二学期~素敵なプレゼント☆ ⑥

「――さやかちゃん、おかえりなさい。愛美ちゃんも、よく来てくれたわねえ」


 次にさやかと愛美の二人に声をかけてくれたのは、さやかの祖母・雪乃ゆきのだった。

 歳は七十代初めくらいで、髪は肩までの長さのロマンスグレー。物腰の柔らかそうな、おっとりした感じの女性である。


「おばあちゃん、ただいま。しばらく帰ってこられなかったけど、元気そうだね。安心した」


「相川愛美です。さやかちゃんにはいつもよくしてもらってます」


「そう? よかったわ。ウチの孫たちはみんな、いいコに育ってくれて。私も嬉しいわ」


 このリビングにいる面々に一通り挨拶を済ませた頃、さやかの母・秀美ひでみがティーカップの載ったお盆を手にしてやってきた。


「愛美ちゃん、あったかい紅茶をどうぞ。ストレートでよかったかしら? お砂糖はコレね」


 お盆にはシュガーポットとスプーンも載っていた。さやかの分もある。


「わあ、ありがとうございます。頂きます」


 カップを受け取った愛美は、シュガースプーン二杯のお砂糖を入れて紅茶に口をつけた。紅茶は甘めが好みである。

 さやかは甘さ控えめで、お砂糖は一杯だけだ。


「――あ、そうだ。明日は午後からクリスマスパーティーするから。愛美ちゃんもぜひ参加してよ」


「ああ、さやかちゃんから聞いてます。従業員さんのお子さんたちを招いて開くんですよね。もちろん、わたしも参加します」


 愛美は頷く。この家に来る時の楽しみの一つだったのだ。


「そうそう。中学生以下のコたち限定なんだけどね。毎年、お兄ちゃんがサンタさんのコスプレしてプレゼント配るの。んで、あたしもトナカイコスで手伝ってるんだよ。今年は愛美にも手伝ってもらおっかな」


「わあ、楽しそう☆ わたしも手伝うよ!」


「んじゃ、愛美はサンタガールコスかな。トナカイじゃかわいそうだもんね」


「おお、いいじゃん! ぜってー可愛いとオレも思う」


 兄妹が盛り上がる中、愛美は自分がミニスカサンタになった姿を想像してみる。

 

(わたし、小柄なんだけど。似合うのかな……? でもまあ、トナカイよりは……)


「…………そうかな? じゃあ……、それで。でもいいの? さやかちゃん、今年もトナカイだよ? たまにはミニスカサンタのカッコしてみたいとか思わない?」


「あー、いいのいいの。もう慣れたし」


(慣れたんだ……)


 この兄と一緒に育ってきたら、きっとそうなるだろうと愛美も思った。


「あとね、お母さんが毎年クリスマスケーキ焼いてくれるんだ。それが超美味しいんだよねー」


「へえ、そうなんだ。それも楽しみだなあ」


 クリスマスは毎年ワクワクしていた愛美だけれど、今年は友達のお家で過ごす初めてのクリスマス。いつも以上にワクワクしていた。


(この楽しい時間は、あしながおじさんが下さった最高のプレゼントかも!)


 彼は十万円という大金と一緒に、友人と過ごす冬休みというこの有意義な時間もプレゼントしてくれたんだと愛美は思ったのだった。


「――愛美ちゃん。今日の晩ゴハンはハンバーグなんだけど、好き? あと、嫌いなものとか、アレルギーとかはない?」


 秀美さんが愛美に訊ねる。一家の主婦として、我が子の友人が家に連泊するとなれば色々と気を遣うんだろう。


「あ、はい。ハンバーグ、大好物です。好き嫌いもアレルギーもないです。何でも食べられますよ」


 施設で育ったので、好き嫌いなんて言っていられなかった。幸い、生まれつき食品アレルギーもないようだし。


「っていうか愛美とあたし、今日ハンバーグ二回目だね。お昼も食べてきたじゃん?」


「……あ。そうだった」


 お昼に品川で食べたハンバーグも美味しかった。でも、家庭のお母さんハンバーグはまた別である。


「あら、そうだったの? ゴメンなさいねえ、気が利かなくて。でもね、ウチのは煮込みハンバーグだから、また違うと思うわよ?」


「お母さんの煮込みハンバーグはソースが天下一品なんだよ。愛美も気に入ると思う」


「わあ、楽しみ☆ じゃあ、わたしもお手伝いします」


 お呼ばれした身とはいえ、上げぜんえ膳では申し訳ない。それに、実は料理が得意な愛美である。


「じゃ、あたしも手伝うよ」


「そうねえ。愛美ちゃんはともかく、さやかはこの家の子なんだから、手伝ってもらわなきゃね」


「……お母さーん、それ言う?」


 母と娘の何気ない会話だけれど、それだけでも愛美は微笑ましく感じるのだった。


****


 ――翌日の午後、治樹が言っていた通り、クリスマスパーティーが開催された。

 とはいっても、牧村家ではスペースが限られるので、自宅から徒歩数分のところにある〈作業服のマキムラ〉の工場にある梱包スペースを借り切って、である。


 この縦長の広いスペースをキレイに片付け、飾りつけし、クリスマスツリーを飾ったらクリスマスパーティーの会場の出来上がり。

「中学生以下のコ限定」とさやかが言っていたわりには、二十人近い子供たちが集まって、とても賑やかになった。


「――やあやあ、みんな。サンタのお兄さんだよ。みんないい子にしてるかね?」


 そこへ、サンタクロースのコスプレをした治樹が、白い大きな袋を担いで参上した。ミニスカサンタのコスプレをした愛美と、トナカイの着ぐるみでコスプレをしたさやかも一緒である。


「お兄ちゃん……、〝サンタのお兄さん〟はないんじゃない? 子供たち、リアクションに困ってるって」


 トナカイさやかから、すかさずツッコミが入る。

 彼女の言う通り、子供たちは〝サンタのお兄さん〟の登場にポカーンとしている。……特に、小学校高学年から上の子たちが。


「まあまあ、細かいことは気にするな☆ ……ほーい、じゃあみんな、プレゼント配るぞー。サンタのお姉さんも手伝ってな」


「はーい。サンタのお姉さんだよー。みんなよろしくねー」


 ミニスカサンタになれた愛美もノリノリである。一人冷静なさやかは、「……ダメだこりゃ」と呆れていた。

 ちなみに、用意したプレゼントは百円ショップで買ってきたおもちゃや文房具、手袋や靴下などだ。これまた百円ショップで仕入れてきたラッピング用品で、三人で手分けして可愛くラッピングしてある。


 トナカイさやかも一緒に、三人で子供たちにプレゼントを手渡していく。小さい子たちは「わーい、ありがとー」とはしゃぎながら受け取り、大きい子たちは比較的クールに、それでも嬉しそうに受け取っていた。


(……なんか、不思議な気持ち。〈わかば園〉の理事さんたちもきっと、こんな気持ちだったのかな)


 子供たちの喜ぶ顔を見ると、自分も嬉しくなる。理事さんたちも、それが嬉しくて援助してくれていたのかな、と愛美は思った。


(きっと、今のあしながおじさんだってそうなんだ)


 愛美が自分のおかげで楽しい高校生活を送れているんだと、彼だって思っているに違いない。だから、愛美が困っていたりした時には、色々と手を尽くしてくれるんだろう。


「――みんなー、クリスマスケーキを持ってきたわよー。みんなで分けて食べてねー」


 そこへ、大きなケーキの箱を持った秀美さんもやってきた。箱の中身は、白いホイップクリームと真っ赤なイチゴでデコレーションした大きなホールケーキだ。


「わあ、キレイ! 食べるのもったいない。でも美味しそう☆」


「お母さん、ありがと☆ みんなで食べよ♪」


「はーい。じゃあ切り分けるわね。治樹、紙皿とフォーク出してくれる?」


「ほいきた」


 秀美さんがケーキを切り分けてくれ――ケーキは実は二つあった――、治樹が出した紙皿に取り分けて、さやかと愛美が二人がかりで子供たちに配って回った。もちろん、三人の分もある。


「じゃあみんな、いただきま~す!」


「「「いただきま~す!」」」


 ケーキを食べ始めると、そこはもう大変なことになっていた。

 愛美たちお兄さんお姉さんの三人はそうでもないけれど、小さい子たちの食べ方といったらもう。愛美は母性本能をくすぐられた。


「あーあー、クリームでお顔がベタベタだねえ。お姉さんが拭いてあげる」


 すぐ隣りに座っている小さな男の子の、クリームまみれになった顔を、愛美はテーブルの上のウェットティッシュでキレイに拭いてあげた。


「愛美、やっぱ手馴れてるね―」


「施設にいた頃、よく小さいコたちにやってあげてたからね。――はい、いいお顔になったよ」


「愛美ちゃん、いいお母さんになりそうだな」


「……いやいや、そんな」


 愛美は治樹の言葉を謙遜けんそんで返した。


「お兄ちゃん、まだ愛美のこと諦めてないの?」


「……うっさいわ。オレはただ、素直に褒めただけ。なっ、愛美ちゃん?」


「えっ、そうだったんですか?」


 愛美が素でキョトンとしたので、さやかが大笑い。


「愛美、さぁいこー! めちゃめちゃ天然じゃんー!」


「……えっ、なにが?」


 今まで「天然だ」と言われたことがなかったし、自分でもそう思ったこともなかったので、愛美にはいまいちピンとこない。


「いいのいいの。愛美はもうそのまんまで」


「…………?」


 愛美が首を傾げたので、さやかはまた大笑い。治樹もつられて笑い、兄妹二人で大爆笑になったのだった。


****


 ――新年を迎え、冬休みも終わりに近づいた頃、愛美は一通の手紙を〝あしながおじさん〟に書き送った。一枚の写真を添えて。


****


『拝啓、あしながおじさん。

 あけましておめでとうございます。少し遅くなりましたけど、今年もよろしくお願いします。

 今年の冬休みは、埼玉県さいたま市のさやかちゃんのお家で楽しく有意義に過ごしました。色々ありすぎて、何から書こうかな。

 まず、お家にビックリ。わかば園にいた頃、わたしが空想していたお家にそっくりだったんです。まさか自分があのお家の中に入れるなんて、夢にも思いませんでした! でも今、わたしはこのお家にいます。もうすぐ寮に帰らないといけないのが淋しいです。

 そして、ご家族もステキでいい人ばかりです。さやかちゃんのご両親にお祖母さん、早稲田大学三年生で東京で一人暮らし中のお兄さん(治樹さんっていいます)、しょっちゅう脱いだ靴をそろえ忘れる中学一年生の弟の翼君、五歳ですごく可愛い妹の美空ちゃん、そして三毛猫のココちゃん。

 ゴハンの時もすごく賑やかだし、みんな楽しい人たちで、すごくあったかい家庭です。わたしも将来結婚したら、こんな家庭を作りたいなって思います。

 さやかちゃんのお父さんは作業服メーカーの社長さんで、お家のすぐ近くに工場があります。クリスマスには、その工場の梱包スペースを飾りつけしてクリスマスパーティーをしました。

 従業員さんのお子さんたちを招いて、治樹さんがサンタさんのコスプレをして、お子さんたちにプレゼントを配りました。さやかちゃんはトナカイの、わたしもミニスカサンタのコスプレをして、それをお手伝いしました。

 何だか不思議な気持ちになりました。きっと、わかば園の理事さんたちもこんな気持ちなのかな、って。もちろん、今わたしを援助して下さってるおじさまも。

 大晦日はみんなで紅白こうはく歌合戦を観て、除夜の鐘の音を聴いてから寝ました。

 元日にはさやかちゃんのお父さんの車で、川崎大師まで初詣に行きました。

何をお願いしたのかは、おじさまにもナイショです。

 そこでおみくじを引いたら、治樹さんは凶、さやかちゃんは吉で、わたしはなんと大吉でした! 今年もいい一年になりそうです。

 治樹さんは「なんで自分だけ凶なんだ!?」って大騒ぎしてて、わたしとさやかちゃんは二人で大爆笑しました(笑)

 そして、さやかちゃんのお父さんからお年玉を頂きました。おじさま、気を悪くなさらないで下さいね。さやかちゃんの友達だから、娘も同然みたいに思って下さってるんです。

 ところで、同封した写真に気づかれました? これは入学して間もない頃、クラスメイトの一人にさやかちゃんのスマホで撮ってもらった写真を、さやかちゃんにコンビニでプリントアウトしてきてもらったものです。わたしとさやかちゃん、珠莉ちゃんが写ってます。

 鼻がちょっと上を向いててニコニコ笑ってるのがさやかちゃん、背が高くてちょっと澄ましてるのが珠莉ちゃん、そして真ん中にいる一番小柄なのがわたしです。

 最後にもう一度、本年もどうかよろしくお願いします。おじさまにとっても、よい一年になりますように……。         かしこ


                     一月五日    愛美  』

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