その128 好きと言われて悪い気はしない

「ふっふっふっ……」

「じゃ、邪悪な笑い~!」


 ふっふっふっ、弱みを見せる方が悪いんですよ……!


「私としてはニムエさんには素直に記憶を渡して貰いたいのですが、こうなっては仕方ありませんね。お兄様! 乙女の柔肌を、いやさカサ肌を穴が空くまで見ちゃってください!」

「なんだか分からんが了解した」

「了解しないで~!」


 お兄様の切れ長い美しい瞳がニムエさんを睨みつける!

 全ての生命体には、顔の良い者に見られると自分の容姿も気になってしまうという機能があるため(私調べ)、顔が超超超超超超良いお兄様に見られた女子は、この木なんの木より今の自分の状況が気になってしまい、それが苦痛になるという作戦!

 どうだ!?


「に、にげ~」

「逃がしません! おりゃあ!」


 私は背後からニムエさんを羽交い絞めにして、顔も隠せないようにする。

 逃がさん……! お前だけは……!


「そんなアグレッシブな子だったっけ~!?」

「今はメンタルが魔王なので」

「あ~! いらぬことを言ったかも~!」


 己の発言には責任を持っていただきたいので、ここは心を鬼にして、ならぬ心を魔王にして、彼女を逃がさないよう捉えて離さない。

 そう、大魔王からは逃げられないのです。

 

「やめて~!!!!!! そんなに見ないで~!!!!!! 湖の乙女なのに水分が蒸発したお肌を見ないで~!!!!!!!!!!」

「十分プルプルに見えますけどね」

「これがプルプルだったらミイラもプルプルよ~! 乙女はプリンじゃないと~!」

「志が高い……」


 さすが水系の存在なだけあって、キューティクルに懸ける思いの熱量が段違いだ。

 

「ラウラ……これは俺の顔がやはり怖いという事か……?」

「いやいやいや! あの、そういうわけではなくてですね! むしろ逆ですから!」


 いやいやするニムエさんに同調して、お兄様まで心を痛めてしまっていた。

 お、お兄様の顔はそこまで怖くないですよ! デビルかっこいいだけで!


「せ、世界と乙女の尊厳なら世界を選ぶべきだし~……」

「乙女の尊厳も世界レベルな重要事項ですよ!」

「うぐぐでも~……」

「いいのですか! このままお兄様に見られ続けたら精神が崩壊しますよ!」

「えっ、そうなのか」

「それは確かに~」

「確かなのか」


 いつの間にか拷問の道具にされて戸惑いを隠せないお兄様である。

 ほんとーに申し訳ないですお兄様……! でもあと一押しなので!


「世界は必ず救ってみせますから! 乙女の尊厳も推しの笑顔も世界も、全て救ってみせますからー!」

「救う範囲が広すぎるわ~!?」

「この世界が好きなんです! ニムエさんのことも好きですし、どれかなんて選べません!」

「わ、私よりも女神っぽいこと言ってるし~」


 ニムエさんはついに諦めたように全身の力を抜くと、ぐったりと首を落とす。


「負けたわ~……記憶は返すわ~」

「本当ですか!?」


 長きに渡る戦い……戦い? 虐待?もようやく終わり、ついに記憶が返って来ることになった。

 お、思いの外大変な戦いだった……。


「けれど、勿論、魔法も返っちゃうわよ~? そこは大丈夫~?」

「構いません。そちらも必ず解決して見せます!」

「することが多くて大変すぎるわね~……心配だわ」


 い、言われてみれば、私、前途多難すぎるかも!

 覚悟は出来ているとはいえ、傍から見れば心配になるのも当たり前な大変さである。


 こうして改めて考えてみると、なるほど私が記憶を無くすことで様々な問題が解決するなら、それが一番だとニムエさんが躍起になっていたのも分かろうと言うも話だった。

 私だって私の記憶がなくなるだけで世界が救われるのなら、迷いなくその方法を選んだだろう。

 しかし、そこに推しの悲しみという前提条件が付いてしまっては、どんな好条件もこの地に広がっていた霧のように霞んで見えてしまうのだ。


「こうなったら全面バックアップするしかないわね~」

「えっ、た、助けて貰えるのですか?」

「当たり前じゃないの~、その方向で世界を救うのなら~、貴女に協力するしかないわ~。それに~」


 ニムエさんは泥だらけの顔で、ウインクしながらお茶目にこういうのだった。


「私は私を好きだって言ってくれる人が、大好きなのよ~」

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