林檎がうるさい
ヒトリシズカ
サクサクな話
ある寒い日の朝。
私が務める小さな会社に出社すると、無口な後輩が何故か大きな段ボールを抱えて、エレベーターホールに立っていた。
「おはよう」
「……はよ、ございます」
ちょっともごもごした喋りはいつものことだ。
ほんの少し頭を下げた拍子に、彼が持つ段ボールの中身が微かに鳴った。
「なんかゴトゴト音してるけど、それ何?」
「……実家から送られてきた林檎っす」
「林檎」
はい、と後輩は長い前髪を揺らして頷く。
背の高い彼を下から覗いてみるが、いまいち表情が見えない。
「サクサクなんすよ、ウチの林檎」
唐突に彼はそう言った。
……サクサクの林檎とは、これ如何に。
「サクサクなの?」
普段、自分が林檎に使わない表現が気になり、鸚鵡返しに聞く。
「そうっす。サックサクなんすよ」
「いきなり、ちっちゃい『ツ』が入ったわね」
いつも無口な彼にしては珍しく、言葉少ないながらも会話のキャッチボールが続いた。
「先輩、林檎嫌いっすか?」
「どちらかと言えば好きな方だけど」
嘘ではない。林檎は好きな果物だ。ついでに言うならアップルパイは喫茶店で見かけたら、迷わず選ぶ程度には好きだ。
……ただ、林檎の皮を剥くのが面倒なだけで。
「じゃあ、仕事終わりにコレ先輩ん家に運ぶっすよ。是非食べてください」
彼が段ボールを揺らすと、また箱の中でゴトゴトと小さく林檎が鳴った。
「いやいや、そんな大量の林檎貰っても私一人で食べ切れないから」
「大丈夫っすよ。ウチの林檎、サックサクなんで」
「意味わかんないからっ」
やや強引な後輩の言葉に思わず眉が寄る。
すると、失速したように後輩は元気が無くなった。
「……やっぱ、林檎嫌いっすか?」
心なしか、彼の長い前髪がしょんぼりしたように揺れる。
私としても、別に後輩を苛めたいわけではないので、そんな捨てられた仔犬のような反応をされると正直、困る。
「そうは言ってないけども」
……後輩は、その返答のどこに希望を見出したのだろう。パッと顔を上げると、珍しくハリのある声で宣言した。
「……うっす、じゃあ仕事終わりにまたここで待ってるっす」
何故、こうなったのだろうか。
あれよあれよという間に、仕事終わりに後輩が大量の林檎を携えて自宅に来ることがサクサクッと決まってしまった。
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