その78 推し授業は神授業


 まだ朝靄も晴れぬ早朝、私とイブンは昨日に引き続き、仲良く二人机に並んで教壇を見つめていた。

 そんなたった二人の生徒を相手に教鞭を振るうのは学院の王子様ことヘンリー・ハークネスである。

 指示棒を片手にポンポンと手の上で弾ませている姿は、もう実に私が想像した通りのお似合いな光景で、私はそれを見ることが出来たとうう事実だけで若干満足していた。

 本番ここからなのに!


「さて、今日の教師は僕ことヘンリー・ハークネスとなります。よろしくお願いしますね」


 本日のにこやかに挨拶をするヘンリーに、私は謎の緊張感を覚える。

 きょ、教師役として立たれるとまた違った魅力があってはわわわわ!


「は、はい! よよよ、よろしくお願いします!」

「よろしくー」

「ラウラの方が緊張しているのは謎ですが、まあ良いでしょう。今日は歴史……とりわけ魔法が大きな広がりを見せ、産業を大きく発展させた『魔法産業革命』に付いて教えていきます。この時代は学院長が大変好んでいる時代であり、また魔法学院としても重視するポイントなので、試験への登場確率は極めて高いです。しっかり学んでいきましょう」


 ヘンリーは試験の傾向まで考えて授業内容を組んでいるようだった。

 さすがはさすがの優等生様は、教える方も超一流の優等生……そもそもこれくらいの要領の良さがないと、生徒会副会長を全うしつつ誰からも愛されるような日々は過ごせないのかもしれない。


 そして魔法と聞いて、イブンも少しテンションが上がり始めていた。

 昨日から学習意欲は衰えていないらしい。


「魔法についてもっと知りたかった」

「それは良かった。どうやら昨日の授業は大変盛り上がったようですね。ラウラ、貴女のおかげですか?」

「ローザの授業が分かりやすかったからだよ! 私は運動場に謎のオブジェを生み出すことになっただけで……」

「ああ、あれは貴女でしたか。グレンが血眼になって破壊していましたよ。あまり激しい魔法を連発するものですからギャラリーまで現れて大盛り上がりでした」

「そんな事態に!?」


 あの後、グレンが巨大ゴーレムとそんな激闘を繰り広げていたとは!

 普通に見たかった!

 見て応援したかったー!

 きたる次の機会に備えて『グレンしか勝たん!』うちわを作って置くべきだろうか……。


「そして魔力を使い切ったグレンは魔力切れでぶっ倒れているので今日は顔を見せることはないでしょう」

「グレーン!?」

「まあ、寝れば治るので」


 巨大ゴーレムとの死闘(ゴーレムは動かない)によってグレンは相当な疲労を背負ったらしい。

 そのことについて話すヘンリーの顔は何処か呆れ気味だった。

 どこまでも全力投球なグレンに敬礼……。

 なんかグレン、貧乏くじを引くことが多い気がするな……不憫な推しも好き……。


「愛すべきおバカのことは置いておいて、今日は皆さんそんなおバカにならないようにお勉強に勤しむとしましょう。分からないことがあればその都度聞いてもらって構いませんので、元気よくお願いします」

「「はーい」」


 二人声を揃えて手を上げたところで、本日の授業が開始した。

 魔法産業革命の時期については既に授業で習っていたので、当然教わる範囲も私の知己の物に限る……のだけど、そんな背景がありつつも、その日の授業で私が退屈することはなかった。

 それは推し二人と一緒にいるからというのもあるのだろうけれど、一番はヘンリーの授業が面白過ぎたせいである。

 時に冗談を、時に小話や豆知識を交えながら歴史について語るヘンリーは、その時代のみならず他の時代や国の事情についても強く興味を持たせる名授業を披露した。

 

 時に、人気の教師の授業は最前列を取るために大変な苦労をするというのは前世でも聞いた話した。

 ヘンリーはそもそもイケメンなので顔良ッパワーで無条件で人気が出そうなものだけど、それに加えてこの授業パワーがあると、もう講義室は立ち見まで現れるほどのぎゅうぎゅう詰めになりそうだ。

 それを二人だけで見られる贅沢!

 まるで二人だけのために開かれたライブのような豪華さ……しかもその客も推し!

 とんでもない……とんでもないことが起きている……。

 こんなのディズニーを貸し切ったマイケルジャクソン以来の事態だよ!


「──というわけで、大魔法使いヘタノトイアの登場によって世の魔法効率が向上し、これまでただ非効率的と言われていた魔法が見直されたのです」

「ヘタさん偉い」

「偉いとかそういうレベルではないのでは!?」

「しかし偉人と言いますしね。偉い人です」

「やっぱり偉い」

「なるほど……偉すぎてエラスムスですね……」

「ヘタノトイアですよ」


 そんなこんなで楽しく授業は進んでいき、なんと昼前にはもう予定していた範囲を全て終えてしまった。

 というか時間が一瞬で過ぎ去りすぎる!

 まだ五分くらいしかたって無くない!?


 そして、こ、効率的すぎる!

 しかも楽しい……時空を歪めてないと不可能な技では!?


「もうこんな時間ですし、お昼を食べに行きましょうか。とはいっても一分一秒が惜しいので、僕が用意しておきました」

「用意しておきました!?」

「ええ、作りました」

「作りましたー!? へ、ヘンリーが!? その美しい手で!?」

「はい、この美しい手で」

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