2-3


 ゆかりの言葉に反応した典子ちゃんは、少女漫画のキャラクターのように目を輝かせた。


 「わかるっ!わたしも恋人とクリスマスデートとかしてみたいっ!」

 「だよね!してみたいよね!」


 理想を共有し合える仲間を見つけたゆかりのテンションは一気に上昇し、正面に座っている典子ちゃんとちっちゃくハイタッチをする。ゆかりと典子ちゃんの乙女的思考回路は似ているらしく、この手の話になると、よく二人で盛り上がることが多い。


 「ちょっと大人びたお店とかに連れていってもらったり、寒いねっていいながらポケットの中で手を繋いだり!あと、やっぱり綺麗なイルミネーションを一緒に見に行ったりしたい!」

 「私は、お家デートとかもやってみたいな。二人で料理したりとか、くっつきながらゆっくり映画とか見て、そのまま眠っちゃったりして」

 「あー!そういうのもいいね!」


 あーあ。

 こうなるとしばらく終わらないんだよね。気が済むまで、存分に乙女トークをしてもらおう。


 彩雅のほうをチラリと見ると、まるで我が子が楽しそうお喋りしている様子を見守るお母さんのような表情で二人が会話している姿を眺めていた。


 こういう会話に混ざれない私も、なかなかに女子力というものが欠如してるんだろうけど、彩雅も大概だった。本当にそのスタンスでいいの?って聞きたくなったけど、止めておく。だって、どうせ澄ました顔でいいのよと一言で片付けられそうだから。聞くだけ無駄だ。


 …それにしても、良いことを聞いた。ゆかりはそういうシチュエーションが好みなのか。でも、クリスマスかぁ。私から告白するって決めたけど、それは早すぎるよ。心の準備とか、計画を練る時間とか、もうちょっとこっちの都合を考えてほしい。


 興奮を抑えられないといった典子ちゃんは、


 「わたしね、小さい頃に見たドラマで、主人公がヒロインに、これ、君が欲しがったプレゼントって、イルミネーションの前で指輪を渡してプロポーズするシーンが忘れられなくて。もう、そーゆーのにすっごい憧れてるの!」


 下敷きで他人を煽ぐように両方の手首を上下に振って、理想の告白シチュエーションを語っている。

 将来、典子ちゃんにプロポーズする人は骨が折れそうだ。


 「ゆかりちゃんは、クリスマスに好きな人から告白とかプロポーズされるとした、どんな感じがいいの?」


 典子ちゃん、ナイスパス。

 妄想に頬を緩めたゆかりは答える。


 「プロポーズとかはまだ考えたことないかも。告白は、みんなに見られると恥ずかしいから二人きりのときにしてほしいかな。プレゼントとかはあったら嬉しいけど、なくても全然気にならない」


 典子ちゃんがうんうんと頷いて次の話題へ移ろうとしたため、私はすかさず割って入った。


 「ゆかりは、プレゼントを貰えるとしたらなにがいいの?」

 

 ずっと静観していた私がいきなり訊くのは少し不自然だが、ゆかりの好みを知れるチャンスを逃したくはなかった。

 えーなんだろーと言いながらもウキウキなゆかりは照れながら、


 「その人とお揃いのもの、とか」


 ピサの斜塔くらい斜め上の要求をしてきた。

 待て待て待て。ちょっと待って。付き合ってもいない相手がお揃いのものをプレゼントに選んできたら怖くない?それ、本当に嬉しいの?そして、私はゆかりにお揃いのものを渡さなきゃいけないの?


 内心、ゆかりへのツッコミとゆかりへの想いが試されるという、通常では同時に起こり得ないはずの異常事態に、私は引き立った顔で、


 「そ、そっかぁ」


 としか言えなかった。

 ヤバい。このままじゃ会話が止まる。

 そこで、私の情けない姿を見かねたのかどうかは解らなったが、彩雅は私に救いの手を差し伸べてくれた。

 

 「プレゼントといえば、私、ずっと考えていたんだけど。交換用のプレゼントをみんなで買いにいったら、お互いが買ったものが解っちゃってツマラナイでしょ。なら、別々に買いに行って、その後に集合するっていうのはどう?」

 「うん。それもそうだね。私は賛成」


 押し寄せてきた疑問の荒波に溺れかけていた私は、提案に同意することで彩雅が漕いできた救難ボートになんとか乗船することができた。なんとか最悪の事態は避けられた。ありがとう、彩雅。

 

 「賛成っ!」

 「私も」


 と、典子ちゃんとゆかりの賛成を得られたところで一区切りついた私たちは、カフェを後にし、集合時間を決めて、それぞれプレゼントを調達しにいった。


 当てのない私は、先程買い物していた雑貨屋に舞い戻って目ぼしいものがないか探してみることにした。


 「戻ってきたはいいけど…」


 こういったリア充的イベントは初めてだから、定番のプレゼントなんて検討もつかない。一応、ネットで検索してみてけど、選択肢が多すぎるせいで余計迷うハメになった。それに、さっきのゆかりの件も気になってしまう。


 「どうすればいいんだろう」

 「そんなの、好きにすればいいじゃない」

 「ひぃやぁ!!」


 心霊写真のように背後から肩に頭を乗せてきた彩雅に驚き、私は慌てて後ずさる。彩雅はくすりと笑い、何事もなかったかのように棚に置かれているミニチュアを物色し始める。


 「まったく、あの子たちも勝手よね」


 ???

 私は、彩雅の言わんとしていることが理解できなかった。


 「勝手って?」

 「典子たちがカフェで話していた理想のクリスマスのことよ」


 あぁ、そのことか。

 何についての話かは把握したが、言葉が断片的すぎて、やはりそれ以上のことは解らない。


 「べつに理想くらい自分勝手でいいじゃん。なにか問題でもあるの?」


 可愛く頬を膨らませた彩雅は、私を睨む。


 「もー大アリよ。だって、典子にプロポーズするためには、イルミネーションに集まってる大勢の前でしなきゃいけないのよ。そんなの、めちゃくちゃ恥ずかしいに決まってるじゃない」

 「確かに。あれはプロポーズする人に同情するよね。でも、それでなんで彩雅が恥ずかしがってんの?まさか、典子ちゃんにプロポーズでもするつもり?」


 もちろん、そんなことは一ミリも思っておらず、彩雅を揶揄う冗談のつもりだった。しかし、彩雅は一切微笑みを崩さず、


 「ええ、いずれね。私、典子のことが好きだから」


 迷いのない真剣な眼差しで肯定した。そして、彩雅はお返しとばかりに、


 「菫もゆかりのことが好きなんでしょう」


 私がゆかりへ抱いた気持ちをあっさりと言い当てた。腰の後ろに両手を隠した彩雅は、全てを見透かしたような眼で、私の顔を下から覗き込む。


 「私たち、似てるから解るのよ。そういうことも」


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