第95話番外4 令嬢の心もよう

 ええ。

 わたくしだって、本当はわかっておりますのよ。

 なぜ、エルランド様があの痩せっぽちの小娘を選んだかくらい。

 エルランド様は、守ってあげたい娘がお好みだっただけ。ま、男なんて所詮そんなものなのでしょうよ。

 私は……そうね。流行り言葉で言えば、悪役令嬢といったところかしら?

 おお! 世間にそんなくだらない言葉で標榜ラベリングされているとしたら、ぞっとしますわね!

 私のような貴族の娘が結婚以外に何を夢見られるというのでしょう?

 幼い頃から自分を磨き、美しくあれ、多芸であれと教え込まれたのは自分自身のためではなく、全ては良き嫁ぎ先を見つけることなのですから。


 父は辺境領主としては豊かでしたし、性格も悪くはなかったから、王都で私は見下げられることはありませんでした。王都しか知らない上位貴族の令嬢などより私の方がずっと美しかったし、自慢の肢体はひょろひょろした彼女たちよりもずっと殿方の目を惹きましたもの。

 話題だって豊富になるように努め、殿方の好きな狩りや戦の話にもついていけるように努力しましたわ。実際狩りで獲物を獲るのは得意でしたし、血のしたたる新鮮なお肉を焼いて食べるのだって大好きだったんですもの。

 私は正直に生きてきたのです。

 ナンシー王女殿下も少し毛色の変わった私を気に入ってくださって、お仲間に入れてくださったくらいだし。


 だから、私は17歳の時。最初に求婚してくれた王都の名門貴族の伯爵様と結婚したのです。名門でも、それほど財産はありませんでしたから、いわばどちらの家にとってもこれは良い話でした。顔もそう悪くはなかったし。

 私は一人娘だったからノルトーダの領地が心配だったけど、父もまだまだ元気だし、私が子をたくさん産んで有望そうなのを養子に出せばいいと、軽く考えていたのです。

 今から思えば、浅はかでした。

 私よりやや小柄なその伯爵は、結婚後半年で愛人を囲いましたのよ。それも、別宅に囲うのならともかく、子供を孕ったから、私の住む王都の屋敷に住まわせるって居直るんですの。

 貴族ならば、愛人の一人や二人くらい作って当たり前でしょうけど、私はどういう訳か許せなかったのですわ。

 愛人は下級貴族の娘で夫よりも小柄で、教養も、作法も、もちろん武芸の能もない平凡な娘でした。

 夫曰く「君とは全然違う娘だからよかった」というのも癪に触りましたしね! 

 父から屋敷を修繕する費用を出してもらい、新しい召使いや様々な品々を強請った結果がこれです!

 ──馬鹿にするな。

 私はそう思い、父とそしてナタリー殿下に頼んで離縁してもらいました。夫はその時になって慌てていましたけど、知るものですか! 持参金も全部引き上げてやりましたわ!

 元夫は私の事を追い出したなどと言いふらしてなんとか矜持を保っていたそうですが、父が資金を引き上げたことで、どんどん落ちぶれて行ったのでとても良い気味でした。

 私は私の幸せにしか興味がなかったのです。

 しばらくは今まで通り領地と王都を行ったり来たりしながら、新しい夫になる殿方を探していたのですが、領地に帰っていた時、隣の領主が表敬訪問にやってきたのです。

 私が結婚した時に隣の領地、イストラーダに新しい領主が任じされたことは知っていました。

 ですが王領とはいえ、山と荒野ばかりの捨て地の領主に任じられるなんて、王都でよほど失策でもやらかした男じゃないかと、最初は会う気もしませんでした。

 ですが、翌日偶然朝稽古をする男性を見て、私は心を奪われてしまったのです。

 そのかたはエルランド・ヴァン・キーフェル卿。

 傷だらけの逞しい肉体、華やかではないけれど端正な顔立ち、隙のないみのこなし。なまっ白い前の夫とは全く違います。そして聞けば、数々の戦を勝利に導いた英雄だっていうではありませんか!

 そういえば名前くらいは聞いたことがあるような気がしましたが、このところ離縁やら何やらで自分のことで精一杯だったのです。

 ええ、恥かしいですが、私はすっかりエルランド様に魅せられてしまいました。

 けれど!

 いくら体を武器に誘いかけても、お父様が便宜を計ってもエルランド様は私になびこうとしません。

 王都の友人達の話では、どうやら彼はすでに結婚していて、それも私も知らない王家の方らしいのです。

 がっかりしていると、ナンシー殿下が私にそっと耳打ちをしてくださいました。

「キーフェル卿の妻は私の妹よ。妹と言うのも嫌なくらい、母親の身分が低いのよ。だから、問題ではないわ。気になるのなら奪っておしまいなさいな。あの娘は大人しいし頭が変なのよ。おまけにあのみっともない様子だもの、すぐに飽きられて放り出されるわ。あなたなら大丈夫」

 王女殿下に応援してもらって、すっかり調子に乗った私は、奥方に収まりかえったあの娘を、そりゃあ上手にさりげなく馬鹿に致しましたわよ。ええ、腕によりをかけて。

 でもあの娘には全然ちっとも効かないんですの。城内の私の崇拝者だったアンテに言い含め、私とエルランド様が恋仲だと誤解するように仕向けても、期待していたように効果が現れません。

 私はこれは相当鈍感な馬鹿娘なのだと本気で思いました。

 なのになのに!

 エルランド様の留守中に、暴徒が押し寄せてきた時、あの娘は果敢に、そして的確に対処をしたというではありませんか!

 ……ここまで思い出して、顔から汗が出てきました。

 私はあの混乱の中で一番臆病で、そして愚かだったのです。

 辺境が安全な場所ではないことくらい知っていましたが、我が領地ノルトーダは大きな主街道が通ってて、王都へ往来も頻繁ですし、危機感などありませんでした。一年の半分ずつを王都と領地を行き来する私には、ならず者が村を襲うなどまったくの他人事。

 あの日、イストラーダの荷馬車が襲われて怪我人が出て、ならず者の襲来から避難するために、村人たちが退去して押し寄せた時、私はすっかり怖気付いてしまったのです。

 エルランド様のいない城に飽き飽きしていて、みすぼらしい村人や、怪我人など見たくもない。ましてやその世話などもってのほか。

 だけどならず者は怖い、争いなど見たくもない。

 どうせエルランド様はいないのだし、この妙な娘はなんとでも誤魔化せるし、薬だけ置いておけばいいと、私は皆を見捨てて自分の部屋に閉じこもり、内側から頑丈に締め切ったのです。

 その後、階下や城外で大混乱が起き、時々様子を見に行かせた侍従も恐ろしいことになっていると言われ、私は震え上がっていました。

 ──結果は惨憺たるもので、私は城を追い出されました。

 忿懣ふんまんやる方なく、私は出ていきましたが、最初の怒りが収まると自分がどれだけ格好悪いことをしたのかがわかってきました。

 王女殿下にそそのされて横恋慕を勘違いし、勝手に舞い上がった。自慢の美貌も、得意がっていた馬術や武芸も、なんの役にも立たないどころか、役に立たせようという発想すら自分にはなかった。

 着飾った私を見た瞬間に見抜いたエルランド様が私を追い出したのも、当然のこと。

 それに引き換え、あの娘──いえ、リザ様は──。

 帰りの馬車の中で、私は生まれて初めて本気で泣きました。

 

 私は今、やっと自分を振り返理ながら領地に引きこもっています。

 初夏の豊かな光と風は少しも私を慰めてはくれない。

 噂ではイストラーダは行き交う商人がどんどん増え、他領から人も集まり、領主夫妻に人望が集まっているとか。

 そして、来年の冬の終わりには、さらなる希望が誕生するとか。

 私は──、私は……そうですわね。

 新規き直しです。

 お父様に従って領地の経営をしっかり学びましょう。そして、産業や経済のこと、それを生み出す人たちのことを知りたいと思います。

 遅くはないと信じたい。

 自分が馬鹿だと知った時から、やり直せるものだと思わなければ、私は愚かなままで終わってしまう。

 結婚も跡継ぎも大切なことだけど、お父様はゆっくりおやりと言ってくださっている。

 私は私らしく、これまで身につけたことも決して無駄にはせずに、進んでいきます。

 まずは領地特産の織物で、美しいおくるみを作ってみましょう。

 私が針を持つのです。

 お贈りしたなら、あの方は喜んでくださるでしょうか?




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