第5話 現実は想像よりもほんのちょっとだけ優しい。
「おはようございます、小野田くん」
「……おはようございます」
今日は妙に朝早く起きてしまったので、はやめに学校に来たのだけれど、もう木森さんが来ていた。
「今日は、はやいんですね?」
「少しはやく目が覚めたので来ました」
「そうでしたか」
そして教室に二人きり。
外からバイクの音なんかが聞こえてくるけれど、それくらい。
気まずい。
「小野田くん」
「はい!?」
「どうしたんですか?」
「いえ、ごめんなさい」
「? あの、連絡先、交換しませんか?」
連絡先……
勘違いするよ?
それでもいいの!?
なんて、口には出さないけれど、頑張って念じる。
「……もしかして、イヤ、ですか……?」
「しましょう、すぐしましょう」
「よかったです」
女の子ずるいよぉ……
生まれた時から女優とか言うんだっけ?
一瞬、目が潤んでなかった?
あんな目をされて、スルーするとかできませんよ?
「気軽に相談してくださいね」
「……」
ですよね~……
先生から言われて友達になったんですから、連絡先も相談のためですよね~……
でも、プラスプラス。
色々抜きにして考えれば、今週だけで同じクラスの女子の連絡先を3個手に入れたってことなんだから……うん、嬉しいよね?
「でも……」
「え?」
「……いえ。それよりも、小野田くんは一限目の課題やってきましたか?」
「課題……?」
「はい。古文を訳してくる課題が出てましたよね。順番的に、今日は小野田くんも当たるのではないですか?」
「……」
古文の
「もしかして、忘れてましたか?」
「はい……」
「……よかったら、写します?」
「え?」
思いがけない言葉がかけられた。
木森さんのイメージは、『真面目』だ。
長く、つやのある黒髪も、クラス委員長という肩書もそのイメージを強調している。
騒がしい生徒には注意をし、真っ先に挙手をする。
そんな、木森さんが写させてくれる、というズルを提案してくれるとは思わなかった。
「えっと、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「……」
「……」
整った字は本当に見やすくて、写すのも楽そうではあるのだけど、思うより、はかどらなかった。
ちらちらと木森さんの方をうかがってしまう。
もちろん?目は合わせてないです! ごめんなさい!
「どうかなさいましたか?」
「いえ、なんでもないです……」
「もしかして、なんで写させてくれるのか、って思ってますか?」
エスパー!?
どうしよう、こういう時ってどこに電話すればいいの?
警察? 病院? それとも……えっと、どこ!?
「ぷっ……」
「え」
わ、笑われた……
「ごめんなさい。ちょっと勘違いしてました」
「か、勘違いですか?」
何を勘違いされていたので?
というより、勘違いするほど俺について考えてくれたことが?
他の人は目に入ってもきっと何の感情も抱いてくれていない気がする……
優しいかもしれない!
「も、もう、あんまり笑わせないでくださいよ」
「わ、笑わせてないですよ!?」
こ、これは……顔?
顔を笑われているのでは?
え、どうして?
顔は洗ってきたから何かついていたりもしてないだろうし、寝ぐせも直してきたし、歯磨きもしたから何か歯に挟まっているということもないだろうし……
「あはは、小野田くんって、結構、顔に出るんですね!」
「顔に……」
そんな、俺って顔に出るタイプだったの?
え、それじゃあ……
今まで教室で、にやけたりしていたのでは……?
「また、顔に出てますよ」
「……」
よく考えたら今、マスクしてるんですけど。
マスクを貫通して伝わってるってこと?
あ、でも、日本人は結構、目から表情を読み取っているってネット記事で見たことあるかも。
信憑性はかなり薄いけど。
「今、課題を急いでやったとしても、身につきませんからね。写していいので、帰ったら復習してくださいね」
「はい……」
やっさしぃぃぃ!!!
天使……?
天使降臨しちゃった?
いいの?
俺崇めちゃうよ?
外聞も気にせず崇めて色々祈っちゃうよ?
「あ」
「え?」
他のクラスメイトがやってき始めた。
今の状況は、座っている俺の席の前で、木森さんが俺の前に立ちながら手元をのぞき込んでいる形。
い、急いで写さないと!
+++
昼休み、私は社会準備室にやってきていた。
「あの……」
「ん? おぉ、
「その……えっと、小野田先輩のことなんですけど……」
目の前の生田先生が、私と友達になってくれる人がいると教えてくれた。
その人は男の人で、先輩らしいのだけど、私と気が合うと言われて、勇気を出してみたのだけど……
「おぉ、どうだった?」
「女の先輩たちといっつも一緒にいるんですけど……」
放課後も、今日の朝も。
隙を伺っていたけど、ずっと女の人と一緒にいた。
「あぁ。それは俺が頼んだんだ」
「先生が?」
「小野田も友人がいないからな」
……つまり、自分から友達になったのではなくて、他の人から言われて友達のように振舞っているってこと?
それは……つらい。
想像だけで吐いてしまいそう。
「が、頑張ります! 失礼しました!」
「お……」
何か言いかけていた気もするけど、私は先輩のいる教室まで走った。
何かやましいことがあるわけじゃないんだから、堂々とすれば……
堂々と……?
「無理……」
そんなのできないよぉ……
+++
「……あー」
行っちまった。
まー、いいか。
ちょっと背中を押してやろうかと思ったんだが、大丈夫そうだな。
なんかちょろそうだし。
それにしても、小野田はうまくやってんのか。
いや、俺がか。
……なんてな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます