ナツ恋。 ②
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『拝啓、あしながおじさん。
おじさまはとてもいい人ですね!
〈わかば園〉にアルバイトとして帰るのは、わたしには切なすぎました。卒業した後まで、あそこに迷惑をかけたくありませんでしたから。
レポート用紙にシャーペン書きでゴメンなさい。実は今、英語の授業中なんです。いつ先生に当てられるか分からないので、近況はパス。 ――』
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「――では、相川さん」
「はっ、ハイっ!」
英語担当の女性教師に指名された愛美は、レポート用紙に一言書き記してから慌てて姿勢を正した。
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『あっ、今当てられました!』
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「この一文の助動詞〈
「えっと……、『
ちゃんと授業は耳に入っていたので、答えることはできたけれど。
「正解です。でも、授業はちゃんと集中して聞きましょうね」
「……はい。すみません」
集中して聞いていなかったことを注意され、愛美は顔から火を
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『先生の質問にはちゃんと答えられましたけど、注意されちゃいました。
では、これで失礼します。 愛美』
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――五限目と六限目の間の休憩時間に、愛美はレポート用紙に書いたお礼状を封筒に入れておいた。
「――で? あの手紙、一体なんて書いてあったのよ?」
六限目までの授業が全て終わり、寮に帰る途中でさやかが愛美に訊いた。もちろん珠莉も一緒である。
「あのね、おじさまの知り合いが信州の高原で農園とかやってるんだって。だから、夏休みはそこで過ごしたらどうか、って。もう根回しは済んでるらしいよ」
「へえ、そうなんだ。よかったね、やっと行くとこができて」
「うん!」
「信州っていうと……、
「うん、長野らしいけど。……珠莉ちゃん、もしかしてその場所に心当たりあるの?」
突然口をはさんできた珠莉に、愛美は何か引っかかった。
彼女はずっと、愛美には興味がないと思っていたけれど。愛美が純也と関わってから、急に愛美にご
「……いいえ、何でもないわ」
けれど、何か言いかけた珠莉はすぐに口をつぐんでしまった。
「ところでさ、その手紙そのまま出すの? 清書しなくていいワケ?」
さやかは愛美と教室の席が近いので、愛美が英語の授業中にせっせとこの手紙をかいていたのを知っているのだ。
「うん、いいの。だって、書き直したらせっかくの臨場感が台無しになっちゃうもん」
授業中に書いたことが分からなければ、「早くお礼が言いたかった」という愛美の気持ちも伝わらない。
「手紙に臨場感なんて必要なのかしらね? さやかさん」
「さあ? あたしにも分かんない」
二人して首を傾げるさやかと珠莉だけれど、愛美にとって〝あしながおじさん〟への手紙はSNSの書き込みのようなものなのだ。
――結局、そのお礼状は書き直されないままポストに投函されたのだった。
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――そして、七月の半ば。
「さぁて、期末テストも無事終わったことだし。夏休みに向けての荷作り始めようかな」
「そうだねー。今回はあたしも珠莉も成績まずまずだったし」
ちなみに、愛美は今回も一〇位以内。珠莉が五〇位以内、さやかも七〇位以内には入った。
「はー、私もこれでやっとお父さまとお母さまに顔向けができますわ」
ホッとしたように珠莉が呟けば。
「それ言ったら、あたしもだよ。中間の時ボロボロだったからさあ、お母さんに電話で泣かれちゃって大変だったよー」
珠莉よりも順位が下だったさやかも、うんうん、と同調した。
「今回も成績悪かったら、夏休みも補習ばっかりで楽しめなかったもんねー」
愛美がしみじみと言う。……まあ、彼女にそんな心配はなかっただろうけれど。
初めての恋を知ってから、愛美は時々妄想がジャマをして勉強に集中できなくなっていた。それでもこの好成績だったのは奇跡的である。
「――にしたって、アンタの部屋も荷物増えたねえ……。特に本が」
さやかが愛美の部屋の本棚を見て、感心した。
ちなみに、さやかと珠莉の部屋の本棚の蔵書は二人分を合わせても、この本棚の三分の二か四分の三くらいだろう。
愛美の部屋にある作りつけの本棚には教科書や参考書のほか、小説の単行本や文庫本・雑誌類がビッシリ入っている。
まだ入学して三ヶ月でのこの増えようからして、彼女がかなりの読書家だということが
「えへへっ。古本屋さんでコツコツ買い集めたの。新書もあるけどね」
「ほえー……。大したモンだわこりゃ。っていうか、『あしながおじさん』率高くない?」
さやかが目ざとく指摘する。
本棚にはもちろん、他の本もたくさん並んでいるのだけれど。『あしながおじさん』のタイトルだけで十数冊もあるのだ。これはこの本棚の蔵書の中でもっとも多い。
「うん。小さい頃からこの本好きなんだよねー。よく見て、さやかちゃん。翻訳してる人、全部違うでしょ? 一冊一冊、文体が違うの。読み比べするのも面白いんだ」
愛美はその中でも一番のお気に入りを一冊手に取った。
「コレね、施設にいた頃からずっと読んでたの。もう表紙とかボロボロなんだけど。で、コレを読みながら、わたしの境遇をこの本のジュディと重ねてたんだよね」
でも、と愛美は続ける。
「現代の日本に生きてるわたしの方が、ジュディより色々と恵まれてるよね……」
この
一九一〇年代の、差別や偏見がまかり通っていたアメリカに生きていたジュディとは、似て非なる境遇だ。
「……なんか、よく分かんないけど。〝あしながおじさん〟に援助してもらえなかったら進学できなかったっていうのは、ジュディもアンタもおんなじじゃん? だから、アンタが『恵まれてる』って思えるのはおじさまのおかげなんじゃないの?」
「…………あ、そっか。そうだよね」
自分とジュディの境遇を重ねるなんておこがましい、と思っていた愛美は、さやかの言葉にハッとさせられた。
「――あとね、洋服とか靴とかも増えたの。先月のお小遣いで買いまくっちゃって。……で、金欠に」
愛美はえへへ、と笑った。
横浜といえば「オシャレの
山梨時代にはこんなにオシャレなショップに入ったことがなかった彼女は、すっかりテンションが上がってしまって思わず
そして、こういう服や靴はたいてい
「アンタ、買いすぎだよ。服とか買うなら、もっと安く買えるお店あるんだし。ファストブランドとかさ」
「へえ……、そうなの? じゃあ、次からそうしてみる」
――話し込んでいると、荷作りがちっとも進まない。
「ねえねえ愛美。荷物、一ヶ月分でしょ? スーツケース一個で入るの?」
「う~ん、どうだろ? 一応、スポーツバッグもあるけど」
入学して三ヶ月でここまで増えてしまった洋服類と本を前に、愛美は
もちろん、全部持っていくわけではないけれど。一ヶ月分となると、荷物も相当な量になるはずだ。本はお気に入りの分だけ持っていくとして、服はどれだけ詰めたらいいのか愛美には目安が分からない。
「じゃあさ、スーツケースとスポーツバッグに入らない分は箱に入れよう。あたしと珠莉とでいらない段ボール箱もらってくるから。――珠莉、晴美さんのとこ行くよ」
「ええ!? どうして私まで――」
「あたし一人じゃムリに決まってんでしょ!? ちょっとは手伝いなよ!」
手伝わされることが不満そうな珠莉を、さやかがピシャリと
「…………分かりましたわよ。手伝えばいいんでしょう、手伝えばっ」
プライドの高いお嬢さまも、さやかにかかれば形無しである。渋々だけれど、彼女についていった。
――数分後。さやかが二つ、珠莉が一つ段ボール箱を抱えて愛美の部屋に戻ってきた。
「愛美、お待たせ! これだけあったら足りるでしょ」
「まったく、感謝してほしいものですわ。この私に、こんな手伝いをさせたんですから」
(珠莉ちゃんってば! 〝手伝い〟ったって、段ボール箱一コ運んできただけじゃん)
珠莉の態度は恩着せがましく、愛美もさすがにカチンとはきたけれど。ここは素直に感謝すべきだろうと大人の対応をして見せた。
「ありがと、二人とも。じゃあ、荷作り始めるね。あとはわたし一人でできるから」
二人も荷作りやら準備やらがあるだろうし、これ以上手伝わせるのは申し訳ない。……特に、珠莉にこれ以上文句を言われるのはたまらない。
「そっか、分かった。んじゃ、あたしたちはこれで」
さやかと珠莉が部屋を出ていくと、愛美は早速荷作りにかかるのかと思いきや。
(おじさまに、手紙書こうかな)
ふとそう考えた。とりあえず、期末テストが無事に終わったことと、夏休みの準備を始めたことを報告しようと思ったのだ。
いつもは勉強机の上で書くのだけれど、今日はピンク色の座卓の上にレターパッドを広げ、ペンを取った。
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『拝啓、あしながおじさん。
お元気ですか? わたしは今日も元気です。
一学期の期末テスト、無事に終わりました。わたしは今回も学年で一〇位以内に入ることができましたよ。喜んでくれるといいな。
もうすぐ楽しみな夏休み。しかも、高原の農園で過ごす一ヶ月間! すごくワクワクしてます。
畑や田んぼは山梨の施設にいた頃、毎日のように見てきましたけど。実際に農場で生活するのは初めてです。すごく楽しそう!
この夏はのびのび過ごして構わないんですよね? 誰に遠慮することなく?
おじさまだって、わざわざわたしの生活態度を
では、おじさま。これから荷作りがあるので、これで失礼します。
夏休み、思いっきり楽しんで、いろいろ学んできますね。 かしこ
七月十七日 夏休み前でワクワクしている愛美』
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