第67話 明華ちゃんと会う(2回目)
その週の土曜日。
俺は午前に一教科の勉強を終わらせると、海浜幕張にあるイタリアンのファミレスに向かった。
だけど正直、俺の心は重かった。
なぜなら
……今日はハッキリ断ろう……
そう考えていたからだ。
明華ちゃんは親友である石田の妹だ。
不誠実な態度は絶対に取れない。
変な期待を持たせてままにしておくのも、彼女が可哀そうだ。
さらに言えば、俺は燈子先輩に隠し事をしておくのも嫌だった。
こんな風に燈子先輩に内緒で明華ちゃんに会っていると知られたら、浮気を疑われても仕方が無い。
それと同時に炎佳の事も思い出された。
アイツは本当にあの写真を燈子先輩に見せて「俺にセクハラされた」と訴えるのだろうか?
アイツならやりそうな気がする。
そして燈子先輩はアイツを『ちょっと変わっているけど可愛い妹』と信じきっている。
……でも、こんな事はいつまでも隠しておけない……
一晩中考えた末、俺は明華ちゃんには「俺は付き合えない」とハッキリ言い、炎佳との事も燈子先輩に正直に言う決心をしていた。
海浜幕張駅前のショッピングセンターに入り、ファミレスの前に行くと明華ちゃんは既に来て俺を待っていた。
「ごめん、先に来ていたんだ?」
すると彼女は首を左右に振った。
「私が先に来ていただけだから……それに本屋さんで見たい本もあったし……」
今日の彼女はピンクのダウンジャケットに白いフリルの付いたブラウス、膝が出るチェックのミニスカートを掃いている。
肩から赤いポシェットを斜め掛けし、いかにも『中高生くらいの女の子』と言った感じだ。
「じゃあ入ろうか」
俺はそう言うと彼女と一緒に店内に入った。
俺はドリア、明華ちゃんはカルボナーラ、それと二人で食べられるようにピザを注文する。
「今日は試験勉強があるから、俺はあまり時間は取れないから」
彼女には悪いが、先にそう宣言する。
「はい、わかってます」
彼女は残念そうではあったが、今日はしっかりとした声で答えていた。
食事中は俺の大学の事、それから石田と二人でキャンプした時の失敗話などをした。
明華ちゃんも今日は、割りとしっかりと俺の方を見て話している。
目は合わせないけど。
明華ちゃんから学校の話題が出た時、俺は炎佳との関係について聞いてみた。
「明華ちゃんは炎佳さんとは、どうして仲良くなったの?」
「中二の時からです。ウチの学校、中二でクラス換えがあったんですけど、最初はそのクラスに馴染めなくて。さらに最初に出来た力のある女子グループから、なぜか私が標的にされたんです。そんな時に話し掛けて庇ってくれたのがエンちゃんなんです」
「ふ~ん、そうなんだ?」
意外だな。
アイツならてっきり『他人をイジめる方』に回りそうな気がしていたが。
「私と違ってエンちゃんは強いから、どんな相手にも自分の言いたい事をハッキリ言って。周囲の雰囲気とかまるで気にしない所とか凄いなって、私、思っているんです」
アイツの場合、少しは気にして欲しいが。
「中二の後半には、アタシに対する変な感じも無くなったんですけど、それもエンちゃんが睨みを利かせてくれていたお陰かなって」
「そうなんだ、明華ちゃんにはイイ友達で良かったね」
思わず軽く嫌味が出てしまった。
だが明華ちゃんは暗い顔をする。
「でもエンちゃん。中三の時に変な連中と付き合いだしちゃって。学校帰りに怖い感じの人と一緒にゲーセン行ったりして。みんなは余計にエンちゃんを避けるようになったから。それで私も……」
……変な連中?……
俺はその言葉に引っかかった。
「その後、エンちゃんはそういう人と関わらなくなったんだけど、みんながエンちゃんを避けるから、私もあまり話さないようになって。でもエンちゃんは何も言わないで、高校に入ったらまた普通に話してくれるんです……」
まぁ今の行動を見ても、炎佳には常識外れな所はあるが、友達思いな面はあるんだろう。
「それで今は彼女と仲良しなんだ」
「はい。エンちゃんは頭はいいんだけど、けっこう抜けていたり、ド忘れが多かったりするんで、私がその面だけでもカバーしてあげようと思ってます」
「なるほどね」
何となくこの二人の関係がわかった気がする。
年頃の女子によくある『共依存』ってヤツか?
「ところで、あの……」
明華ちゃんは俺の様子を伺い見た。
「優さんはやっぱり、燈子先輩とお付き合いするんですか?」
俺は一瞬だけ詰まったが、さっきからこの話を「どう切り出すか」を考えていたのだ。
彼女の方から口火を切ってくれるなら好都合だ。
「ああ、付き合っていくつもりだよ。と言うより、もう付き合っているんだけどね」
「でもお兄ちゃんもエンちゃんも『アレは付き合っているって、言えるかどうか解らない』って……」
くっそ。二人揃って余計な事を。
「他人から見たらそうかもしれないけどさ。でも付き合っているかどうかって、本人の意思が一番重要じゃないかな?」
「優さんは付き合っているって思っているんですか?燈子先輩はどうなんですか?」
……もちろん、お互いに付き合っていると思っているよ……
そう答えようとしたが、何か引っかかりを感じてしまった。
「いやそれは、もちろん思っているよ、俺も、燈子先輩も、きっと……」
口から出た言葉は、当初の想定より大分弱弱しいものになっていた。
「じゃあまだ、二人の関係は決定的じゃないんじゃないですか?」
明華ちゃんが初めて俺の目を見た。
今日の彼女は本気だ。
だが俺もここで引く訳にはいかない。
「たとえ今は燈子先輩の気持ちが弱いとしても、俺は燈子先輩を想い続けるよ」
「そんなに燈子先輩が好きなんですか?」
「ああ。俺にとって燈子先輩は、単なる憧れの女性じゃないんだ。『彼女の浮気』という最悪の時を支えてくれた人なんだ」
「……」
「それに一緒に居れば解るけど、彼女はとっても繊細で優しい人なんだ。俺はそういう点も含めて全部彼女が好きなんだ」
明華ちゃんは俯いていた。
「だから俺は明華ちゃんとは付き合えない。変な気を持たせていたらゴメン。もう二人で会うのは、これきりにしよう」
しばらく彼女は俯いたままの姿勢でじっとしていた。
やがて明華ちゃんは両方の拳で目元を拭い始めた。
最初は声を殺していたが、すぐに低く「えっ、えっ」と鳴き声が聞える。
「でも私も、優さんの事が好きなんです。ずっと前から。きっと優さんが燈子先輩を想う気持ちに負けないくらい……」
こんな所で泣かないで欲しい。
俺は周囲の目が気になった。
「私、前にお兄ちゃんから『優さんに彼女が出来た』って聞いて、諦めようと思ったんです。だけどやっぱり諦められなくって……」
「明華ちゃん……」
そう呼びかけたが、次の言葉が思い浮かばない。
「そんな時、優さんの彼女が浮気したって聞いて……それで優さんがフリーになりそうだって言うから……私、今度こそって」
俺はどうしていいか、解らなかった。
ヘタな慰めは意味がない。
俺は燈子先輩と別れる気も、明華ちゃんと付き合う気もない。
こんな関係がズルズル続いてしまうだけだ。
俺が何かを言おうとした時だ。
明華ちゃんはポシェットからハンカチを取り出して目の周りを拭うと
「ごめんなさい。突然泣いたりして。私、今日はもう帰ります」
と言って、俺の言葉を待たずに立ち上がった。
俺は何も言えず、ただ彼女が店を出て行くのを見送っていた。
>この続きは、本日(1/30)の夜に投稿予定です。
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