第49話『二人の道中』
それは時間にして少し前のこと。
秀生のスマホに電話をしたはずが貴水と通話する羽目になった後の話。
稀はこれまで感じたことのない程の嫌な予感に急かされていた。
早く秀生のところに行かなくてはならない。
何か確信があるわけではないけれど、まるで使命感のように気持ちが焦る。
忘れ物を取りに来た細江を捕まえ、堂土が言っていた『安居院邸』へ向かう。細江には、秀生が何人かの運動部の奴に『安居院邸』に連れて行かれた、きっと数の暴力に遭っているに違いないと捲し立てて同行させた。稀はその『安居院邸』の場所は知らなかったが、細江は幸い知っていた。細江が言うには、堂土の言葉通りこのあたりでは有名な『心霊スポット』らしい。
場所を知ってる細江に自転車を漕ぐよう言いつけると、稀は荷台に跨り『安居院邸』へ向かって走り出す。
「急いで細江、全速力よ!」
稀はそう叫び細江の背中をバシバシ叩く。
細江は稀に言われるままペダルを漕ぐが、荷台には稀、前の荷物カゴには二人分のカバンと細江の竹刀袋もあるせいで速度はかなり遅い。とはいえ徒歩よりはかなり速いのは確かだった。細江は稀に言われるままペダルを漕ぐが、彼女の言葉には懐疑的だった。
「って言ってもなあ……貴水くん達と一緒なんだろ?」
「運動部のヤツよ?! 柵木みたいなモヤシが人気のない場所に連れ込まれてるよ?!」
「肝試しだろ? 運動部の間じゃあ有名だ」
「運動部の風習でしょ?! なのに柵木が連れて行かれる理由は何?!」
ただの偶然とか単なる交友関係の繋がりだろ。
細江は反論しようとしたけれど、これ以上稀に背中を更にバクバク殴ってくるのが予想されたので口を噤みペダルを漕ぎ続けた。
稀は細江に自転車を漕がせながら、堂土の言葉を思い出す。
アイツは、秀生が幽霊なんてものが見えて、心霊スポットに無理矢理連れて行くことで秀生にそういうものを見せて醜態をさらさせるのが目的、みたいなニュアンスのことを言っていた。稀としてはその話は心の底から嘘くさく思っている。どういう理由でかはわからないが、貴水が秀生に対して悪意を抱いているのは確かだ。それは通話で手紙の差出人が貴水であると白状したことからも疑いようもない。
でもそんなまどろっこしいことをするだろうか。
人気のないところに誘い込んで数の力で訴えかけるほうが楽だろう。
誰がその場にいるかまでは聞いてないが、その方が手っ取り早い。
稀はそういうことを心配していた。
女子一人が行ったところで勝ち目があるとは思えないが、運良く細江が戻ってきてくれたのは運が良かった。
持って生まれた強運と言うのだろうか。
場所もわかって、剣道をしている細江も連れて行ける。何だったら竹刀もついてくる。
もし彼らと相対することになっても一方的な展開にはならないだろう。
あとは秀生の危機に間に合うかどうか。それだけだ。
「細江、急いで! 全速力よ!」
稀は細江の背中を叩きながら、ただ秀生の身を案じた。
自転車が進み出して暫く。
漸く人工物が減り、周囲に緑が目立つようになる。
アスファルトで舗装された道路だったが、緩やかな坂道になり二人分の人間の重さがある自転車は速度をどっと落とすことになった。
ゆったりと進む自転車に苛立ちが募る。
「細江! 頑張って!」
そう言いながら細江の背中を叩く稀。細江も細江で一生懸命足を動かすが、緩やかであっても坂道は坂道、一人でも相当体力を使う道を人が二人も乗っている自転車が思うように進むはずもない。
「無茶言うなあ! そんなに急ぎたいなら、才明寺、お前走れ!」
細江は自棄糞になって叫ぶ。
が、稀はその言葉に、ああ確かにそうだ、と思い前へと進む自転車から飛び降りる。突然荷台に乗っていた人間が飛び降りた衝撃と、急に自転車にかかっていた重量が軽くなり、ペダルを踏み込んでいた細江はバランスを崩しかけ慌てて両足を地面に下ろしてよろよろと踏み留まる。
「危ないことす」
すんなよ!
細江は突然降りた稀にそう叫ぼうとするが、稀はそんな細江に見向きもせず前カゴに入れていた細江の竹刀袋を掴むと先に走り出す。
だけど二メートル程進むと一度立ち止まり、漸く細江を見て「このまま行って大丈夫なの?!」と問う。
あーこりゃ何言っても聞かねえな、と細江は早々に諦めると「もう少ししたら右側に横道がある」と素直に教える。細江自身『安居院邸』を目指すのは初めてだったが、以前同じ剣道場に通う生徒が『安居院邸』へ肝試しに行ったらしく詳しい行き方や行ってみても大したものはなかったという結果を聞かされた。ただの廃屋。それなのに何故此処等辺の子供は皆あんな場所へ行って度胸試ししたがるのかが謎だ。細江がそんなことを思っていると稀は「わかった!」と叫んでまた走り始める。
流石に女子一人に行かせるワケにはいかないと細江は慌てて自転車を漕ぎ始める。
やはり一人で漕ぐ方がさっきよりも随分速い。これならすぐに稀に追いつけるだろう。
追いつける……だろう。
追いつける、あれ。
緩やかな坂道を自転車で駆け上る細江だったが、ものの数秒で、全速力で駆けていったはずの稀を追い抜かす。
稀の全速力はすぐに終了し、今は息も絶え絶えという様子でまだ辛うじて走っている。
そんな彼女を追い抜かし、細江は思わず自転車を止めて振り返る。
「才明寺、体力無さ過ぎだろ……」
そういや春の体力測定もかなり下だったのを思い出す。
稀は息を切らしながら走ってはいるが早歩きとそう変わらない速度で、「うっさい……!」と覇気のない悲鳴をあげた。
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