第18話 殺戮と言う名の快感

「おい犾守いずもりぃ、遅かったなぁ。やっぱビビッてたんだろぉ?」


 いやいやいや、全然遅く無いし。

 まだ午後三時五十分だし。

 約束の時間まで、まだ十分もあるし。

 って言うか、アンタ達が早すぎなんだろぉ。

 こんなに早くからここで待ってるって、どんだけ僕と話がしたかったんだよ。


「えへへ、すみません。お待たせしちゃって」


 そうは言っても僕は空気が読める典型的な日本人だからな。

 ご招待頂いた方の顔を立てて、ここは下手に出るけどね。


 って言うかさぁ。

 不良の世界って、意外と時間に厳しいのかもな。

 体育会系のヤツも多いだろうし、上下関係とか特に厳しそうだしな。

 世に言う、十分前じっぷんまえ行動がキッチリ浸透してるんだろうな。

 そう考えると、コイツら、意外と良いヤツらなのかもしれないな。


「おぉ、良いって事よ。それじゃあこれから真塚まづかさんの所に案内すっからよ。ちゃんと付いて来いよ。逃げんじゃねぇぞ」


 逃げねぇよ。

 って言うか、逃げる気だったら、ここまで来ねぇよ。


 僕は心の中でしこたまツッコミを入れまくるんだけど、本当にコイツら、ツッコミのし甲斐がある連中だよなぁ。

 頭の残念なヤツらって、もう普通に生きてるだけでボケの連続なんだもん。

 この世界に居たら、僕のツッコミの腕も上がるかもしんないな。いや、逆に慣れすぎちゃって腕が鈍る可能性も。

 うぅぅむ。やっぱ関わり合いにならない方が得策だな。


 そんな天然ボケ連中を相手に、ひたすらツッコミの準備運動エクササイズを続ける事およそ五分。

 僕は第三グラウンド脇にある、用具倉庫の方へと連れて行かれたんだ。


 あぁ、確かにこの辺りは誰も来ないわなぁ。


 全てのグラウンドは全校生徒が共通で使う事になっている。ただ、ラグビー練習用に使われていた第三グラウンドを、『特進』や『普通科』コースの生徒が授業で使う事はほぼ無い。

 しかも、近年ラグビー人口が増えたせいか、新たに総天然芝のラグビー専用グラウンドが新設されたんだ。

 と言う事で、本家のラグビー部はそちらへと既に引っ越し済。

 今ではサッカー部や陸上部の連中がサブグラウンドとして使っているに過ぎない。

 さすが私立。金の掛け方がエグイ。


「おう、入れ」


 そう言うと、引率する男子の一人が、少し古くなったアルミ製のドアを開けてくれたんだ。

 今はもう使われていないんだろうな。

 ガランとした室内には、練習用に使われていたと思われる、古いパイロンなんかが無造作に転がっている。


 そして、その奥。

 窓際に近い場所では、数人の男子学生がパイプ椅子に座りながら、何やら話をしているみたいだ。


「連れて来ました」


 先程ドアを開けてくれた男子が、緊張の面持ちで声を掛ける。


「おう、犾守いずもりぃ久しぶりだなぁ」


 集団の中央に陣取る一人が声を掛けて来た。


 えぇっと? 何処かでお会いしましたっけ? って言うか、あなたが真塚まづかさん?


「あぁ……はぁ……」


 気の無い返事をする僕の様子に、その男は苛立ちを感じ始めてるようだ。


「しかしよぉ。お前の所為せいで警察には呼ばれるわ、学校からはイエローカードもらうわ、本当にひでぇ目にあったんだぜぇ、俺はよぉ」


 中央の男がそう言いながら立ち上がると、他の男子学生たちも示し合わせたかの様に立ち上がった。


「佐竹さん、コイツやっちゃいますか?」


 僕を引率して来た男子がそう言い放つ。


 あれ? この人が真塚まづかさんじゃないの?

 にしては体格も良いし、完全にリーダー的な感じだよなぁ。

 って言うか、もうコイツが真塚まづかさんで良いんじゃね?


「そうだなぁ。少し世の中の仕組みってヤツを教えておいた方が良いかもなぁ」


 いやいや、お前から『世の中の仕組み』なんて教わる気はねぇよ。


真塚まづかさんだって別に五体満足で連れて来いとは言って無かったしなぁ」


「そうですね。そうは言っておられませんでした」


 マジかよ。

 だいたい真塚まづかさんって人から、わざわざ『五体満足で連れて来い』って言われないとそんな事も出来ないヤツらなのか?

 それだったら『初めてのおつかい』で、『おつりでお菓子かっちゃだめよ!』ってさとされてる五歳児と大して変わんねぇぞ?

 そこまで言わなきゃ分かんないのか? って話だ。

 まぁ、コイツらの脳みそも、五歳児と大して変わらねぇのかもしれないけどな。


「それじゃぁ、真塚まづかさんが来る前に、あばらの一本も貰っておこうか」


 いやいやいや。やらねぇよ。あばらなんて、お前にヤル訳ねぇだろ?


 なんて考えている途中で、引率して来た二人が両側から僕の腕をガッチリを締め上げて来る。


 あれ、ヤバい。

 捕まった。


「さぁて。お前のあばら骨はどの程度の強さなんだろうなぁ」


 佐竹って男が自分の指をポキポキと鳴らしながら僕の目の前へとやって来る。


 取り巻き連中はどうやら傍観する構えらしい。

 少し離れた場所で腕組みをし、ニヤニヤとした笑いを浮かべているだけだ。


「まずは三十パーセントぐらいから初めてみようか」


 佐竹って男はそう言うと、ゆっくりと正拳突きの構えを取った。


 うわぁ、かなり堂に入った構えだな。

 空手でもやってる口かな?

 ヤベェな。マジで肋骨持ってかれるかもだな。

 そんな風に思っていた矢先。


「セイヤァ!」


 ――ボクッ!


 掛け声一発!

 僕の左胸に鈍い痛みが走る。


「……ゲホッ、ゲホッ」


 一瞬ではあるけど息が停まった。

 マジかぁ! こんなんマジでヤられたら、たまったもんじゃない。


「ほほぉ、俺の正拳突きを耐えるとはなぁ。それじゃあ、次は五十パーセントで行くとしようか」


 おいおい、なんだよおい。

 お前の正拳突きは、スーパーサ〇ヤ人みたいに、何パーセント計算で自在に繰り出せるのか?

 高校生にもなって、ホントに恥ずかしいヤツだな。

 

「セイヤァ!」


 ――ボクッ!


 再度の掛け声とともに、さっきと全く同じ場所にめり込むヤツの拳。


「……カハッ、ゲハッ……」


 うぅぅん?

 さっきとあまり強さは変わらん様な気がするな。

 やっぱり何パーセントって言うのはガセか?

 そりゃそうだわな。

 そんなの自由に出来たら、ちょっと面白過ぎるからな。


「ほぉぉ! 俺の正拳突き二発を喰らってもまだ立っているとはなぁ。お前、何か格闘技でもヤってるのか?」


「まっ……まぁな」


 そんなもん、やってる訳ねぇだろ? ウソだよ、嘘ウソ。


「どんな格闘技だ?」


「たっ、太極拳さ……」


 うわぁ、言うに事欠いて太極拳とは。

 自分で言っておいてなんだけど、はずかちー!

 すまん、それ以外に全然思い浮かばなかったわ。


「太極拳? ほぉぉ、太極拳とはそんなにスゴイのか?」


「あぁ、凄いさ。まぁ、僕の場合は通信教育だけどな」


 あははは。太極拳の通信教育って……。


「なるほどぉ、それは民放か? BSか何かか?」


 おいおい、本気で喰い付いて来るなよ。

 コイツ本気でバカだな。

 バカと会話するとマジ疲れるぜ。


「ウソだよ。ンな訳ねぇだろ?」


「いやいや、謙遜するな。それじゃあ、お前も格闘技を極めていると言う事だな。それであれば、俺も本気で殴らんと失礼に当たるな」


 いやいやいや。

 冗談だって。冗談なんだって。

 もぉ、マジになるなよぉ。

 やっぱ、これだからバカは困るんだよなぁ。


「佐竹さん、もう、ヤっちゃってくださいよ!」


 オーディエンスもそろそろ焦れ気味だ。


「よぉし、俺の百パーセントを見せてやろう! はぁぁぁぁ!」


「セイヤァ!」


 ――ボクッ!


「セイヤァ!!」


 ――ボクッ!!


 こいつ、二発続けて殴りやがった!

 まさか、五十パーセントが二つで百パーセントとか言うんじゃねぇだろうな?

 って言うか、左の突きなんて、右の半分ぐらいしかパワー無かったぞ?

 これだと足して七十五パーセントって事になるけど、それで良いのか??


「ふぅぅ……。なんとっ! 俺の二百パーセントの正拳突きを受けて、まだ俺の事を睨むか?」


 あぁ、やっぱ片方百パー計算だったんだ。

 両方で二百パーセントね。

 うんうん。そう言う事ね。まぁ……そう言う事ね。

 そう言う事にしておきましょ。


「もう……気が済みましたか?」


 僕は押さえつけられていた両腕を簡単に振りほどくと、制服についたホコリを払いながら服装の乱れを小刻みに整えて行く。


 どうやら、僕の推測は正しかった様だな。


 香丸こうまる先輩の家で感じた違和感。

 中学校から一度も運動部に所属した事の無い僕が、女性とは言え一人の人間を軽々と持ち上げる事が出来るなんて。

 日頃から体を鍛えている人には分からないかもしれないけど、僕には分かる。

 明らかな筋力の変化。


 そこで僕は、意図的に体を動かしてみる事にしたんだ。


 誰もいない体育館で測った垂直飛びは、軽く七十センチを超えた。

 ググってみたけど、全米バスケットボール選手の平均ぐらいはありそうだよな。

 その後、試しにやったダンクシュートも、本当に出来たのにはかなり驚いた。


 百メートル走みたいに思い切り走るのは、流石に人目がはばかられるので止めたけど。

 それでも夜の公園で走った時は、間違いなく以前とは風の感じ方が違っていたんだ。


 あと、笑ったのが遠投だな。

 高校の野球部は備品の管理が異常にうるさい。

 外野フェンスを越えた打球は、一年生が必死になって探す事になるんだけど。

 そんなグラウンド外に落ちてたボールを、思い切りグラウンドに投げ返してやった事があったんだ。

 もちろん、親切心からだよ。

 当然じゃないか。

 後からボールを探す羽目になる一年生が可哀そうだからね。


 ただ、僕の投げたボールは野球専用グラウンドを軽く飛び越え、その横に併設されている職員専用の駐車場へと姿を消したんだ。

 ちなみに、暫くしてから『ボコッ!』って音がしたのは気にしないでおこう。


「気が済むも何も。これじゃあ、互いに腹の虫が収まらんだろう?」


 そう言いながら、不敵な笑みを浮かべる佐竹さん。

 でも彼の視線はなぜか僕の後方へと注がれている。


 え? 後ろっ?


 即座に振り返った僕の正面。そこに迫り来るのは金属バット!


「うぉっ!」


 僕は反射的に頭部をかばったのだが。


 ――バキッ!


ってぇ!」


 こいつマジか?

 力の加減ってあんだろっ?

 これ、マジで後頭部に喰らってたら即死もんだぞっ!


 咄嗟に出した左腕は確実に持ってかれた。

 痛みの具合からして、間違い無く折れてる。


 しかし、コイツらのイカレ具合は只事ただごとじゃない。

 人を殺す事すら、何とも思って無いのか?

 突然、今まで感じた事の無い『恐怖』が、心の底から湧き起こって来る。


 ヤバい、ヤバい。ヤバいっ!


 多少体は強くなったと言っても、別にスーパーマンになった訳じゃ無い。

 金属バットで殴られりゃ腕は折れるし、当たり所が悪ければ死に至る事だってある。

 しかも、コイツら後先考えない馬鹿ばっかり。

 力加減なんて気にせず、思い切り殴り掛かって来やがる。


 この時ほど、真性馬鹿の恐ろしさと言うものを思い知った瞬間は無かっただろう。


「ほほぉ、腕で受け止めたか ただ、金属バットは避けないと駄目だぞぉ。何しろ受けた時のダメージが大きいからな」


 言われなくても分かってるよっ!

 実際、折れたからなっ!


 って言うか、僕は別に格闘技を経験している訳でもなんでもない。

 攻撃をかわす方法も知らなければ、逆に相手を攻撃する方法だって知らない。


 どうする? どうする?

 このまま逃げるか? いや、逃げられるのか?


 さっき入って来た入り口付近には、既に二人の男が立っている。

 あの二人を倒して外に出るのはかなり厄介だ。

 かと言って、部屋の中には七、八人の高校生ゴロツキどもが僕の事を囲んでいる状態だ。


 これはダメだな。逃げられん。

 となると、先に腕を治すか?

 いやっ、いま腕を治すとぶ。

 場合によってはその間隙を突かれる可能性もある。


 僕は左腕をかばいながらも、なるべく背後を取られない様に注意しながら、徐々に窓のある方へと近づいて行く。


「ははは。窓から逃げようってか? お前が窓を開けるのが早いか、俺達の金属バットが早いか。まぁ、やってみろよ」


 おいおい、マジか?

 コイツら、本気で俺の事を殺す気なんじゃないだろうな?

 こんなの、完全に傷害事件だぞ。


「おいおい、まさか逃げた後で警察にタレこもうなんて考えてるんじゃないだろうな?」


 ンなもん、考えてるに決まってるだろっ!


「お前……そんな事すりゃ、お前の家族や友達にまで被害が及ぶからな」


 どこまで性根の腐った連中なんだよ。

 でもコイツらならやりそうだ。

 躊躇ちゅうちょなく人を金属バットで殴れる様なヤツらなんだ。

 報復の為だったら何でもするに決まってる。


「さぁ、諦めてこっちに来い。それで、土下座して謝れば許してやるよ」


 また土下座かよ。

 コイツら、それしか知らねぇのか?


「ほっ、本当にそれで……許してくれるのか?」


「あぁ、もちろんだ。これ以上手間掛けさせんなよ」


 チクショウ。この場はとりあえず謝っとくか。

 僕はその場で、佐竹と言う男に向かって土下座をして見せたのさ。


「ほらほらぁ、土下座をしたら言う事があんだろう?」


「もっ、申し訳ございませんでした」


「何が申し訳ないんだぁ? 言ってみろよ。ほら、早く言って見ろよぉ!」


 ――ミシッ!


 佐竹の尖った革靴が僕の脇腹へとめり込んだ。


「グエッ! ガハッ!」


 その反動で、口や鼻から胃液が飛び出して来る。


「んだよぉ、さっきから生意気な口利きやがってよぉ。お前舐めてんのか? 俺達の事舐めてんのかぁ?」


「いえっ、そんな事は……」


「お前舐めてるんだよ、その目がよぉ、お前のその目つきが俺達の事を舐めてるって言ってるんだよぉ!」


 ――ボクッ、ボクッ!


 佐竹は僕の脇腹を執拗に蹴り上げる。

 

 ――ボクッ、ボクッ、ミシッ!


 更に、何度も、何度もっ!


「ガハッ! グエッ! グエェッ!」


 やがて、その衝撃に耐えかねた内臓が、突然痙攣けいれんを始めたんだ。


「グエェッ! グエェェッ! グエェェッ!」


 しかし、吐き出す胃液すら残っていない胃は、ただただ、不気味な不協和音を奏で続けるだけ。


「あはははは! なんだよお前ぇ、カエルにでもなったのか? ゲコゲコ、ゲロゲロってよぉ! あはっはは。しっかし臭ぇなぁ」


 周囲に充満するゲロの臭い。


「まぁ、良っか? このぐらいで止めとくかな。あんまりヤリ過ぎると真塚まづかさんに叱られるしよぉ」


「なに言ってるんスか佐竹さん。って言うか、もう佐竹さんがリーダーで良いんじゃないっスかねぇ?」


 ここぞとばかり、取り巻き連中が佐竹の事をおだててやがる。


「そぉかぁ? まぁ、俺もそう思うんだけどよぉ。真塚まづかさんが居ねぇと金回りが悪くってなぁ。それに、上への上納金の事もあるしよぉ。まぁ、俺ぁナンバーツーぐらいが気楽で性に合ってんだよ」


 なんだ? 金回り? 上納金?


「しっかし真塚まづかさん遅いなぁ。ちょっと誰か見に行って来いよぉ」


「それじゃ、俺達ちょっと見て来ます」


 そう言った何人かが倉庫の外へと駆け出して行ったみたいだ。

 部屋の中に残ったのは。

 一、二、三……佐竹を含む五人……か。


「頃合い……だな」


 ――パチッ! ブシュゥゥ!


 指を鳴らしたその瞬間、僕の体を包みこむ真っ白な蒸気。


「おぉ? 何だなんだ? どうした?」


 取り巻き連中が何事かと騒いでいるな。

 やがて蒸気が収まると、その中央には正座待機中の僕の姿が。


「えぇっとぉ。どうなったんだ? ツッコミの準備運動エクササイズ続けてて……用具倉庫に入った所までは覚えてんだよなぁ……」


 チクショウ。

 記憶が飛んでる。

 って事は、僕の身に何かマズい事があったって事だな。

 でなきゃ、を使うはずが無い。


 今、どう言う状況だ?

 仕方ない。とりあえず、ちょっと記憶探るかぁ。

 幸いな事に、さっきまでの自分の『CORE』がまだ残ってる。

 僕は正座しながら自分の記憶を大急ぎで確認し始めたんだ。


「あぁぁ、なるほどぉ。佐竹ね、佐竹。その厳つい顔したヤツが佐竹ね。ははぁ、お前が僕の事を痛めつけてくれたって訳かぁ」


「何だと犾守いずもりぃ、お前、殴られ過ぎて頭ぶっ壊れたか?」


 突然の僕の物言いに、いぶかし気な表情を見せる佐竹。


「まぁ、そうかな。さっきまでは本気でぶっ壊れてたけど、どっちかってーと、今は治ったって言った方が正しいかなぁ」


 僕はやおら立ち上がると、膝についた泥と埃を払いのける。


「お前っ、立てるのか?」


「だから言ったろう? 壊れたんじゃ無くって、治ったんだって……」


 って言ってるそばから、佐竹の視線が僕の後ろに。


「流石に二回目は引っかからないよ」


 僕は振り返る事もせず、その金属バットをかわしてみせる。


 ――ガコッ! ガン、ガランッ! ガンガラ……ガンガラ……


 空を切った金属バットは無情にもコンクリートの床に当たって、部屋の奥へとはじけ飛んで行く。


「あははは。金属バットでコンクリートのゆか力いっぱい殴ると、結構腕が痛いでしょ?」


 茫然ぼうぜんと僕の事を見つめるその男。


「キミが思いっきり来たって事は、僕も思いっきりヤっても良いって事だよ……ねっ!」


 ――ボゴッ!


 自分でも分かる。

 それは素人が繰り出すテレホンパンチ。

 きっと相手が喧嘩慣れした人種であれば、楽々かわせる代物なんだろうな。

 でも、舐めてもらちゃ困る。

 こちとら素人は素人でも、人並み外れた筋力を持つ人間のパンチだ。

 当たればタダで済むはずが無い。


「うぷっ……グゲェェ……」


 僕の拳を鳩尾みぞおちに受け、まさに血反吐ちへどを吐いてその場に崩れ落ちる男子生徒。


「あーっはははっは! 弱っえぇぇぇ! 何だコイツ、めちゃめちゃ弱いじゃん! なんだよぉ、見掛け倒しかよぉ!」


 脳内より溢れ出る大量のアドレナリン。

 今まで抑圧されていた僕の精神と筋肉は、喜々として僕の命令を受諾する。


「さぁ、次行ってみよっかぁ!」


 走るっ! 駆け寄るっ! 殴るっ! 蹴るっ!


 一連の動作が本当に楽しい。面白いっ!

 誰かに習った訳じゃ無い。それは野性の勘? いや、本能とでも言うんだろうか。

 とにかく、自分の中に眠っていたが突然目覚めたとしか言いようが無い。


「ヒャッ、ハァァァァ! なにこれぇ! キャハハハハ!」


 倉庫内に響き渡る僕の絶叫!

 にわかにこの場所は阿鼻叫喚あびきょうかん地獄じごくと化して行ったんだ。


 この時の僕は、心の底から湧き上がる殺戮さつりくと言う甘美な衝動に身を委ね、これまでに味わった事の無いに酔いしれていたのさ。

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