第41話『彼らの道中』
貴水に連れられ靴箱まで向かうと四人の男子が昇降口から少し離れたところで談笑していた。皆、知らないヤツだ。
俺は只管緊張していると、貴水は彼らに「おまたせ、勧誘成功」と言って俺を指す。
「同じクラスの柵木くん。中間で学年一位だったから名前知ってるよね」
そう彼らに紹介すると、彼らは俺の顔を見るなり「おお!」と驚きと歓喜の声をあげた。歓迎されている様子だけれど、俺はもう緊張でそれどころではない。何を話したらいいのかわからずただ立ち尽くすだけだ。……やっぱり俺にはいきなりこんな大人数はハードルが高かったか。
彼らは硬直している俺を他所に自己紹介をしてくれる。
部活か……。これまであまり考えたことはなかったが、折角高校生になったのだからそういうものに属するのも楽しいのかもしれないと思ったけれど、すぐに見知らぬ生徒に囲まれる自分を想像してしまい今のようにただ立ち尽くすだけの有様になるのだろうとその想像をすぐさま溶かした。
「じゃあそろそろ行く? あんまり遅くなってもあれだし」
利部がそう言う。その言葉に皆同意しながらも、三留は利部に「そっちのが寧ろ良くないか」と笑う。
その様子に、この一団は既に目的が決まっていることを察した。俺は歩き出す団体に付いていきながら一番後ろを俺と並んで歩く貴水に「何処に行くんだ?」と訊く。
「ちょっとした物見遊山っていうか、観光名所というか。運動部の間で前から話に出てた場所に行ってみようってことになって。ちょっと山に入るんだけど、柵木くんは虫とかは平気?」
「平気……」
虫には抵抗ない。俺は虫よりも怖いものを知ってるから。
とはいえ、虫がいる場所……山って何処だ?
正直この街の地理はあまりよくわかっていない。駅の向こうの少し山があるのは知っているが、そこだろうか。そう言えば山の方にはちょっと有名な滝があって、その近くにキャンプ場もあるって祐生が言ってたけど、それか? でも今から徒歩で行ける距離だったか。考えるけれど答えなんてでるはずもなく、途中コンビニで飲み物やアイスを買いながら俺たちはダラダラと雑談しながら歩いた。
駅を通り過ぎる頃には、賑やかだった街並みに緑が増え始める。小さな田んぼだか畑だかが増え出して、二十分も歩く頃にはアスファルトで舗装された道路の横には殆ど緑ばかりになった。道は緩やかな登りだったけれど、まだそれほど苦痛は感じなかった。普段身体を動かしている彼らもこの程度は運動にもならないようで、楽し気に話をしている。
「真夏じゃなくて良かったな。夏だったらもう汗だくになってたって。この道って結局何処に繋がってんだろな」
「この先は二つに分かれてて、まっすぐ■■市に入って海に向かう道と県境までいく道になってる。前にロードワークがこの道で、走るとなるとめっちゃキツいんだよ」
三留と雲野が話す。
雲野の口から貝阿彌マンションのある■■市の名前が出て、一瞬ぎょっとした。脳裏に『あの女』の姿が蘇って汗がどっと溢れたけれど、すぐに息を整えるように呼吸をしてそれが自分の作り出した妄想であると自分に言い聞かせる。
『あの女』はもういない。もういない。
数度自分に言い聞かせて、漸く汗は引き始める。
まだ『あの女』は俺を何処か仄暗い場所へ引っ張っていこうとするのだ。もういないはずなのに。
それは俺の中に残り続ける黒いシミそのものだった。
このシミから解放される日は来るのか。
そんな暗い気分になっていると、早島は不意に振り返って「柵木くんって泳げる人?」と訊いてくる。
「えっと、あんま……得意じゃない、かも」
俺がそう言うと三留は「まじ?! 俺も無理!」と同調する。
「でも海って何か行きたくなるんだよなあ。泳げないけど、膝くらいの水ではしゃいで終わるのが楽しいの。あとビーチバレーとか」
三留はそう言うと「柵木もそういう感じだよな」と訊いてくるので思わず頷く。
……海なんて、子供の時に家族で行ったっきり行ってない。海での遊び方なんて覚えてないから、三留の言葉に共感はなかったけれど、思わず頷いてしまった。
けれど三留は嬉しそうに「だよな。よし、このメンバーで海行ったらビーチボール持ってくわ。浜辺でもバレー部の意地、見せてやるからな!」と宣言する。
その声に彼らは笑う。
聞いてなかったけれど海に行くとかそんな話になっていたのか。
そして俺は知らない間にそのメンバーに含まれてた。
……同級生に海に誘われた!
さっきとは別の動悸に襲われた。まさかこんな大人数の人の輪に入れてもらっただけでも偉業を成し遂げた気分なのに、海に、誘われる、日が来るなんて……!
これは夢か。ドッキリなのか。
例えドッキリでも、俺に少しの間夢を見せてくれてありがとうと手を握って感謝するレベルだ、これは。
やばい、この消化しきれない気持ちをどうしたら……。
そんなことを考えていると、突然カバンから振動が伝わる。
スマホが着信を知らせて震えていた。スマホを取り出して画面を覗き込むと、そこには『才明寺』の文字。
時間を見るとまだ下校時間には一時間ほど余裕がある。もう反省文を書き終えたのか。
不思議に思っていると、隣りを歩いてた貴水は俺のスマホを覗き込み「稀? 予想より早かったね」と笑う。
「ねえ、俺が出て良い?」
「え」
「きっと先に帰ったこと言うだろうから俺が謝っとくよ」
そう言って貴水は手を差し出す。
その提案を俺は有り難く思えた。俺が言うより、もしかしたら気心の知れた貴水からの言葉の方が才明寺も納得するかもしれない。そんな気持ちで俺はスマホを貴水に渡した。
貴水は俺のスマホを受け取ると耳に押し当て「稀? 反省文、お疲れ」と茶化すように呟く。その声に才明寺が何かを返すのが微かに聞こえるけれど、何を言っているかまでは聞こえない。
「柵木くんなら今隣りにいるよ。俺が連れ出したんだ。ずっと話してみたかったし」
そう言われて俺はまた照れてしまう。貴水はもしかしたらずっと俺を気にかけてくれていたのかなんて気持ち悪い妄想も出てしまうほど。
貴水は通話向こうの才明寺の声に耳を傾けては時折笑った。
才明寺は不仲のようなことを言っていたが、やっぱり仲が良いのだろう。軽口を叩ける仲というのは、家族以外には知らない。家の外の人間とそういう会話ができるのはとても羨ましいことだ。
というか、貴水の存在そのものが俺にとっては羨望の象徴だ。
誰とでも話せて、スポーツもできて、勉強もできる。俺のような根暗なヤツを人の輪に誘ってくれる気の良い人間がどれだけこの世界に存在するか。
俺も叶うならこんな人間になりたかった。
貴水の見ている世界は、どれだけ輝いているのだろうか。
そんなどうあがいてもわからないことを考えてしまう……。
そうしている間に貴水は才明寺との通話を終えて、俺にスマホを返してきた。
「はい。稀のやつ、めちゃくちゃ怒ってたよ」
「俺がアイツを待ってなかったから?」
俺はスマホを受け取りながら、憤慨する才明寺を想像する。
だけど貴水は言う。
「俺が柵木くんを唆したから」
その言葉の意図がわからず俺は貴水の顔を見つけるしかできなかった。貴水はただ笑うばかり。
これはもしや何かの隠喩、それとも冗談?
俺は曖昧な笑いを浮かべながら「そ、そうなんだ」としか返せなかった。
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