第32話 暴走する悪意
「えぇっ!? あれからもう、二日も経ってるの?」
その衝撃の事実に、僕は思わず大声を張り上げてしまう。
マジかー。
つい、昨日の事だと思ってたけど、意外と自分の状況もヤバかったのかもな。
「そうなのよ。病院の先生はとりあえず大丈夫だって言ってたんだけど、
不安気にハンドルを握る
そんな彼女は助手席に座る僕の顔を、心配そうにのぞき込んでくる。
ホント、いつ見ても綺麗だしカワイイよなぁ。
だけど……。
お願いだから運転中は前を向いててもらえませんかねぇ?
折角退院して来たばかりなのに、また病院に戻るハメになりますよ。
しかも、今度は全員でね。
そんな
例の試合の直後。
何故か
だけど翌日になっても一向に僕との連絡が取れず、流石におかしいと感じた
店の方でお世話になってた
僕の方はと言うと、病院に担ぎ込まれた時点でかなりの重傷を負っていたらしく、意識不明の状態だったらしい。
クロの話によると、
その時もレフェリーが途中で止めに入らなければ、かなりヤバい状態だったと言う事だ。
チクショウ!
ただまぁ、幸か不幸かその時は完全に気を失ってたから、どれだけ殴られたのかなんて全然覚えてはいないんだけどね。
そう言えば、不思議な事が一つだけある。
医者の話だと僕の体には
睡眠導入剤って……。
そう考えると
チクショウ、僕をこんな酷い目にあわせるなんて。
もし、
なぁんて思ったりもするけど、結局の所、僕にはバックアップがある。
医者の見立てでは全治一ケ月の重傷だったそうだけど、その程度の怪我、僕には何の問題にもなりはしない。
しっかし、いきなり退院するって言った時の看護師さんの慌てようったら無かったよなぁ。
まぁ理由はどうあれ、その後の再検査で問題が全く見当たらなかったんだから、退院させる以外に方法は無いと言う事だ。
「それにしても、かなり
「そうそう。
なぁるほど。それであれば納得出来る。
おそらく北条君の上位組織となる
大体こんな怪しいケガ人が担ぎ込まれて来たにもかかわらず、警察沙汰になっていない事自体、既に異常だ。
実際問題、あれだけの大会を開催しておいて、怪我人の手当てすら出来ないではお話しにならないだろうからな。
それからおよそ一時間後。
僕たちは目的の公立病院へと無事到着。
早速病室の場所を確認するため受付に向かおうとした所で、背後から声を掛けられたんだ。
「
「あぁ、おばさん! さっきは急にお電話してすみません」
「いいえ、いいのよ……」
僕に声を掛けてくれたのは、飯田のお母さんだ。
病院内の売店にでも行っていたのだろうか。
手にはコンビニのビニール袋をぶら下げている。
それにしても……かなりやつれてる様子だな。
「
「ううん。実はまだ
「そんなに……そんなに悪いんですか? 一体何が?」
「それが、実は私にも何がなんだか……。昨日、突然警察から電話があって、息子が公園で血まみれになって倒れてるって。それで、病院に運ぶからすぐに来てくれって」
「血だらけで?」
「そうなの。警察の方のお話しだと、不良グループにでも絡まれたんじゃないかって。それで……」
おばさん、かなり話し辛そうだ。
よほど今回の件が堪えているらしい。
でも、不良グループって……やっぱりここは詳しく聞いておかないと。
「……それで? それでどうしたんですか?」
「それで、目撃した方も居るらしくって。その人が警察に連絡してくれたそうなの。どうやらその人の話によると、高校生ぐらいの男の子たちが大声で喧嘩してたらしくって……」
おいおい。高校生ってかよっ。
「病院に運ばれて来た時にはもう既に意識が無くって、でも体の怪我は大した事は無いから大丈夫だろうって先生もおっしゃってたんだけど。色々と調べてもらったら頭部に大きな血だまりが見つかって……外傷による急性硬膜下血腫じゃないかって」
「頭に……」
「
襲い来る不安と恐怖。
それをぐっと唇を嚙みしめる事で耐え忍んでる様子が伝わって来る。
飯田の家は母子家庭だ。
アイツの下には妹がいたはずで、まだ中学生だったか。
本来はもっと上の高校も狙える様な
なにしろ特待生ともなれば、三年間の学費は全て無料。
恐らくアイツなりに親の事を気遣っての判断だったんだろう。
勉強だけで無く、スポーツ推薦で大学に行けるだけの身体能力もあり、しかも家計を助ける為にバイトまでやってるって……どんだけスゴイヤツなんだよ。
そんな、良い人を絵に描いたような様なヤツが、なんでこんな目に……。
神様ってヤツらには、血も涙も無いのか?
「おばさん、大丈夫だよ。きっと良くなるって。何しろアイツ、人一倍体力あるし。学校でも今年からレギュラーになるって言ってたぐらいだもの。ウチの学校のサッカー部って全国レベルだから。その中でレギュラーになるって、ホントに凄くって……」
「ううっ……うぅぅぅ……」
更に顔を両手で覆い、声を殺して泣き続ける飯田のお母さん。
くっ、ミスった。
余計に悲しませちゃったかな。
なっ、何て言えば良いんだ。
こんな時はどうすれば……そんな事、全然わかんないよっ!
今の僕には掛ける言葉も見つからない。
とにかく神妙な面持ちで途方に暮れる事しか出来ない。
そんな僕たちの所へ、遠くの方から看護師さんが駆け寄って来たんだ。
「あぁ、飯田さんこちらでしたか。先生がお呼びです。
「あぁ……はい。すぐに……直ぐに参ります」
小さなハンカチで涙を拭いつつ、何とか
とそこで、僕は勇気を振り絞って看護師さんに聞いてみたんだ。
「あっ、あのぉ飯田君は大丈夫なんでしょうか?、それから、僕も一緒に行っても良いですか?」
「……ご家族の方、では無いですね」
僕の顔をマジマジと見つめる看護師さん。
「はい。高校の友人です。でも親友で、それで……」
「すみません。患者様のご容態を他の方にお話しする事は出来ません。また
「はっ、はぁ……」
看護師さんもプロだ。
言葉尻は丁寧だが、しっかりと拒絶されてしまった。
その後、飯田のお母さんは僕たちに何度もお辞儀をした後、先程の看護師さんに先導されて病院の奥へと行ってしまったんだ。
「はぁぁ……」
溜息しか出ない。
分かっていた。最初から分かっていた事だ。
僕に出来る事なんて何もない。
勢い余ってここまで来てしまったけど、結局の所、病院の先生を信じて待つ事しか僕に出来る事は無い。
「でもどうしてアイツが……」
誰かに恨みを買う様なヤツじゃ無い。
ただ持前の正義感から、色々な事に首を突っ込む癖のあるヤツではある。
誰かを助けようとして不良連中と口論にでもなったか……それとも。
『いや、違うな』
え? クロ。
突然のクロからの思念。
どうしてそう思うのさ。
正義感の強いアイツの事だから、そう言う事もあるんじゃ……。
『いや、そうじゃない。確かにお前の記憶を見る限り、飯田と言うヤツは良いヤツなんだろう。しかし、今回はそう言う訳では無さそうだな。まぁ、これをお前に言うのもどうかとは思うのだが……』
どういう事だよ、クロ。
そんな言い方されたら、もっと気になるじゃ無いかよ。
それに……。
あれ? 待てよ。
そう言えば、どうしてクロは飯田が病院に入ったって知ってたんだ?
それに、クロは警察が介入した事は知らなかったし、経緯も知らなかった。
どうしてそんな事に?
僕は背後に控えるクロへと向き直る。
『いずれ分かる事だ。今聞くか後で聞くかの違いであれば、今聞いた方が良いだろう』
少し伏し目がちのクロ。
そんな彼女は両手をスカジャンのポケットへと入れたまま。
特徴的な両耳はパーカーを深々とかぶる事で隠している様だ。
『私がこの情報を聞いたのは、お前が入院していた病院の廊下でだ。お前が入院している間中、恐らく北条の手の者が病室前でお前の事を監視していたんだ』
まぁ、そうだろうな。
俺は
『その時だ、ヤツらの会話を聞いたのは。
なんだって!
って事は、原因は僕にあるって事なのか?
『そうだな。断定したくは無いが、お前が原因でお前の友人が狙われた……と考えて間違いはあるまい。少なくともその男達が話していた通り、お前の友人である飯田は何者かに襲われて怪我を負っている。どうやら全てがウソ偽りでは無いと言う事だ』
くっ!
恐れていた事が起きた。起きてしまった!
悪いヤツらと関わりを持てば、必ず周囲にも何らかの影響が出るはず。
頭では分かっていた。分かっていたんだっ。
だけど、具体的な実感が……。
いや、学ぶ機会はあった。
そうさ、
結局、彼女の場合は北条君の商売ネタにされただけで、大事に至らなかっただけに過ぎない。
それで気が緩んでた。
そうだ、結局全ては僕が撒いた種なんだ。
「くっ……!」
思わず自分の唇を噛みしめる。
今まで僕は何の対策も打って来なかった。
せめて飯田に対して全部とは言わないまでも、経緯の一部だけでも話しておけば。
そして本人にも警告さえしておけば……・。
そうすれば、こんな事にならなかったんじゃないのか?
そうさ、絶対にそうに違いない。
それなのに、それなのに……。
全て、全ては僕の責任なんだ。
……
もし、飯田に……
僕は、僕はどうすれば良い?
飯田のお母さんに、そして妹さんに。
僕は何て言って謝れば良いんだ?
許してもらえるのか?
いいや、許してもらおうなんて、おこがましい!
僕の
そんな事、絶対に許せる訳が無いじゃないかっ!
……
無理だ。僕には耐えられない。
飯田の家族からの冷たい視線。
僕の大切な友達。
いつも僕を庇い、助けてくれた無二の親友。
その家族から向けられる憎悪。
それに対抗する術を……僕は……知らない。
あぁ……もし僕に詫びる方法があるとすれば……。
『タケシ。自らの命を絶つ事はいつでもできる。まぁ、私の奴隷でしかないお前が、私の許可無く自死を選択する事など絶対にありえぬし、させはせんがな』
……ク……クロ……。
『まだお前の友が死ぬと決まった訳ではあるまい。まずは回復させる方法を考えるべきでは無いのか?』
あっ……あぁ、そうか。そうだな。
クロの言う通りだ。
あまりの衝撃に、思考がマイナスの方向へと極度に傾いていたらしい。
その通り。まだ飯田が死ぬと決まった訳ではない。
『まずはその為の手段を考えよう。そして万が一。万が一お前の友が
クロ……。
『安心しろ。私はお前の主人だ。奴隷一人を死地へと赴かせる様な事はしない。ヤツらがどれだけ強大であろうと臆する事は無い。敵が一万騎居ようが、十万騎だろうが。
はっ、……ははは……ははっ。
根絶やしって……。
「ふぅ……」
クロ。ありがと。
想像を超える壮大な話を聞いて、逆にちょっと落ち着いたよ。
『ん、そうか。それであれば良い。ただなぁ、あながち間違った数字を言っている訳では無いぞ。私の兄が私と同じ歳の頃、南方大陸の都市を一つ壊滅させた事がある。兄は十万は居たと言っていたが、実際の所市民は一万足らずであっただろう。私の目標は兄を超える事だ。やはりここは派手に十万と行きたい所だな』
いやいやいや、クロさん。
マジっすか、その話、マジで言ってたっすか?
僕の想定はせいぜい数人ですよ。
えぇ、しかも相手はチンケな高校生。
一族郎党、根絶やしにしちゃ駄目よ。
マジ、ダメ駄目。
ホント、駄目だから。
「あっ!」
って言うかさ。
落ち着いたら、僕『イイ事』思いついちゃった。
クロの
だって、僕の体が元通りになるんだよ。
だったら、飯田の体だって……。
『残念だが、それは無理だ』
えぇぇ! どうして?
『第一に私の能力は
えぇ? 必要な物って……。
あぁ、バックアップか!
『そうだ。バックアップの
そうかぁ。そうだよなぁ。
そこの所忘れてたわぁ。
それから、他にも理由があるの?
『そうだな。第二にお前の友に私の能力を引き継ぐだけの魔力があるかどうか……だな。以前話したと思うが、全ての隷従者に対して私の能力を引き継げる訳では無い。もう一度言っておこう、お前は非常に稀有な例だと思っておいた方が良い』
そうか。そうだったな。
簡単に能力を引き継ぐ事は出来ないって言ってたもんなぁ。
しかし、こんなに便利な魔法なんだもの。
何とかする方法って無いのかなぁ。
ゲームの世界で考えれば絶対に治癒系の魔法ってありそうだもんな。
いや、無い方がおかしい!
『うむ。確かに治癒系の魔法は存在する。最も有名なのは医学の神であるアナスタシア神の祝福を持つ者だ。それ以外でも、大方の聖職者であれば完治は無理にしても、ある程度の治癒を行う事は出来るはずだ』
うおっ! マジか。
人間、何でも言ってみるもんだな。
やっぱり治癒系の魔法ってアリなんだ。
それじゃあ話は簡単じゃん。
早速そのアナスタシア神の祝福ってヤツ? そいつを持った人の所へ行こうよ。
そんでもって、飯田を治してもらえば良いんじゃん。
なんだよぉ。魔法万能かよっ。
めちゃめちゃ楽勝クエストじゃんよぉ。
『うぅぅむ。残念ながらそうも行かん』
え? どうして、どうしてそうは行かないの?
『アナスタシア神の祝福を持つ者は非常に稀だ。私の知る限り、遠く太陽神殿の司教が一名、近年その力を発現したと噂で聞いた事がある』
マジかぁ……。
貴重品って言うか、貴重な人なんだ。その人。
って事は、ご多忙でなかなか呼んで来られないって事?
『まぁ、多忙かどうかは知らぬが、我々が行って、はいそうですか……と会える様な人物では無い。しかもだ……』
しかも?
なんだよクロぉ。もったいぶるんじゃないよ。
『治療を受けるには寄進が必要だ』
寄進? 寄進って……金? お金が掛かるって事?
『そうだ。太陽神殿で治癒を依頼するとなると、最低でも百万クランは下るまい』
あぁぁ……。
来た来た。クラン……クランねぇ。
一度聞いたよねぇ。クラン。
確か、お金の単位なんだよねぇ。うんうん。
一クランがぁ……えぇっと、確か一ドルと同じくらいだって言ってた様な気がするからぁ。って事は、百万、一千万、一億……。
え? 一億円っ!
高っ! めっちゃ高っ!
ボッタクリじゃん、それってボッタクリじゃん!
ブラッ〇ジャック顔負けのボッタクリじゃんよっ!
『まぁ、ブラック〇ャックが何なのかは知らぬが、高額なのは確かだ。それに、理由はもう一つある』
えぇぇ……。
既に一億円って聞いて意気消沈してるんですけどぉ。
まだナニかあるの?
『あぁ、問題はどちらかと言うと、こちらの方が深刻だ』
えぇぇ。まだ深刻な問題があるのぉ?
もう、この際だから言っちゃって。
ちゃんと聞くから。とりあえず言っちゃって。
『そうだな。もう一つの問題と言うのは、その聖職者と言うのは神官とも呼ばれ、それぞれの神を崇める教団に所属し、司祭や司教と言う地位に居る者達の事だ』
え? それってつまり……。
『そうだ。今我々が戦っている教団に対して、治癒を依頼する事となる。根本的にそんな事が出来るのか? はさて置いたとしても、我々が教団の門をくぐった段階で拘束され、殺される事は明白。まぁ、この方法は諦めるしか無さそうだな』
あたたたぁ……。
それって、それって……絶対に無理じゃん、無理ゲーじゃぁぁん!
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