第26話『露森神社』
すぐにやってきた電車に才明寺はさっさと乗り込む。
俺も乗るつもりだった電車だったので、同じように電車に乗る。何となく気になって俺は才明寺を同じ車両に乗ってしまう。けれど、車両の端と端くらい離れているので向こうは俺には気が付いていない。……多分。
車内はロングシートの座席で、才明寺は座席に座ると上半身を大きく右側に捻って、右腕を座席に押し付けるように座りながら背面の窓から外を見ていた。
俺には背中を向けているから才明寺の表情はわからない。
今、才明寺はどんな顔で外を眺めているのか。
でもよくよく考えてみたら、俺は『才明寺稀の知らない部分』が沢山あることに気が付く。そりゃあそうだ。出会って一ヶ月ほどしか経ってない女子のことを知り尽くしているなんて気持ち悪いだろう。
アイツ自身、言わないこともある。
例えば、母親が勧めていた家業のこと。
それから……やっぱり『幽霊を信じていない』と言ったこと。
結局これについて理由は言わなかった。
あの時も、何だか才明寺は怒っていたような気がしたのを思い出した。
少しくらい話しくてくれれば良いじゃないか。そう思った瞬間、頭にブーメランが突き刺さるイメージが俺を殴りつける。
安易にそんなことを思ってしまったが、俺だって才明寺には何も言ってない。
『常人に見えないもの』を見えることとか。でもこれは両親にも祐生にも話していないこと。
幼かった俺が『常人に見えないもの』を見てビビったりするのを見て、周囲があることないこと噂していたが、家族は歯牙にもかけなかった。
俺を気味悪がったり、ビクつく俺を叱ったりしなかった。俺が非行に走ったりしなかったのはきっと家族の存在が大きいからだと思う。
でも周囲は好き勝手言っていたし、白い目で俺を見た。俺が弁明したりしないから余計に話だけが広がっていく。
でも弁明したところで、俺が好奇な目で見られることは変わらなかったと思うし、何より俺の中ではいつも祖母ちゃんの言葉が刺さっていた。
『人ってね、自分が見えないものは信じられないの』
その言葉の重さを俺は知っている。だから、きっと俺が何を言っても、状況を変えられるなんて思わなかった。沈黙、それこそが唯一無二の処世術なのだから。
だからきっと、俺は、家族にも言わない。まして、才明寺に話すことなんて絶対にしない。
そんなことを考えていると、電車のアナウンスは俺が降りる予定だった駅の名前の告げる。降りる準備をしなくては。
……才明寺は外を向いたまま動かない。きっとアイツはまだ遠くへ行くんだろう。
週明けには、才明寺の機嫌が直っていると良いが。
そんなことを思いながら、俺は座席から腰を浮かせる。
電車を降りたら今日才明寺を見かけたことは忘れて終わりだ。
……そう思った。
はずなのに。
俺は車内から閉まる扉を見て頭を抱える。
好奇心だったのか。それとも、彼女への心配だったのか。踏み止まった理由は俺の中では曖昧だった。いや、もしかしたら『心配』なんて美しいものは存在しないかもしれない。
俺はまだ窓の外を見つめる才明寺を見ながら、少し自分が嫌になった。
***
結局才明寺が降りたのは、俺が下車を見送って四駅後のことだった。
駅の名前を見ても、土地勘がない俺にはこの周辺に何があるかはわからない。
才明寺は電車を降りると、迷いなく複数ある出口で東改札から出て行くと足早に歩いていく。俺も少し距離を保ちながらそれを追う。
才明寺は駅を出ると迷いのない速度で歩き出す。
駅の周辺は今住んでいる場所よりも人の多さを感じる。その証拠かわからないが、駅も大きかった。
でも商業施設があるような感じはない。
どちらかというと、オフィス街が近くにあるのだろう。才明寺の後を追いかけながら歩いていると、背の高い建物が増えてきたから。
才明寺と、オフィス街。ぶっちゃけ、点と点が繋がらない。
アイツ、こんなところで何をするつもりなのか。
そう思いながら十五分ほど彼女の後をついて歩くと、彼女は不意に足を止めて何かを見上げると、躊躇うように肩を落としたが諦めたように溜息をつくと、その何かの方へと進んでいった。
目的地に着いたのか。
もしかしたらすぐに才明寺が出てきて鉢合わせになると困るので、三分ほど足を止めてから才明寺が足を止めた場所まで行く。
アイツは一体何を見上げていたのか。
不思議だったが、才明寺が足を止めた場所まで行くと、『それ』が何だったかがすぐにわかった。
それは鳥居だった。
そして、才明寺が入っていったのは神社だった。
更に言えば、俺はこの神社を知っていた。
此処は、昔、祐生に最初の黒いシミができたとき、祖母ちゃんが連れてきてくれた神社だった。
こんなところにあったのか。
前の時は、車で来たこともあり、俺自身正確な場所はわかっていなかった。
周囲には雑居ビルがあり、まだ午前中ということもあるせいか、境内には雑居ビルから影が落ちている。
暗いという印象を受けるけれど、それが嫌な感じには繋がらない。
まさかもう一度此処に来れる日が来るとは。妙な感動に打ち震えながらも、俺は鳥居の隣りに石柱には『露森神社』と書かれていた。
露森神社。
そんな名前だったのか。
祖母ちゃんは厄払いで有名な神社と言ってたような気がするが。
でも、そんな場所に何故才明寺が。アイツに厄払いって必要か? 寧ろアイツに厄なんて付かない気がするけど。
不思議に思いつつも、かつて祐生が救われた場所にお礼参りではないが、それに近い気持ちで参るのもいいかもしれないと俺は鳥居を潜った。
境内は雑居ビルから落ちる影に沈んでいるが、初夏の眩しさが目に痛い日差しから逃げられるのは有難い。
今日は平日だし、参拝者はいないかもしれないと思っていたが、本殿の前には家族連れがいた。
父と母と娘、だろうか、わからんけど。
両親は、俺の母さんよりも一回り以上歳が上そうに見えて、娘も二十は過ぎているように見えたが、俺は娘を見て思わずぎょっとする。
初夏ということもあり、半袖のワンピースを着ていたその娘の四肢や顔には何か青い蔦のような巻いていた。
一瞬それをタトゥーかと思ってしまった。
だけど娘が腕に絡まる蔦を掻き毟るような仕草をしているのをみて、そうじゃない、と察する。
きっと『障られた』のだ、と。
身体全身に回ってる。その痛みはどれだけ辛いものか。
四月に『あの女』に少し障られただけでも俺は辛かったのに、彼女は一体どれだけのあの蔦と過ごしたのか。
恐らくお祓いを受けに来たのだろう。
この神社ならきっと。
「……」
そう考えたとき、ふと、俺は考えた。
あれ、十年前、どうやって祐生の『呪い』が消えたのだったか。
十年も経つと、どうにもあの時の記憶が曖昧になっている。この神社にきて、お祓いを受けたのは覚えている。
覚えているのだが……そのあと、確か、女の子が……あれ。
どうなったんだったか。
気が付けば祐生を覆っていた黒いシミが消えていたけれど、その理由が思い出せない。
俺は十年前この場所で起こった事を思い出そうと頭を捻っていると、本殿のそばにいた親子を宮司らしき人が呼びに来るのが目に入る。
その顔に覚えがある。
十年前、俺たちに声をかけてくれた『神社の人』だ。
流石に十年も経つと、あの時よりも老け込んでしまっている。
とはいえ、今もきっと困っている人を助けているのだろう。
そういえば、あの人、祐生の黒いシミが見えていたな。あの人は俺と同じものが見えているのだろうか。
俺は宮司に妙な共感を覚えていたが、ふと、彼の後ろに白い着物に赤い袴、所謂巫女服の女性がいることに気が付く。
十年前はいなかったなあ。この神社、巫女さんもいるんだな。
そんなことを思っていたのも束の間、その巫女の顔を見て俺は慌てて近くの石灯篭の影に隠れた。
……何だか、見てはいけないものを見た気がした。
俺は恐る恐る石灯篭から顔を出して、本殿の方を見る。
やはり見間違いではなかった。
その巫女は、才明寺稀だった。
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