第8話  陽子崩壊4 宇宙を改変するのは大変だった

兄たちの予備実験とこれまでの研究結果から、幾つかの事が分かってきた。僕と薫は、例の会議室に呼ばれて、この惑星全体を網羅するかの様なネット会議を聞かされていた。

「ここに示す様に、統一場理論における三つの力は、エネルギーを横軸に取ると一転に集約される。おおよそ10の16乗ギガエレクトロンヴォルト。仮にこの集約点が10の19乗ギガエレクトロンヴォルトとした場合、陽子の崩壊寿命は10の33乗となる。つまりこの宇宙の年齢よりも遥かに大きい。」兄が何を言おうとしているかは分かっていた。僕が元いた次元の宇宙の条件と比べた結果だった。

「宇宙創成時、ビックバン時点でのエネルギー値が陽子の崩壊寿命を決めてしまう。したがって崩壊寿命を延ばすには、ビックバン時点でのエネルギー値をかさ上げし、再度宇宙を作り直す事であるが、当然そんなことはできない。」

スクリーンの画面が切り替わり、この宇宙の外延部の観測結果を示す情報となった。

「40億光年先の宇宙外延部のスペクトルより、外延部が濃いプラズマ状態である事が観測されている。電子密度にして、10の32乗程度、恒星の中心部よりやや高い程度であり、すでに磁場力場変換コイルよりこれより高い濃度のプラズマ状態を作り出せる事が分かっている。」兄は、最初僕のなんちゃって理論に乗っかって、亜空間バブル内の物理条件を変えようとしていたが、(実験的には1㎤程度ならできたらしい)あきらめていた所に、プラズマ障壁の濃度を上げてやると陽子崩壊が遅延した。つまりプラズマ障壁は、他の次元からの干渉を遮蔽できることが分かり、この応用でこの次元内にこの次元から干渉を受けない空間を作り出す事ができると考えた。そしてその空間の中では、何も起こらない事が分かった。つまり時空が凍結されている。どうも、宇宙の空間や物質は複雑な(もつれ)を作っていて、それが宇宙の進化に関係しているらしい。そんな(もつれ)が遮蔽されると、何も起こらなくなる。すべてが止まってしまう。陽子崩壊も。凍結空間内では物質は崩壊せずにそのまま保存できる。それで、兄の提案は

「惑星ごと凍結空間で覆い、我々の文明を保存する。」

兄の提案については、さまざまな議論が必要で、兄もそれを望んでいた。(Ⅹディー)を知っているこの文明の人々は、どの様な方法が最善なのか、彼らが決めることであった。だが、ここに来て、時限爆弾があと数秒で爆発する寸前にそれを止める事ができる方法が分かったのは、朗報であったかもしれない。

会議の後、僕と薫は何時もの展望デッキにいた。

「あなたの世界の宇宙は、加速度膨張しているって言ってたわね。」

「ああ!」

「その原因は、分かっているの?」

「正直、良く分からない。未知のエネルギー、ダークエネルギーだて言ってるけど、それが何なのかも分からない。僕は次元同士の衝突だと思ってるけど。」

「加速度膨張している宇宙てどんな感じ?」

「ここと、何にも変わっていないと思うな。違うのは、当分宇宙は消滅しないから皆勝手な事してるのかな!この世界と違って、個人の権利や、富の集中、金持ちと貧乏人、それと宗教紛争とか。小さな戦争はまだあちこちで起こっているし。この世界の人達の方がよっぽど成熟している様に感じるけど。」

「この世界も、半世紀前までは、あなたの世界と同じような物だったわ。陽子崩壊を知る前は、宇宙に終わりがあるなんて誰も考えなかった。崩壊が逃れられない事実だと認識され始めてから、人々が急に成熟したと言うか、悟り始めた。宗教的な言葉で言えば、無常かな!永遠なんて物はない。だから自分達の魂の痕跡だけでも残したい。皆がそんな風に思い始めてから、世界が変わっていったんだと思う。」薫とそんな話をしながら、ふと夜空を見ると、確かに星の数が少ない様に思えてきた。

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