その257 投げで嘆く
『真実の魔法』で私がうるさくならないように、私が黙っていられるようにナナっさんに用意されたこのマスクは、装着すれば口の動作をピタリと停止させることが出来る優れものである。
まあ、優れもの過ぎてお高いのだけど。
しかし、今は根が張るなどとネガっている場合ではない!
これを装着させればトラコさんを無傷で無力が出来るかもしれない。
けれど、詠唱が終わる前に装着させなければならない都合上、タイムリミットは謎だ。
いつ終わるか分からないので今こうして悩んでいる瞬間にも、全てが手遅れになっている可能性だってありえる。
つまり、動くなら今すぐ!
なんてことを口にする前に、エクシュは私を抱き上げて走りだしていた。
突然のことに驚くがその意図は分かる。
エクシュも私と同じ判断を下したのだ。
「主の策が何かは知らぬが、主を信じて動くのが剣の役目であろう」
「ちょっと素敵すぎない?」
いや、ちょっとどころではなく素敵すぎる剣に違いない。
こちらの意思を慮り、先んじて行動するこの有能っぷり。
果たしてこの忠義に、仮にも主である私が今後どうやって応えていけば良いのか……不安しかない!
とりあえず、私のお給金は全てエクシュのお賃金にしようかな……。
「契約更改はまたの機会にするとして、エクシュ、このマスクをトラコさんに付けたいの」
「この状況でも相手の健康を気遣うとは、流石は主であるな」
「私、そんなに天然さんに見えるかな?」
「冗談である」
「剣だけに切れ味鋭いジョークを突然見せてくるね!?」
普段は鈍い切れ味をしているのに、今日はもうキレッキレのエクシュだった。
もしかすると人の姿の方が彼本来の性格が面に出ているのかもしれない。
もしくは軽口が言えるほど仲良くなれたのか……だったらいいなぁ。
「むっ……」
まるで馬の背に乗っているかのような速度で(何度か乗ったことがあるけれど、お尻が死んだ。そこ行くとエクシュの乗り心地は高級車である)トラコさんへ接近するエクシュだけど、その途中で何やら眉をしかめて急停止した。
「どうしたのエクシュ?」
「どうやら彼奴が強引にドラゴンにさせられてしまう原因は、変身する瞬間にこそ強く働くようである。恐ろしい力が周囲を渦巻いていて、容易には近付けない」
そう言われてよく見てみれば、確かに薄っすらと黒い何かがトラコさんの周囲で渦巻き壁を作っていた。
ということは、あれがトラコさんを強引にドラゴンにしているものの正体ということになる。
「そうか、そういえば無理矢理ドラゴンになっているんだったね」
「そのドラゴン化が解けたことで、再度その力が増しているというわけであるな……主よ、先ほどのジョークでリラックスしてもらったところで提案だ」
お姫様抱っこでかかえていた私をエクシュは突然片手に持ち替えて、何やら投球前のようなモーションを取る。
お姫様抱っこよりは私に相応しい姿勢だけれど、一体これは何……?
「主よ、すぐさま行かなければならないのだな?」
「う、うん」
「本当に今すぐだな?」
「うん、1秒でも一瞬でも早く行かないと!」
「では投げる」
「デ・ハナゲール?」
なんですか、その鼻毛が大胆に飛び出していそうな名前は。
ボボボーボボーボボくらい思い切った名前ですね……鼻毛だけに。
「これよりあの渦の中に主を投げる」
「そこまで詳細に言われるともう聞き間違いも出来ないや……また冗談……ってわけじゃなさそうだね」
「主はある種の結界を超える事が出来る力がある。我が投げることで速度も加えれば、彼奴の元へ辿り着けるだろう」
つまりはおじ様のところでやっている結界超えと同じことをしようとしているわけか……。
正直、気はまるで乗らない。
慣れてきたけど怖いものは怖いのである。
でも、今はその恐れている時間すら惜しい!
「分かった! エクシュ、私をなげええええええええええええええええええええええええ!?!?!?!??」
「そう言うと思って、既に投げてある。主よ、あなたは最高の主だ」
主の意思を先読みして実行するエクシュの素晴らしい従者精神がここでも発揮されてしまった!
有能だとは……有能だとは思うけれど……心の準備はしたかったです!
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