最後の缶コーヒー

いっき

第1話

元気な子供の声がワイワイと響いている、晴れた日のテーマパーク。レストランのテーブルで向かい合う僕達は、深刻な顔を浮かべていた。


「もう、これでお終いにしよう」


僕は向かいに座る里子(さとこ)に封筒を渡した。中には一万円札が十枚。十万円が入っている。


「太一(たいち)。お終いって、どういうこと?」


里子は怪訝な顔を浮かべたけれど。僕はキレぎみに答えた。


「別れようって言ってるんだ」


これはもう、キレぎみどころかキレても良いところなのだけれど……僕は兎に角、自分の感情を抑えていた。


すると、彼女はまるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、途端に慌て始めた。


「どうしてよ? だって、もう田舎のおばあちゃんを結婚式に招待したし、会社も寿退社したし……」


「だから。本当にもう、お金がないんだ」


これももう、何回も言っていることなんだけど……僕はその言葉を噛み殺した。


僕は元カノの静香(しずか)と別れて傷心の時に、里子と出会った。そして程なくして告白されて、半ばヤケぎみに付き合い始めた。


そこまではまだ良かったのだけれど……こいつのお金のかかること、かかること。


まずデート費用は全額、こちら持ち。そして、事あるごとに高額なものを買わされる。

付き合いから一ヶ月の記念日ということで三十万円の指輪。クリスマスには十万円の財布、そしてこの間、彼女の誕生日には十五万円の腕時計を買わされた。まぁ、これは僕が断れない性格なのが悪いのだけど……。


さらには僕がそういう性格なのを良いことに……かどうかは分からないのだけれど、勝手に結婚式場を予約されてその予約金を払わされた。


そして今日。会社を寿退社したために彼女の携帯代やら美容代やらの支払いができない、とのことで、十万円払えとのメールがきたのだ。


「お金のことは……反省しているし、これからは私も気をつけ……」


「それ、もう、何度目だよ」


僕は溜息を吐いた。

こいつと付き合い始めてから、僕のコツコツと貯めていたお金は飛ぶように消えていった。

こいつは何も苦労せずに、デート費用も全額払わせて、僕に買わせた高価なものを身につけて。


結婚式の予約金まで払わされ、貯金もほぼほぼ底をつきそうになっていた時のメールで、ついに堪忍袋の緒が切れたのだ。


彼女の目からは一筋の涙が伝って落ちたが、僕はもう、許さない。

以前も同じような局面で涙を流されて許してしまったがために、さらにお金がなくなることになったからだ。


「いいかい、里子」


僕は彼女に諭すように言った。


「結婚っていうのは、双方が同意しないとできないんだ。里子は結婚したいと思っていても、僕は自分の経済力では最早無理だと思っている。結婚どころか、付き合い続けることも。だから、別れよう」


「そんな……私達、これで終わってしまうの?」


「うん。もう、里子とは無理なんだ」


僕はあっさりと言った。

こいつ……僕が断れない性格だからってこれまで散々タカってきて。今日こそ絶対に別れるって決めて来たのだ。


「嫌よ。だって、寿退社もしたし、結婚式も予約したし……」


彼女は手で顔を覆って泣き始めたけれど、もうこいつには騙されないんだ。


「ごめん。本当にもう、決めたことなんだ」


僕はそう、彼女に冷たく言い放ったけれど。


「寿退社までしたのに……」と言いながらいつまでも泣き続ける彼女を見ていると、若干、罪悪感を覚えてきた。


だから、席を離れて自販機で缶コーヒーを買い、彼女の前に置いた。

僕は彼女とデートする時には必ず、別れ際にはホットの缶コーヒーを買って渡していた。だから、その缶コーヒーは彼女への餞別にしようと思ったのだ。


「まぁ、僕からの最後の缶コーヒーになるけれど飲みな。里子の再出発のためにも。別れる気しかない僕のことを引き摺るより、他の男を探すべきだって」


すると、彼女は涙ぐみながらこくりと頷いて缶コーヒーを飲み始めた。


まぁ、こんなに金のかかる女、貰い手なんてなさそうなものだけど……そんなことを考えて溜息を吐いた時だった。


彼女が急に、頭を抱えて苦しみ始めたのだ。


「里子?」


突然のことに僕は慌てた。

だが、彼女は椅子から転げて意識を失って……僕は大慌てで救急車を呼んだのだった。

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