第63話

1人取り残されたヴィオラは、戸惑っていた。降ろして貰えたのは良かったが、1人にされるのは不安だ。


周囲からの視線も痛い。取り敢えず、壁際に避難しようと急いで足を踏み出したら、ドレスの裾を踏んだ。


「へ……」


倒れるっ‼︎


と目を瞑ったが、一向に衝撃はこない。代わりに目の前にあるのは、男性の腕と胸元だった。


「も、申し訳、ございませんっ」


ヴィオラは、慌てて離れようとするが、もつれてしまい上手く足が動かない。


「大丈夫?怪我してない?」


この声は……。


「テオドール、様?」


聞き覚えのある声に、ヴィオラは安堵した。


「君が1人になるのを伺っていたんだけど……驚いたな。まさか、お姫様だっこされて入場してくるし。その後も、ずっとそのままで……王太子殿下は、やはり只者じゃないね」


真剣な表情で、そう話すテオドールにヴィオラは苦笑いを浮かべた。

それよりも、未だテオドールの腕の中に収まっていて、恥ずかしい……。


「ヴィオラ……嬉しいよ。その髪飾り、つけてくれたんだね」


今朝目を覚ました時、枕元にこの髪飾りと、君が自由を望むなら今宵、それをつけて。とメモが添えられていた。


「髪飾りを頂くのは、2回目ですね。わざわざ用意して頂かなくても」


「……いや、以前贈ったものは、気に入らなかったと思って。もしかしたら、捨てられているかも知れないと、思ったしね」


テオドールは、そう言うと力なく笑う。以前贈った時、ヴィオラは1度も身に付けてくれていなかった。故にもう手元にあるとは思えず、新しいものを用意した。


「へ?いえ、捨ててなどいませんよ?見て下さい」


ヴィオラは、テオドールに見えるように頭を傾けた。すると、今朝の髪飾りの隣に隠れてはいるが、確りとつけられていた。


「その、デラがこの髪飾りに付いている宝石は、太陽の光に弱いからって言っていて、それが嫌で中々つけられなくて……テオドール様から折角頂いたのに、大事にしなくちゃって……ですから、あの」


口籠るヴィオラを見て、テオドールは恥ずかしくなったのか口元を押さえ頬を染めた。


「どうしよう……」


「へ」


「嬉し過ぎて、やばい」


ヴィオラの意外な言葉に、テオドールは顔がニヤけてしまう。ヴィオラに他意はないだろう。そのままの意味で、別にテオドールからの贈り物だから、という訳ではないのは事は分かっている。

だが、普通はこんな風に言われたら勘違いしてしまう。


「テオドール様?」


ヴィオラが、不思議そうな顔でテオドールを上目遣いで見遣る。これは、トドメか⁈テオドールは、まるで、弓で心臓を撃ち抜かれたようだ……と感じた。


「ヴィオラ、僕は」


ヴィオラを王太子から救い出したら……彼女が望んでくれるなら。


「僕は」


「ヴィオラ、何しているの」


テオドールが、そう言いかけた時、冷たい声が響いた。2人が振り返ると、そこには無表情のレナードが立っていた。



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