよね」
「そうね。あの人達は血筋じゃ無いわねぇ。中には
あぁぁ! 突っ込み処
もう、どこからどう手を付ければ良いのやら。
第一に血筋ってどう言う事? 先生の家柄ってどうなってんの? って言うか、それ、聞いても大丈夫なヤツなのかな。それに、その本国って一体何なの? そう言えばクロも似た様なこと言ってたっけ? あぁ、でもクロの説明だと良く分からないんだよなぁ。もしかしたら、先生に聞いたら教えてもらえるかな。あとそれから、洗礼! そうそう、洗礼、洗礼! 僕はクロに教えてもらった闇の洗礼しか知らないけど、もしかしたら、先生は普通の洗礼の仕方を知ってるかもしれないって事だよな。あぁ、あと、それから、それから……。
あまりにも聞きたい事が多すぎて、脳が軽いパニックを起こし掛けてる。
しかも、僕がこうやって前のめりになればなるほど、例の頭痛がぶり返して来て。
「あっ、
僕は頭を抱えたまま、枕の上に突っ伏してしまったのさ。
こっ、これは……今日一番の痛さだ。
頭が……頭が割れる様に痛い……。
「あららら。結構
先生! そんな今日、明日が峠です……みたいな言い方はヤメて。
「うぅっ、先生……この頭痛、何とかなりません……かねぇ」
「そうねぇ、本当は子供の頃から段々慣らして行って、耐性を付けてくしかやり様は無いんだろうけど。まぁ、そこまで辛いなら、方法が無い訳でも無いわよ」
マジか!
先生っ! もう二度と
「せっ、先生……是非、ぜひその方法とやらを教えては頂けないでしょうか?」
「ふぅぅむ……そぉねぇ……」
あごに人差し指をあて、何やら
チッ!
アラサーのクセしやがってぇ、めちゃめちゃカワイイじゃねぇかよぉ!
そのアザといポーズが余計にカチンと来るけど、逆に萌え度が百二十パーセントアップしてるから、差し引き大幅プラスって事でっ!
あぁぁ! 僕、何言ってるんだろ? 自分でも怒ってるのか、喜んでるのか、全然わかんなくなって来た。
「仕方が無いわねぇ。
「あっ、ありがとうございます……」
「さて、それじゃあ、善は急げね。サッサとコッチに来なさい」
先生はそれだけを言い残すと、壁際一番奥のカーテンに仕切られたベッドの方へと行ってしまったんだ。
「せっ、先生?」
「はいはい。何よ、早く来なさい。すぐに頭痛直してあげるから」
カーテンの端からひょっこり顔を出してそう告げる
チクショウ!
何度も言って申し訳ないけど、アラサーのくせに、メタメタ可愛いじゃねぇかよぉ。
って言うかさ、何するの?
今からソコで……あの仕切られたカーテンの裏で、一体何をするって言うのっ!
美人教師と生徒……禁断の物語。
マジッ! マジなの? これって、マジなヤツなの?
って言うか、保健室でって……保健室でって! はうはうはう!
いやが上にも高まる期待っ!
いや……でも。まてまて。
そんなエロ漫画みたいな展開、現実じゃ絶対にありえない。
そうさ、これはきっと死亡フラグだ。
結局、あのカーテンの裏で先生が待っててさ、『はい、この薬飲みなさい』とか言うんだぜ。
あぁ、そうさ。そうに決まってる。
世の中、そんな美味い話があるもんか。
いやだなぁ、本当にもぉ。
こちとらエロエロに関しては、特に
そのぐらいの
あぁ、分かった。
もう大丈夫だ。
オチは見えた。
僕は期待なんかしていない。
全然、期待なんかしていないぞ。
あのカーテンの裏では、先生が普通に薬を準備してるだけだ。
そうさ、そうに決まってる。
だから、それを見たって、僕は全然落ち込まないし。
平常心、平常心で薬をもらうだけさ。
あぁ、そうさ。
なんの問題も無い。
平気な顔をして、薬を受け取る。
ただそれだけさ。
期待さえしてなきゃ、
あはははは。
え? 乾いた笑いだって?
そんな事あるもんか。
僕は至って平静さ。
全然普段と変わらない。
やろうと思えば、いまから九九の七の段だって暗唱できるぞ。
え? そんなの当たり前だって?
何を言うんだ、九九の中で一番難しいのは七の段なんだぞ。
僕なんて、七の段を攻略するのに、一体どれ程の時を……。
「ねぇ……
……ッ!
ヤメロォ!!
その死亡フラグ立てるのはヤメテくれぇ!
それじゃ、完全に
僕、さっきはあんな事言ってたけど、
あぁ、持ってたよ、悪いか? 悪いって言うのか?
何しろこっちはエロエロな男子高校生だぞ、期待して何が悪いって言うんだよ。
でも、ここに来て、その猫なで声って。
メチャメチャ、エロエロな猫なで声って……。
もぉ、
って事は、これは乗らなきゃダメって事?
あぁ、そっち、ソッチのご要望って事!
僕があからさまに期待してて、やっぱりそれが
はいはいはい。分かりました。分かりましたとも。
頭痛を治して頂けるのであれば、そのぐらいの小芝居にお付き合いするのも
さぁ、方針は決まりましたね。
カーテンを開け、そこに居るのはキョトンとした顔の先生。
差し出される薬を受け取りながら、僕は『はぁぁ、
その僕のあまりにも無残な姿を見て、先生が一人『くっくっくっ!』とほくそ笑む。
えぇ、やりますとも。やってみせますとも。
僕も俳優を志す者です(嘘)
さぁ、最後までこの
ようやく決心の付いた僕は、二度ほど自分の顔をはたいて気合を入れ直してから、奥のベッドを仕切るカーテンに手を掛けたのさ。
「お待たせしました、センセ……うっ!」
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