第43話『彼らの温度差』
まれちゃんはすごいね、まれちゃんはぼくのヒーローだよ。
そう言われたのはもう随分と昔だった。
いつも後ろについて歩いてきていた。まるで何か
それがある時を境に決別したのだ。
***
昨日の放課後、秀生の靴箱に入れられていた手紙。
あの差出人が堂土ではなかったとわかったとき、『じゃあ誰が』と考えるのと同時に、稀の脳裏には既に別の可能性が浮かんでいた。今朝教師たちに生徒指導室に連行され、堂土がバスケ部に所属していると聞いたときに、何故かすぐに貴水の顔が浮かび上がったのだ。
そもそも稀は堂土に言われる前から、秀生は幽霊が見える、という話を既に貴水から聞かされていた。四月の終わりに脈絡もなくそう言われたのだった。
確か同じバスケ部所属の生徒が話していたと言っていた。
貴水は堂土から、秀生のことを聞かされたんじゃないのか。
……聞かされて、貴水は何を思ったのか。
何故四月の終わりに、その話を稀にしたのか。
幽霊を信じていないと公言している稀にそれを告げることは何処か意地悪であるように思えてならなかった。その出来事が稀の中ではずっと引っかかっていた。
貴水はその話をして、自分に一体何を言わせたかったのか。何を思わせたかったのか。何をさせたかったのか。
その理由をずっと考えていたのだ。
でもとっくにわかっていた。『アイツは私が嫌いなんだ』と。
だから稀が嫌がることを言い放ち、稀が傷付くことを行うのだ。
昔はあんなんじゃなかった。
何処から貴水は変わってしまったんだ。それに対して悲しいと思う自分はおらず、鬱陶しいと即答できる自分がいて少し驚いた。
稀が大して体力もないのに全力で廊下を走って教室に戻っても、当然秀生の姿はなかった。ぜえぜえと呼吸を繰り返して稀は柵木の机に手をついて何とか呼吸を整えようとする。口の中が鉄の味がする。
稀はよろよろと机に手をつきながら自分の席を向かう。置いたまましていた通学カバンからスマホを取り出すと急いで秀生のスマホに電話をかける。
凄く嫌な感じがしていた。こういう時の予感はいつも何故か当たるのだ。
稀は不安になりながらもコール音が終わるのを待つ。
秀生と話して、行き先も知ってて本当に単なるハイキングならそれでもいい。そりゃあ置いて行かれたのは寂しいことだけど、何事もないなら一安心できる。
でも。
貴水が何か思惑がある上で連れて行ったのなら、早く教えないといけない。その『心霊スポット』に到着する前に引き返させなくては……!
逸る気持ちで待っていると、漸くコール音は終わる。
稀は思わず「柵木!」と叫ぶ。だけど返ってきたのは秀生の声ではなかった。
『稀? 反省文、お疲れ』
その声に稀は硬直する。それは紛れもない貴水の声。
稀は驚きと緊張で掠れた声で「柵木はどうしたのよ」と問う。すると通話向こうの貴水は楽しそうに『柵木くんなら今隣りにいるよ。俺が連れ出したんだ。ずっと話してみたかったし』と答える。
嘘くさい。
稀は奥歯を噛み締めて、鼓膜を揺らす軽薄な声に耐える。
「そんな言葉、信じられるわけないでしょ。知ってるんだからね。これから『心霊スポット』に行くらしいじゃない。それに柵木を連れて行くなんて……何企んでるのよ」
『単なる一年男子の交流会だって。何なら今いるメンバー教えようか? 皆気の良い奴だぜ?』
「アンタはそうじゃないけどね」
『心外だな』
「そもそも柵木は自分が何処に連れて行かれているか知ってるの? 同意はちゃんとしてるの?」
『さあ、どうかなー』
怒りのボルテージが上がる稀に対して、貴水は穏やかというか余裕であることがわかる。どうにものらりくらりと躱されている気がする。
そっちがそのつもりなら……。
稀は思い切って先程思い至った『予感』を口にする。
「アンタ、昨日、柵木の靴箱に嫌がらせみたいな手紙入れたでしょ」
さあ、何て答える。
否定するか誤魔化すか。元々確証があったわけじゃない。稀の予感と、堂土以外で秀生にあんな嫌がらせをする人間が思い浮かばなかったからという単純な思いつきだ。
身に覚えのないことでも、自分に何か疑いがかかれば貴水の調子が変わるかもしれない。
兎に角、貴水のその『余裕』を崩したくって稀はそう言い放った。
だけど。
『そうだよ、よくわかったね』
「え」
思いつきで言った言葉が肯定され、稀の思考は止まる。
そんな稀を見透かしたように貴水は続ける。
『何驚いてるんだよ、そっちが言ってきたのに』
「ど、どうしてあんなもの」
『理由は幾つかあるけど、流石に電話で話すのは恥ずかしいなあ』
「……意味わかんないんだけど」
『じゃあ稀も来る? 面白いものが見れるかもよ。あー、でも』
「?」
『稀には何も
は? どういう意味だ。
稀はその言葉の意味がわからずぽかんとしてしまうが、「早く来ないと大変なことになるかもね」と貴水は周囲に隠すように呟くとその直後通話は切られてしまう。ツーツーという通話終了音が聞こえ我に帰るが何を叫んでも遅い。
「何、最後の」
貴水が呟いた言葉。その意味が本当にわからない。
慌ててかけ直すが、今度はコール音にはならず『電源が入っていない』とアナウンスが入る。
ちくしょう。
稀は急いで通学カバンを引っ掴む。もうこうなったら貴水の言う通り、追いかけるしかない。幸い何処に行ったかはわかっている。わかっている?
「あぐいてい、って何処にあるの」
そんな『心霊スポット』の存在を今日初めて知ったのだ。堂土が場所のことを言ってた気がするが覚えていない。『あぐいてい』がどういう字なのかわからない。字がわからないから、スマホで検索することもできない。
え、どうしよう。
稀は立ち尽くし途方に暮れる。
そんな時、教室の扉が開く。
驚いて顔を上げると、扉を開けてやってきたのは細江だった。
細江は稀を見るなり「あれ、才明寺、もう反省文できたのか? お疲れ」と驚きつつも労りの言葉を述べる。
「俺さあ、木刀忘れててさあ、学校出てから気が付いてまた戻ってくる羽目になったんだ」
細江は溜息混じりに説明しながら、自分の机の横にかかったままの木刀ケースを取る。そして秀生の机を見て「あれ、柵木は? トイレ?」と問う。この場にいなかった細江は当然秀生の身に何が起こっているか知らないのだ。
細江の登場は稀にとって天から差し込む一筋の光そのものだった。
稀は、何の事情も知らない細江に近づくと、彼の胸倉を掴んで叫ぶ。
「細江! ちょっと手ぇ貸して!!」
そう必死の形相で掴みかかる稀に細江は何が起こったのか全く理解できないまま「えっ、へ? 何?」と戸惑いながら秀生が帰ってきて稀をどうにかしてくれないかと周りを何度も見回した。
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