その86 愛剣につれられて
とりあえず用意された手土産……手土産?を手に持ってじっくりと眺めてみる。
こうしてフィギュアで見ると確かにえくしゅかりばーは愛嬌があるかもしれない。
机の横とかに置いておく分には丁度良いかも……ディスプレイに飾るには微妙だけど!
「森の中で迷子になると危険である。この紐を持て」
エクシュは剣の柄に括り付けていた紐をこちらに示す。
「いや、あの、この紐を持つと本格的に犬なのでは? 名犬なのでは!?」
「主を持つという意味では犬も剣も変わらぬ」
「変わるんじゃないかなぁ!?」
広い心が行き過ぎてもう何でもありなエクシュだった。
でも、この森が危険でありはぐれることは即座の死を意味することは間違いない。
なんか色々おかしい気がしても、ここは生存のためにこの紐を握るしかないようだ。
よし、出発!
★
鬱蒼とした森の中、私は紐に繋がれぷかぷかと浮かぶ剣に先導されながら茂みを突き進む。
時折、邪魔な枝葉をエクシュが切り裂いてくれるので、それなりに快適な散歩となっていた。
散歩の道まで整えてくれるなんて……いや、散歩じゃないんだけどね?
「ニムエに伺いを立てても無理なようなら、その時は兄を説得するほかないだろう」
道すがら、エクシュはこれからの方針について語り始める。
一応、これから行くのは許可取りのための挨拶みたいなものなのだけど、やはりアポが取れないこともあるようだ。
「あっ、やっぱり駄目な時もあるんですね?」
「主は人柄を認められたために会うことが許されたが、本来湖の乙女は出会おうと思っても出会えるものではない」
「そりゃあそうですよね。伝説の存在ですし」
「認められたのは人柄ではなく絵柄かもしれないが」
「私の絵が人気すぎて辛いです……!」
私以外からは結構評判がいいなあのデザイン……。
まあ、人の落書きは結構面白いというのはあるだろうけど。
移動教室などで見かける伝言のような謎の落書きやイラストをついついジッと見てしまう私である。
えくしゅかりばーにも似たような魅力があるのかもしれない。
……あるかなぁ!?
「加えて言うなら、あまりニムエには心を許し過ぎない方が良い。湖の乙女は一見温和だが常識が通じないところがある」
「常識が通じないというか、常識が異なるのは間違いないですよね」
何せ水中に住んでいる人である。
住んでいる土地が違うだけで話が通じなくなる方が普通だというのに、もう地と水という巨大すぎる違うあれば、それりゃあ常識なんて役に立たなくなるだろう。
うっかり一緒に暮らしましょなんて話を受け入れたが最後、水死体として見つかるかもしれない。
「美女とびじょびじょになって死ねるならまあまあハッピーエンドかも?」
「一応言っておくが、夢の中では死んでも起きるだけであるぞ」
「そういえばそうだった!」
ということはノーリスクで美女と心中出来るチャンス……?
さすがにしないけども!
「基本、夢というものが現実にダメージを与えることはない。故に夢の中で危険というのも少ない」
「だからお兄様もわりと平気だと言えるんですね?」
「まあ、何事にも例外はあるが」
愛剣と話しながら道を進んでいくと、やがて涼しげな空気を肌に感じた。
水場特有の匂いに鼻孔をくすぐられながら、辿り着いた場所は湖の乙女ニムエが住む麗らかな湖畔だ。
最初はこのように美しい光景を見せてくれるのだけど、前回同様湖はやがて深い霧に包まれて姿を消していく。
こうやって冷静に見てみると、姿を見せる相手を選ぶというニムエさんは、この霧で防犯をし、また相手を分断して特定の個人と会えるようにしているのかもしれない。
「おひさ~」
相変わらずのゆる~い雰囲気で水の中から現れたのは何度も話に出て来たニムエさんである。
今日も今日とて彼女は水に沈んでいた。
み、見慣れない!
美女が水から顔だけ出している姿は見慣れる気がしない!
「ラウラちゃん~! それとえくしゅかりば~! あれ、何でその見た目なの~?」
「一応、礼服で来たのだが」
「え~、ここ実家みたいなものじゃないのよ~。あの緩い格好でくればいいのに~」
ニムエさんはバシャバシャと水を叩いてエクシュの今のかっこいい姿に抗議している。
やっぱりえくしゅかりばーの見た目って共通認識として緩い感じなんだ……。
「今日は挨拶に来たのでな。そして平身低頭、頭を下げる立場でもある」
「え~? 何かお願い~?」
「えっと、あの、ここが『全てを洗い流す泉』だと聞いて来たんです!」
「ああ、それね~。まあ、そんな感じのこともあるようなないようなかんじなのよね。
「どっちですか!?」
「全ては洗い流さないわよね~。まあでも、魔法は洗い流せるわ~」
「マジですか!?」
なんと! 本当にこの湖は魔法を消し去る効果があるらしい!
だったら私がここに浸かったら魔法も解けて「『真実の魔法』完!ご愛読ありがとうございました!」ってなるの!?
そ、そんなあっさりと?
「ただもちろんデメリットもないとつまらないわよね~」
「主、一瞬、大切なものも失うという話を忘れていたであろう」
「そ、そうでした!」
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