4-1
クリスマス当日。
私を含めたゆかりと典子ちゃんの三人で、本日のパーティー会場である彩雅の自宅へと向う。
「おおぉ…」
「すっごーい…」
目的地へ着くや否や、見上げる首が九十度曲がるほどの超高層マンションに私とゆかりは絶句する。
「ここに人が住んでるって、ホント信じられないんだけど」
「ねっ。わたしも何回か来たことあるけど、まだ慣れないよ」
典子ちゃんがドヤ顔でこのマンションに入っていく姿は見たくないから、ぜひ、そのままでいて欲しい。
エントランスに入ると、隅に設置されているテンキーを典子ちゃんが操作し、彩雅へ連絡を取る。直後に、エレベーターへと続く自動ドアのロックが解除された。
エレベーターに乗り込んだ私たちは、キーボードくらい種類がある階数ボタンの中から30と記されたボタンを押す。静かに扉が閉まってから九回目の瞬きで三十階へ到達し、ホテルのように絨毯の敷かれた廊下を歩いて、やっと、彩雅宅の玄関前に辿り着いた。
出入りするのにこれだけの手間が掛かるなら、自分ん家のほうが楽で良いとか思ったり、思わなかったり。
チャイムを鳴らすと、うなじや肩を晒したオフショル白ニット姿の彩雅が出迎えてくれた。豪勢な住宅だけではなく、服装まで海外セレブっぽいと、そういうボケなのかと勘繰ってしまう。
「いらっしゃい。どうぞ、あがって」
通された部屋は、予想通り広々としており、右手側の奥にあるキッチンからダイニング、リビングの順で見渡せるようになっている。
まるで、ドラマのセットのような部屋だが、リビングには、壁に掛けられた六十インチほどの薄型テレビの前にコタツが置かれているなど親近感を覚えるような部分もあった。というか、今のところ和を感じられる要素がコタツしかない。それでいいのか、茶道の名家。
「それじゃ、みんなで準備しましょう」
家主である彩雅が指揮を取り、私とゆかりは鍋の下準備をする係になり、彩雅と典子ちゃんは手作りケーキを完成させる係に任命された。といっても、同じキッチンでやるので、実質、みんなで作っているようなものだ。
材料は、全て彩雅が用意してくれるというので頼らせてもらった。なにから何まで任せっきりで頭が上がらない。
各々、作業を開始してすぐに、
「菫って、料理とかするの?」
と、隣で長ネギを切っているゆかりが定番の話題を振ってきた。
「するよ。得意料理はカップラーメン」
「それ、私も得意」
私の下らない冗談に、ゆかりはけらけらと笑う。
「そんな笑ってるゆかりは料理できるの?私と同じ学食組じゃん」
「ふっふっふっ。親が仕事で居ない時には自分で作ったりしてるから、それなりには出来るんだな〜」
なっ。そんな話、一度も聞いたことないんだけど。ええい。何処かに料理できない仲間はいないのか。
「彩雅と典子ちゃんは?」
「わたしはできるよ。ウチの両親も共働きだから、家族みんなの分を作ることも多いかな」
「私も典子に教えてもらったから、お弁当を作れるくらいには出来るわよ。アテが外れたわね」
こんなところでも女子力ヒエラルキーを感じるとは。せめて彩雅は、仲間だと思ってたのに。
「でも、菫はお菓子作れるじゃん」
肩身の狭くなった私に、ゆかりのフォローが入る。
「毎年、バレンタインに手作りのハート型チョコくれるでしょ。あれ、すっごい可愛くて、いつもギリギリまで食べられないんだよね」
私は、斜め後ろのほうで作業している彩雅がニヤついている気配を察したし、確信もした。
「へぇ。料理はしないのに手作りチョコは作るなんて。随分、気合の入った友チョコね。来年のバレンタイン、期待してるわね」
「あははっ。考えとくねー」
誰が渡すか。
案の定揶揄ってきた彩雅を受け流しながら、私は慣れない手つきで鍋に入れる具材を切り分ける。私の拙い包丁さばきに対し、ゆかりはリズミカルにまな板を鳴らし、次々と具材を綺麗に捌いていく。
「ねぇ、ゆかり」
「ん?なに?」
彩雅たちに聴かれないくらいのボリュームで囁いた私に、ゆかりは顔を動かさずに返事する。
「今度さ、ゆかりの手料理食べさせてよ」
「いいよー。何食べたい?」
「うーん。ゆかりの得意料理、とか」
「私の得意料理、カレーなんだけど。それでいい?」
「うん。それがいい」
「オッケー。覚えとく」
へへっ。やった。
「よしっ。準備完了」
ゆかりのおかげで、あっという間に具材の準備が終わり、それらをダイニングのテーブルの上に設置したガスコンロで温めてある鍋へ投下し、充分に煮えるまで蓋を閉める。
キッチンへ戻ると、あとは、デコレーションをすれば完成というところまで、彩雅たちの作業は進んでいた。彩雅は私の仕事は終わったと言わんばかりの満足げな表情で、典子ちゃんの背後から腕を組んで見守っている。
「彩雅、サボりじゃん」
「人聞きの悪いこと言わないで。私は、典子の邪魔をしないようにしているだけよ」
「どゆこと?」
「まぁ、見てなさい」
典子ちゃんは生クリームが詰められた袋を器用に絞り、真っ白なすっぴん状態だった土台に、次々と化粧を施していく。そこに、あらかじめ刻んでおいたイチゴを可愛く盛り付け、瞬く間に、見事なショートケーキが生み出された。
ゆかりは歓喜の声をあげる。
「典子ちゃん、すごいっ!パティシエさんみたい!」
確かに外見だけではお店で売られているモノと見分けがつかないくらい、綺麗に仕上げられている。そのクオリティの高さに、私も感嘆のため息を漏らす。
「典子は料理だけじゃなくて、お菓子作りも得意なのよ、。バレンタインに美味しい思いをしていたのは、アナタだけじゃないってこと」
彩雅は、自慢げにフフンと鼻を鳴らす。
いや、知らないよ。そんなこと。
ゆかりにベタ褒めされた典子ちゃんは、照れくさそうにしながら、
「そ、そんなことないよぉ」
なんて、両手を小さく振って謙遜する。
彩雅は、典子ちゃんの謙虚さを少しは見習ったほうがいいんじゃないか。
せっかく可愛く飾りつけたケーキだが、食後のお楽しみのため、一旦、冷蔵庫の中に入れておく。
「典子とゆかりは、先に席に着いてなさい。私と菫でお皿を持っていくわ」
家主の号令で、ゆかりと典子ちゃんはダイニングへ向かい、キッチンには、なぜか指名された私と彩雅の二人が残った。
彩雅は、戸棚の中から皿を取り出しながら、
「まだ、なにもしてないの?もう、クリスマスよ」
こちらに視線すらよこさず訊いてくる。
また、その話かと呆れる私はため息を吐く。
ほんっとに彩雅は、他人の恋に首を突っ込むのが好きだな。私のお母さんか。だけど、丁度いい。私も、彩雅に伝えたいことがあったからね。
「もう心配しなくていいよ。彩雅」
そろそろ、この問答にも飽きてきた頃だし。
私は、ダイニングで典子ちゃんと楽しそうに会話しているゆかりの顔を見つめる。
「そう。じゃあ、ついにするのね」
私の視界を遮るように、横から割って入ってきた彩雅は、ニヤリと口角を上げて微笑んでいる。
私は、こくりと頷いて呟く。
「今日、ゆかりに告白する」
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