第21話『昔からの知り合い』
「貴水とは小学校からの付き合いなのよ」
古典の小テストの直しをしていると、才明寺が唐突に話し出す。
誰も聞いてねえよ。良いから手を動かせ。
俺は、そろそろ集中力が切れて雑談を始める才明寺に冷ややかな視線を向けたが、すぐに今解説している問の似たような文章を教科書から探す作業に戻る。
この数週間で悟ったが、この女の雑談は始まると止めるのが困難だ。……女子はおしゃべりが大好きだという話を以前何処かで聞いて、そんなの人に拠るだろうと思っていたが、才明寺にはどうやら当てはまるらしい。
もう勝手に喋らせておくのは一番面倒が無くて良いことも悟ったから、俺は何も言わず教科書のページを捲る。
すると案の定、俺の相槌の有無なんて関係なく才明寺は勝手に話し続ける。
「小学校の時はもっと大人しいヤツだったんだけどね。うーん、大人しいっていうか、気弱? 身体の大きな子の後ろに隠れてそうな子だった。それが今じゃあクラスの人気者だよ? 信じられる?」
そう語気を強めて同意を求めてくる才明寺。
どうでも良いんだが? そんな話。頼む、まだこの後英語が控えてんだ真面目にやってくれホント頼むから。
口には出さないで心の中でそんなことを思いながらも、俺は漸く目的の文章を見つけて付箋をページの端に貼り付ける。
さて、どうやって才明寺の集中力をこっちに戻すか。それが一番難しい。
俺は教科書から顔を上げるとちらりと才明寺を見る。
才明寺は机に肩肘を立てて頬杖をついている。
「中学に上がった頃から何か……何て言ったら良いかわかんないけど、よそよそしいというか、トゲトゲしいというか様子が変わってきてさ。何でかな。……私が昔の、弱っちかったアイツを知ってるのが気に食わないのかしら。俺の過去を知るものは許さない、的な?」
才明寺は腹立たしい様子で呟く。
それを聞いて、俺はさっきの貴水の言動を思い返して首を捻る。
「それは流石に思い過ごしだろ」
「えー」
やっと返事をした俺の答えに才明寺は不満気な声をあげるが、俺はそれを聞き流す。
そういう人間には見えなかった。
貴水はクラスカーストの上位だし、そこまで登れる人間なら思考の巡りが繊細なはずだ。
視線、認識、言葉、行動。そういう動きに敏感なのだろう。
そういうものを物ともしない天性のカリスマを生まれ持っているなら別だが、小学生の頃と比べて努力して『今の自分』を手に入れたのだろう。
そんな人間がわざわざ
きっとそこには別の意図が存在するはず。
それがきっと貴水の見ている『現実』なのだろう。
……俺にはどうでも良い事だが。
クラスカーストの上位が何を思い悩もうと預かり知らぬことなのだから。
そんなことを思いながら、俺は頬杖をついて難しい顔をしている才明寺へ再び冷ややかな視線を突き刺し、机につかれた肘を思い切り払う。
急に肘の位置が変わってバランスを崩した才明寺はそのままがくりと体勢を傾けて「ぎゃっ」と鈍い悲鳴を上げながら俺の机に顔から突っ伏す。
幸い立てていた腕と別の腕の上に落ちたから平気だろう。
「才明寺の考えすぎだろ。貴水だって、小学校からの知り合いに軽口叩きたいときだってあるだろ」
俺は才明寺から避難が飛んでくる前にそう呟くと、才明寺は肘を払われたことよりも俺の言葉への返事が優先順位的に勝ったようで「そーかなー」と難しい顔で首を傾げる。
「聞いてみたら良いだろ、案外そういう感じかもしれない」
「うーん、わたし的にはあんまり納得がいかないかも」
才明寺はそうぼやく。
が、不意に顔をあげて俺を見てくると「柵木は?」と訊いてくる。
俺が何だ、もっと明確に言葉にしてくれ。
その願いが通じたのか、才明寺はまた口を開く。
「柵木は誰かいないの? そう言う小学校からの知り合い」
その言葉に俺は息を呑む。
まだこっちにいた頃、同じマンションに住む子供等と前の公園で遊びまわっていた。でもあの黒い女の一件で彼らとは疎遠になった。今、どうしているのか知らない。
だけどきっと噂していたはずだ。
『秀生は幽霊が見えるなんて言ってた』って。
好きで見えるわけじゃあねえよ。
そんな言葉を思わず飲み込む。
「……俺、この間こっちに越してきたばっかだって言っただろ。いねえよ、こっちには」
そう言いながら俺はじっと見てくる才明寺の視線から逃げるように視線を教科書へと逃がした。
才明寺は「あっ、そうだったね」と何処か気の抜けた返事をするが、俺は才明寺の顔が見れず俯くしかできなかった。
***
「……俺、この間こっちに越してきたばっかだって言っただろ。いねえよ、こっちには」
そう呟いた秀生の声が何処か変だったことに稀は気が付いてしまった。
貴水は秀生が昔この辺りに住んでいたことを言っていたが、何故か秀生自身はそれを話題に出さない。
それが不思議だった。
十分面白い話題なはずなのに。だから何となく訊いてみたのだ。
「柵木は誰かいないの? そう言う小学校からの知り合い」と。
だけど秀生はそれを拒んだ。
誤魔化したのだ。
稀は教科書を見ていた秀生を見ながら、内心、嘘つき、と思うけれどきっと彼が隠しているのはそれだけではないことも何となくわかっていてむず痒い気持ちになった。
結局この日の小テストの直しは全くと言っていいほど、集中力が続かなかった。
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