4-3
「いいよ」
突然のお誘いに、ゆかりはなにも訊かず二つ返事で了承する。あまりにもあっさりとしたゆかりの返事に、肩透かしを喰らったような気分になった私は、
「え、あっ、いいんだ」
なんて、間抜けな声を漏らしてしまった。
どこ行くの?くらい訊かれると思ってた。
「なにそれ。菫が誘ってきたのに」
微笑んだゆかりは、私に左手を差し伸べる。
「連れってって、菫」
ふわりと吹き抜けた風に、ゆかりの着ていた黒いロングコートの裾と首に巻かれたマフラーが靡く。パーティーの余韻が残っているからか、それともクリスマスに浮かれているからなのかは解らないが、いつもと違うゆかりが、そこにいた。
「うん」
頷いた私の右手は、王子様の手を取るお姫様のように、自然とゆかりの手の上にそっと添えられた。
彩雅のマンションから離れ、私たちは人通りの多い駅前へ歩いていく。華やかに彩られた通りの先には、この前見た大きなクリスマスツリーが爛々と輝いており、その周りは二人だけの空間に浸っているカップルや、楽しそうにはしゃぐ子供を連れた家族などで溢れかえっていた。
私はそこで足を止めず、改札を通って、ホームへと進んでいく。そして、ホームで待つこと五分。駅に到着した下りの電車に乗車し、座席へ腰を下ろす。車両には私たち以外に誰も乗っておらず、ガタゴトとレールの上を電車が走る音だけが流れていた。
私が目指している場所が解ったのか、無言だったゆかりは、誰に言うわけでもなく呟く。
「こういうの、久しぶり」
夜空の暗幕が掛かった向かいの窓には、私とゆかりの姿が反射して写っていた。つい、一年前まではいつもの風景だった。あの頃は、今みたいに手を繋いでなかったけど。
徐々に速度を落とした電車は、私たちの身体を大きく揺らして停車する。駅名のアナウンスと共に開いた扉から、見慣れたホームへと降車した。
改札を抜けると、先程まで居た駅前とは違い、オシャレなイルミネーションやツリーもなく、人気もなかった。その代わり、余計な光がない分、冬の澄んだ空気も相まって満点の星々が夜空を覆っていた。しかし、それでも、わざわざクリスマスの日に来るような場所ではない。
もちろん、そんなことは理解していたが、それでもこの場所に来たのには訳があった。ゆかりを連れて、私が向かっている目的地は、誰かが飾ったイルミネーションよりも、どんなに綺麗な夜景よりも、ずっと私の想いが伝わる場所だから。
人口的な灯りが一つもない道を歩き、長い坂道を登った先に見えてきたのは、私たちが通っていた中学校の校舎だった。その校門の前で足を止めた私は、
「ねぇ、ゆかり。私たちが知り合ったきっかけって覚えてる?」
校舎を見上げながら、ゆかりに問い掛ける。
「覚えてるよ。文化祭で、私が菫を眠り姫の役に指名したときだったよね」
「そうそう。アレ、ほんとにビックリした。なんで、私がお姫様なんかやらなくちゃいけないのって」
「あははっ。ごめんごめん」
ゆかりは、笑いながら謝る。
当時の私にとっては、笑いごとじゃないんだけどね。
私は、話し続ける。
「ゆかりが、あのクラスメイトの中から私を選んでくれたから、私たち、友達になれた」
私はゆかりの手を握りなおし、ゆかりのほうへ顔を向ける。
「でもね、もう、ゆかりと友達のままじゃいられない」
白い月明かりがスポットライトのように、私たちを照らす。
「私、ゆかりのことが好き。友達としてじゃなくて、恋をした人として、ゆかりのことが好きなの。二年前から、ずっと」
ついに、伝えてしまった。
秘めていた気持ちを。
「いきなり、こんなことを言われても困ると思うし、ゆかりに好きな人がいるっていうことは、この間、偶然聞いちゃったから知ってる」
ゆかりは、沈黙している。
「でも、もうこの気持ちを隠したくなかった。ゆかりが誰かに取られちゃうのが怖くて、私の気持ちをっ…知って、ほしくて」
泣くことなんてないのに、なんでだろう。勝手に涙が溢れてきちゃうな。
「ゆかり、ごめんね。私、初めての友達なのに、ゆかりのこと好きになっちゃって、恋人になりたいってっ、思ったの」
泣き虫だよなぁ、私。
いつも、泣いてばっかりだ。
「よかった」
そう言って、ゆかりは繋いだ手を引っ張り、私を胸の中へ抱き寄せた。
「ねぇ、菫。私の好きな人って、誰だか知ってる?」
…え?
ゆかりの好き人?どういうこと?というか、なんで抱きしめられてるの?
なにが起こったのか解らない私は、あわあわと口を動かすことしかできなかった。
ゆかりは、私の答えを待たずに喋り続ける。
「私の好きな人はね、普段はクールなんだけど、実は、すっごい優しい人で、バカな私にいつも勉強を教えてくれて、バレンタインやクリスマスにはプレゼントをくれるの。でも、一番嬉しかったのは、独りぼっちだった私に友達になろうって言ってくれたこと」
ゆかりは、自分の胸に埋もれてる私の顔を覗き込んで、こう言った。
「私も菫のことが好き。友達としてじゃなく、恋をした人として」
アメジストのようなゆかりの瞳は、私をまっすぐと見つめる。その瞳は、夜空に瞬く星々よりも輝いている気がした。
+
ゆかりと手を繋いだまま、駅まで戻ってきた私は、ふわふわとした気持ちで帰りの電車を待っていた。
「ねぇ。ゆかり」
「なに?」
「私たち、恋人同士になったんだよね?」
「その質問、もう十回目だよ」
「でも、現実感なくて」
私を強引に振り向かせたゆかりは、
「その気持ちも解るけど、そんなに何回も訊かれると傷つくんだけど」
フグのように頬を膨らませていた。
見たことのないゆかりの表情に、思わず可愛いと思ってしまうのは、怒っているゆかりに失礼だろうか。
「せっかくクリスマスに告白してくれたんだから、最後までロマンチックなのが良いんだけど」
と、ゆかりに言われて思い出す。
「あっ、そうだ。プレゼント」
「プレゼント?」
「ほら、みんなでお茶してたときに、理想のクリスマスの話になって。その時、ゆかりが告白してきてくれた人とお揃いのモノをプレゼントされたいって」
「んー…。たしかに、そんなこと言ってたかも」
どうやら、当の本人は覚えていなかったようだ。言わなきゃよかった。…はぁ。ここで誤魔化しても仕方ない。素直に白状しよう。
「ごめん。なにも用意できなかった」
しゅんと謝る私に、ゆかりは優しく語りかける。
「べつに気にしてないよ。まさか、本当にクリスマスに菫から告白されるなんて思ってなかったし。それに、菫からマフラー貰ったし、私は充分嬉しいよ」
そう言ってくれるのは嬉しいけど、私のプレゼントがゆかりに届いたのは偶々だ。それに、私もゆかりとお揃いのモノが欲しい。でも、今日中にお揃いのモノなんて…。
何かないかと考えているうちに、電車が到着するアナウンスが流れ、私たちの目の前に止まった。扉が開き、ゆかりは乗り込もうとするも、手を繋いでいる私は、黙ったまま一向に動こうとしない。
そうこうしている間に扉は閉まり、電車は私たちを置いて走り去ってしまった。
ゆかりは、なにも言わない私を心配そうに見る。
「菫?」
ゆかりの呼ばれ、ついに口を開いた私は、
「ゆかりって誰かとキスしたことある?」
唐突に訳の分からない質問を、ゆかりに投げかけた。
「えっ?いや、したことないけど」
「よかった。私もしたことないんだ」
精一杯の背伸びをした私は、ゆかりに唇に啄むようなキスをして、すぐに顔を離した。
いきなりのことに目を見開いて驚いているゆかりに、目を泳がせた私は、
「こ、これでお揃い…かな?」
情けない声で、そう言った。
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