第9話『お節介』
進学校ということもあり、やたら小テストが多いというのが、授業が始まって思ったことだ。
今日も英語・数学・現代文の三教科で小テストがあった。テストと言っても何も難しいことはない。英語の小テストと言っても英単語テストだし、数学も中学の復習問題の簡単な数式だし、現在文も読めばわかる。
……これくらいなら普通に満点取れるだろ。
とはいえ、授業の復習と理解の有無を確認できるからテストは良い。
小テストです、と担当の先生たちが宣言する度、クラスの連中は皆一様に嫌な顔をするが、別にいいじゃん、中間試験と期末試験とか成績にダイレクトに響くようなテストじゃないんだから。気軽にやれば良いんだ。
だけどそうじゃないヤツもいるということを俺は知ることになる。
***
「そういえば学年主任に聞いたんだけど、柵木くんは新入生代表の挨拶断ったって本当ですか?」
それは大森先生が俺に向けて放った言葉だった。
この日の授業も終わり、俺はこれまでと変わらず社交性の欠片も身に付けることが出来ず根暗野郎のまま折角の高校生活を送っていた。
ホームルームも終わり、部活に所属しようという気も欠片だって湧き上がらないから後はもう帰るだけという日々。何かすべきなのかという焦燥感ばかりが俺を突いてくるが、俺はそれらを『常人に見えないもの』と同じように無視するばかり。でもそれじゃあ今までと何も変わらないと自覚もあるから本当に嫌になった。
そんな俺がクラスに馴染めているか。……馴染めている訳ねえだろ。
高校生活が始まって一週間も経てば、クラス内のコミュニティーが形成され出す。
一番大きなコミュニティーはやはり貴水の周囲だ。
身体能力測定で貴水は『出来るヤツ』ということを周囲知らしめた。
運動が出来て、社交的。何と羨ましいことか。
よく言われる『クラスの中心』とは彼のような人間を指すのだ。わいわいと彼の周囲が賑わうのを見ながら、俺は誰かと結びつくことも出来ず一人椅子を温めるしかできない。
そんな根暗でぼっちな俺は帰る準備をしてまだ人が残る教室を出ていこうとしていたとき、声をかけてきたのが大森先生だった。
大森先生は「申し訳無いんだけど、提出物運ぶの手伝って貰えませんか?」と言ってくる。
今日は新入生が学校に提出する書類の締切日で、殆どの生徒が今日提出した。書類は数枚綴りになっており一クラス分だけでもかなりの量になっている。
確かに手伝いが欲しい気持ちはわかる。
でも、だからって何故、俺。
大森先生に声をかけられ硬直する俺。
そんな俺を不思議そうに見る大森先生。
早く返事をしないと、と焦る俺は馬鹿正直に頷くしかできなかった。
大森先生は俺が快諾したと思い「あぁ、ありがとうございます。でもこっちの方をお願いします」とにっこり笑い二つに分けた書類束の片方を持って教室を出た。
残された俺は仕方なく書類束を持つと、先に歩き出した大森先生を追いかけて職員室に向かった。
廊下に出ると大森先生は俺を待ってくれていて俺が隣りに追いつくとゆっくりと歩き出す。
「柵木くんは遠方から越してきたそうですが、こちらでの生活に慣れましたか?」
「何とか……」
……もっと何か言うべきだろうか。
きっと大森先生もこの一週間で俺がクラスでも何処のコミュニティーにも属さず浮いていることに気がついているのかもしれない。
もしかしたら今の会話も気を使って振ってくれた話題かもしれない。にも関わらず俺は素っ気ないとしか思えない言葉を呟いて会話を終えてしまった。
何かもっと……駄目だ何も思いつかない。
俺がこの無言の空間に困惑していると不意に大森先生が唐突に言葉を放つ。
「そういえば学年主任に聞いたんだけど、柵木くんは新入生代表の挨拶断ったって本当ですか?」
その言葉に俺は正直何と答えるべきかまたも戸惑う。
数秒大森先生の言葉を反芻するように頭の中で回して漸く出たのが「はあ」という何ともはっきりしない言葉だった。
馬鹿か、もっと言い方あるだろが。
俺は自分自身が情けない気持ちに襲われるが、大森先生は全く気にしていな様子で「本当に断ったんですか、勿体無い」と朗らかに笑う。
「勿体無いですか?」
「勿体無いです。新入生代表の挨拶なんて、やりたい、と思ってもできるわけじゃあありませんし、高校の新入生なんて一生に一回だけですよ普通だと」
「そう言われればそうですね」
「なのに断ってしまったんですか?」
「人の前に立つのが苦手なんです」
「あがり症というものですか?」
「そうかもしれません。でもそれ以上に……面倒くさいな、と思ってしまって」
新入生代表挨拶は入試の点数が一番高い生徒に任せることになっているらしい。
連絡が来たとき、内心、うわくっそ面倒くせえ、と思ったのが正直な気持ちだった。誰が好き好んで大勢の視線を集めるような苦行をやるものか。
確かに大森戦先生の言葉通り、貴重な体験だったのかもしれないが、それ以上に断ることで得られる心の平穏の方が魅力的だった。
そういうことはやりたいヤツがやればいい。
でも断った理由が面倒だからなんて、流石の大森先生は呆れてしまったか。
そう心配するが、大森先生は声に出して笑っていた。
「そうですか、面倒でしたか、それはそれは」
「すみません」
「いえ、やりたくないことを断ることは社会に出てから必要なスキルになってくるでしょう。断れないこともこれから沢山出てくるでしょうが、嫌なことは嫌ということも必要です」
「はあ……」
「でももし柵木くんが高校生活を過ごす内に、やっぱりやっておけば良かったなと思うことがあるかもしれません。だけどさっきも言った通り、新入生挨拶はどう足掻いてもできません」
「まあ、そうですね」
「でも卒業生挨拶はまだ十分チャンスがありますからね」
「……」
「卒業生答辞は三年の学年末試験の成績一位の方にお願いするんです」
「そういうのって生徒会長を務めた人がするんじゃないんですね」
「此処は違うみたいです。……そもそも入学一週間目の新入生にもう卒業式の話なんておかしいですね。でも覚えててください。もし答辞を読み上げたくなるかもしれないでしょう、まだ三年程時間があるんですから」
楽しそうに笑う大森先生。
俺はそんな日が来るはずがないと思いながら「覚えておきます」と取り敢えずの返事をする。
そんな話をしていると職員室までやってくる。
俺は、先に職員室に入る大森先生の後について職員室に入って大森先生の机まで行き書類束を置く。
「大変助かりました、ありがとうございます柵木くん」
「いえ」
「ところでお節介なことを言っても良いですか?」
書類を置いて身軽になった俺に大森先生は唐突に呟く。
お節介、何だ、その根暗な性格どうにかした方が良い、とか。うん、それは確かにお節介だ。
何を言われるのかと内心震え上がっていると、大森先生は穏やかに笑う。
「今の教室の皆さんは来年の春までほぼ毎日顔を合わす人たちです。その人たちの中で、誰か一人二人、些細なことを話せる人がいるとこの一週間目よりも違った高校生活が送れますよきっと」
「……俺、そんなにも浮いてますか」
「幽霊みたいです。時々自分の存在を消そうとしているようにも見えます」
「……」
俺が、幽霊、か。
その言葉に一瞬吹き出しそうになって慌てて唇を噛んで堪える。その顔が気を悪くしたように大森先生には見えたのか「すみません、出過ぎたことを言いました」と謝るので俺は軽く首を横に振る。
「……人の輪に入っていくって難しくって」
俺は呟く。
その言葉に大森先生は少し目を見開く。
「輪に入らなくて良いじゃないですか、いきなり複数に囲まれると怖くないですか? まずは一対一からで」
確かに。輪に囲まるのは無理だ。言ってからその状況を想像して軽く震え上がった。
「まずは柵木くんもお節介をお見舞いすれば良いですよ」
「何ですかそれ」
「例えば柵木くんの得意分野でのお節介です」
得意分野。
俺の得意分野って何。
言われた俺が首を傾げる。
大森先生はそんな俺に構わず続ける。
「今、教室には柵木くんがお節介をかけられる人がいます。もしこの後何も用事がないなら助けてあげてください」
大森先生はそう言うと何かを握りこんだ手を俺に差し出す。俺はその手の下に手の平を出すと、大森先生は俺の手に飴を二つ乗せる。
教師が生徒に飴を渡すのは良いのか、しかも職員室で。
俺は手の平の飴をみて考えるが、大森先生は「それじゃあ」と言って自分の席に戻り仕事を始めるので俺はとぼとぼと職員室を出た。
さて。
何だ、俺の得意分野でのお節介って。
俺の手の中の飴を感触を指の腹で確かめながらゆっくりとした足取りで教室に戻る。
教室に戻ると、既に他の生徒はいなくなっていた。
いや、たった一人まだいた。
それは才明寺だった。
その姿に俺は今一度、俺の得意分野でのお節介とは何だと、必死で考えた。
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