第19話

「ヴィオラ」


絶望感に苛まれていた時だった。レナードは、ヴィオラの名を呼んだ。その声はいつもと変わらず優しく響いており、涙が出そうになる。


「君にそんな顔をさせてしまって、ごめんね。でも、僕を信じて欲しい……僕は君が好きだ」


レナード様……それは、堂々と浮気宣言なのでしょうか……。


レナードの言葉にヴィオラは焦る。この静まり返った広場では声がよく響く。囁く程度ならいざ知れず、レナードはごく普通のトーンで悪びれる様子もなく堂々と話している。


「れ、レナード様っ」


「大丈夫だよ。僕は何一つ悪くない」


今度はまさかの開き直り⁈レナードの暴君振りに、先程までの涙はすっかり引っ込んでしまった。

ヴィオラは呆然として、言葉が出ない。


「ヴィオラ、好きだよ。いや、愛してる」


誰かこの方を止めて下さい……。そして、どうしてこの状況で2回も仰るのですか……。


「大事な事は、ちゃんと伝えないといけないからね」


そのお気持ちはとても、嬉しいです。ですが、物凄く複雑です。それに婚約者さまの視線が痛くて、辛い。


もはやヴィオラだけでなく、周囲までも間口が塞がらないと言わんばかりの視線をレナードへと向けている。そして、カトリーヌは怒りの余り爆発寸前だ。


「レナード様っ‼︎わたくしというものがありながら、その様な小娘にうつつを抜かすなど赦せませんわ‼︎」


小娘……先程より扱いが酷くなっている。だが、気持ちは痛い程分かる。申し訳ないやら、同情するやら、ヴィオラの想いは複雑と表現する他ない。


「はぁ……先程も言ったけど、カトリーヌ嬢。貴女には、僕が誰にうつつを抜かそうが関係ない。それに、貴女がそんな事言える立場だとは思えないんだけどね」


「どういう意味ですか」


レナードは、側に控えていた従者に目配せをする。すると従者は急いで広間から出て行くと、程なくして戻ってきた。何やら、大荷物を抱えて。


「分からないようだから、この場にいる者達にも一緒に見て貰おうか」


従者が手にしている、布に包まれたそれは姿を現した。そして、1枚1枚丁寧に並べられていく。瞬間女性達の悲鳴が上がる。反対に男性達は興味津々に覗き込む者達が多くいた。


「こ、こ、これは、な、なんですの⁈」


従者が並べたそれらは、全て姿絵だった。そして、悲鳴が上がる程に生々しく描かれている……情事をしているであろう男女が。


「おかしいな。貴女が1番理解してる筈なのに。ここに描かれているのは紛れも無く貴女だ」


カトリーヌの顔は一気に赤くなり、先程までの怒りとは違う震えがおきる。


「わ、わたくし、こんな事存じませんわ‼︎言いがかりです!確かにこの絵はわたくしに見えますが、それは何者かが故意にわたくしを陥れようとして描いた姿絵に違いありません!」


「ふ〜ん?そうなんだ」


自分で話を持ち出したのにも関わらず、レナードはカトリーヌの言葉には全く関心がない様子で答える。


「にしては、生々しいよね。特にこの男の上に跨がる様子なんて」


その後もレナードの絵に付いての解説は続いていくが、ヴィオラは余り理解が出来なかった。確かに裸で抱き合う男女の姿は恥ずかしいと思う。だが、レナードの発する言葉はどれも聞き慣れない言葉ばかりだ。


その間にも周囲からは「おぉ〜」や「きゃっ」などの声が上がっていた。


「幾らご説明頂こうと、わたくしには身に覚えはございません。それとも、この姿絵の様な行為をわたくしがしたと、証明出来ますか?出来ませんでしょう?」


先程までとは打って変わり、カトリーヌは勝ち誇った表情でそう言い放つ。絵を見せられた時は動揺が激しかったカトリーヌだが、話をしている内に冷静さを取り戻し、自分が優位だと気づいた様子だ。


わたくしを動揺させて、自白させるおつもりだったのでしょうが……残念ながら、わたくしは浮気などしておりませわ。浮気をされておりますのは、殿下の方ではありませんか」


カトリーヌは、鼻を鳴らし笑った。


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