第69話
「寝ちゃったか……」
いつの間にかテオドールの腕の中に転がり込んできたヴィオラは、静かに寝息を立てていた。胸元に顔を押し付け、服を確りと握ってる。そんな姿に、くすりとテオドールからは笑みが溢れた。
「そう言えば……何か、忘れてる気が……あぁ」
フランの存在を、すっかり忘れていた。デラに会った後、余りにも足手纏いになるから面倒くさくなり、任務と称して、その辺に置いてきたが……。
「……まあ、その内1人で帰ってくるよね。子供じゃないし」
まだまだ子供で、足手纏いになるからと放置した張本人は、都合のいい時だけそう言った。
それに、折角の道中ヴィオラと2人きりだというのに、フランがいたら邪魔で仕方がない。故に、結果的に良かった、そういう事にしよう。テオドールは、自分の都合のいいように解釈して納得した。
「ヴィオラ……」
テオドールは、何度も髪に、背に、手に触れる。彼女が、こんなにも愛おしくて仕方がない。
だが今はまだ、無理だろう。彼女の心には、彼がいる。恋と呼ぶには、複雑過ぎる感情だと思うが。
大好きで、大嫌い。
あれは、ヴィオラの本音だろう。消化しきれない想いがまだ、彼女の中にはある筈だ。
弟がいなくなり、沈んだ心に入り込んできた。生まれて初めて、自分を外の世界へ連れ出してくれた
生まれて初めての舞踏会で、お姫様抱っこをされたままダンスをしたと、ヴィオラは、あの時複雑そうに、だが嬉しそうに話してくれた。
その一方で、彼は彼女の大切なモノを奪った
彼女の中には、良くも悪くも彼がいる。愛しさ、憎しみ、安らぎ、苦しみ……。
これらが彼女の中から消えるには、どれだけの時間がかかるのだろうか。そもそも、消えるという保証はない。ずっと彼女の中に在り続けるかも知れない……。
だが、それでも。
「僕は、君が好きだよ」
テオドールが頬に触れると、ヴィオラは子供の様にふにゃっと笑った。
「ん〜……」
「僕は、莫迦だね」
自ら進んで、険しい恋に挑む。本来なら、苦労する事なく幾らでも相手なら見つかる。
自分でいうのもなんだが、これでもかなりモテる。引くて数多だ。まあ、寄ってくる女達は皆一様に、第2王子という肩書きと、見た目だけで寄って来ているのだが。
テオドールには、そういうのが苦しいくらいに伝わって来てしまい、どうしても誰かを選ぶ事が出来ない。それ故この歳で、未だ婚約者や恋仲1人いない。
それに、テオドールは、余り女性が得意ではないのだ。
正直、男同士でいる方が気が楽だと思っている。
社交の場に出れば、鬱陶しい程に群がって来る女達にうんざりして、その内気持ち悪いとさえ思えた。
気分が悪くなる程に香水を振り撒き、貼り付けた様な笑みを作り、甘ったるい声色で囁くように話す。許可なくベタベタと触ってきたかと思えば、酔ったフリをして、外へ連れ出そうとする。実に強かな生き物だと思った。
だが、彼女はまるで違った。
屈託のない笑みや、優しい声色。くるくる変わる表情と、ちょっとした事で恥ずかしがっては、頬を染める。そこに強かさなど微塵も感じない。後、たまに間の抜けた様な所も、愛おしいと思っている。
クラウゼヴィッツ国の第2王子、そんな肩書きがなくとも彼女は、テオドールという1人の人間を受け入れてくれた。
あの時、目を丸くして「クラウゼヴィッツ国……とは、何処ですか」そうヴィオラが言った時、思わずあんな状況にも関わらず、笑ってしまった。
あの時、もしもヴィオラがレナードを選び残ると言ったら……自分は、権力を行使してまでも、無理矢理でもヴィオラを連れてきたかも知れない……。
少し自分が怖くなった。
愛は盲目、人を狂わせるとも言うが、まさか自分がそれを体験する事になるとは、滑稽なものだ。
ヴィオラが、レナードに背を向けた、あの瞬間、酷く安堵する自分がいた。
その一方で、レナードを見て未来の自分を見ている様な錯覚に陥り、眩暈がした。
「テオドール、さま……?」
心配そうに見上げて来るヴィオラに、テオドールは我に返った。
「ごめんね、起こしちゃったかな」
「いえ、目が覚めました……」
まだ寝惚けているのだろう。瞼が重たそうに、閉じては開いてと繰り返している。
「フッ、まだ寝てるといいよ」
本当に愛らしい。
「テオドール、さま……大丈夫、ですか……お加減でも、悪いんですか」
ヴィオラの言葉に、心臓が跳ねた。普段はかなり鈍い癖に、こういう時は鋭い。きっと、テオドールの複雑な想いが伝わってしまったのだろう……彼女に、不安や心配を与えたくない。
テオドールは、誤魔化す様にして笑うとヴィオラの頭を優しく撫でた。
「いや、そんな事はないよ。僕は、大丈夫だから……今は、お休み」
「はい……」
返事をしたヴィオラは、再びテオドールの胸元に顔を埋めて眠りに就いた。その顔は、無防備で、あどけなさを感じる。
テオドールは、少し躊躇った後、額にそっと唇で触れた。
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