ACTion 12 『彼は未来を示したい』

(なんやと、逃げられたやとッ。お前ら何、もたもたしとんねんッ!)

 エレベータで『ミルト』フロアへ飛び上がったテンは、下二本の腕を振り回し綴っていた。この手振りこそ音声言語を持たない極Y地方独特の言語、通称『動話』である。ままに舞い上がった標的を見上げる船賊たちの中へテンは踊りこんだ。上二本の腕で握っていたスパークショットを振り回すと、並ぶ頭を手当たり次第に殴りつけてゆく。合わせてフルフェイスのガスマスクは小気味よい音を立て、しかしかしながら状況は今、その愉快さからほど遠いところにあった。我を取り戻して船賊たちも、そんなテンの周りから後ずさってゆく。

(どいつもこいつも、やる気はあんのかッ? これはいつもの仕事とちゃうねんぞッ!)

 様子はなおテンの苛立ちをつのらせ、手刀と動話が空を切っていた。

(言うても、ボスぅ……)

 伝えて折られる指はあったが、テンのひと睨みに萎えてすぐにも降ろされてしまう。かばい、また別の船賊が身を乗り出していた。

(わかってるって。せやからみんな、いっぱいいっぱいでやってるねんて)

 同じラバースーツにガスマスクをつけているせいで固体識別は困難だが、その親しみのこもった動話は幼い頃からテンをアニキと慕うクロマで間違いない。関係が後ろ盾となっているクロマはときに、こうして皆の気持ちを代弁することがあった。

(そんなもんは言い訳やッ。結果、でぇへんかったら、どれだけ頑張ったいうても意味あらへんのやッ。わかっとんのかッ!)

 そんなクロマへも容赦手加減のない罵倒は浴びせられる。

(そら、そうやけど……)

 さすがにクロマの手元も鈍り、放ってテンはあさっての方向へ腕を振り上げた。

(どこ行ったっ、無線係っ! だいたいここはオルターのとこが張っとく予定やったんちゃうんかっ。オルターや、オルター呼び出せッ!)

 綴れば私語を挟みつつも、動話は波紋と広がってゆく。

(無線! ボス、荒れとんぞー)(あいつら、よう、こんなとこ飛びよったな)(装備切って、飛べるか試す?)(あかん、あかん、どこいくかわからんて)(無線! オルターに連絡やてー)(はよせなまた雷、落とされるでぇ)

 なら、音声を媒体としない通信のため、スキャンされてきた動作映像を投影する通称、プラットボードを、首から下げた通信係は伸び上がってみせていた。

(ボスぅー、つながりましたー! なんや、よう分からん言い訳、送って来てますぅ。それからミクソリディアから中央制御室制圧完了いうて、入りました)

 目にした周囲で交わされる私語が、またもや同時多発的に広がってゆく。

(やるなぁ。せやけど、やっぱ無理やねんて)(なぁ。だいたいオルターんとこも、フリジアんとこも、ミクソリディアんとこも、この間までシマ争いしとった間柄や。生き残りがかかっとるからゆうて、んな急に足並みが揃うかっちゅーねん)(ホンマ、ホンマ。俺らは滅び行く極Y地方の、ただの船賊でええねん)(せや、明日、それなりに美味いもん食えて、綺麗なおねえちゃんと遊べたらそれでええわ)

(うるさいッ! お前ら、自分のことだけしか考えとらんのかッ!)

 たちまち腕のみならず体全体をしならせたテンの動話が蹴散らした。

(これには極Y地方全体の未来がかかっとんねんぞッ。しょうもないことばっかり言うとるなッ。ええか、無線係ッ、オルターにはさっさと体勢、整えんかい、いうとけッ!)

 振り回された腕がひゅん、と音を立てている。見て取った周囲で私語はピタリとやみ、通信係がふたつ返事で手を振り返してみせていた。

(りょー、かいっ!)

 立て続けテンは別の船賊もまた呼びつける。

(追跡はまだできとんのか、担当ッ!)

 再びそぞろに動話は伝播され、無線係の反対側から追跡担当が腕を振り返した。

(まだマークされてま!)

 さらにこうも付け加えて振る。

(せやけど、ボス! これ以上、離されるとマズいっス。反応、弱まってきてるみたいっス!)

(おんなじルートで追いかけるのは、ちょっと危険や)

 見て取ったクロマがテンの視界を動話で遮った。 

(わかっとる)

 テンは深くうなずき返し、少しばかり落ち着きを取り戻した腕を振り上げた。

(シャトルや。ひとまず上層階へ移動するッ!)

 囲う船賊たちが指示を伝えて動きを模してゆく。様子をテンは見渡し、ゆきわたったところで身をしならせると次を繰り出した。 

(ええかッ。失敗したら後はあらへんのやッ! このままやったら造語をしゃべれん極Y地方が既知宇宙で生き残れる確率はあらへんッ。せやから俺は音声言語を手に入れることにしたッ。そのために好かん奴らとも取引したッ。条件として指定された奴らは必ず連れ帰るッ。なんや今さら動話、捨てるのが嫌やからいうて、手ぇ抜くような奴がおったら承知せんからなッ! 俺らは晴れて造語を話す最初の極Y民族となって故郷と中央を繋ぐんやッ。忘れんなッ!)

 船賊たちは、いつからからそんなテンの動話へ見入っている。テンがこうした場面で放つ動話には、確かにそうも他を魅了してやまない華が、美しさがあった。それは標準的な極Y体型に比べると長い手足のせいだからだとしても、そこから醸し出されるしなやかさとたおやかさは、動話を華麗な舞踏かと錯覚させるだけの魅力にあふれていた。そうまるで、まだ動話が虐げられる以前の遥か昔。アナログ楽器をバックに世紀の踊り手として宇宙に名を馳せた極Yの英雄、トニックのように。言うまでもなく敵対していたオルターやフリジア、ミクソリディアたちが作戦に協力することとなったのも、そうしたテンの資質によるところが大きい。

 最後、振り切ったテンの腕が宙を指し示す。

 見入る船賊たちの間に、息を飲むような沈黙は訪れた。

 次の瞬間、雄叫び代わりと、スパークショットは振り上げられる。意気消沈していた士気は高まり、早速にも消えた標的を追うべく手近なシャトル乗り場を知らせて動話が、誰もの間を流れていった。模した者から次々と、ゲートへ向かい駆け出してゆく。

 足の踏み場もないほど乗り込んだシャトルからは、ミクソリディアたちの制圧により急激に絞られた重力のせいでよれるように回転している発着リングが見えていた。おかげでつながるシャトルチューブも揺さぶられると、シャトルは右へ左へ機体をぶつけながらリングへ向かう。

(追跡係、反応は?)

 揺れに堪えながらテンが手を振った。

(かすかに……)

 隣にいた追跡係が答えかけ、すぐにも腕を振りなおす。

(いやぁ、増幅中っス。方向、合ってます!)

 やがて合点がいったように、その手で自分のガスマスクを弾いた。シャトルチューブと平行に伸びる、半透明でもなければシャトルも通れないような細いチューブを、通信係は指し示す。

(あれや、メンテ管つことんのや)

 その向こうでフリジアの船が、サルベージしていたシャトルチューブから離脱し始めた。ならシャトルチューブは支えをなくしたようにぐにゃり、折れ曲がり、リングの不安定さへ拍車をかける。

 そこで視界は塞がれた。

 ほどなくシャトルは発着リングへ到着する。

 ドアが開きかけてつっかえ止まり、力任せと押し開けテンたちはシャトルからメイン通路へ飛び出した。救命具を吹かせあふれかえる利用者たちを目の当たりとする。なら利用者たちもテンたちを見つけてありとあらゆる言語の悲鳴を上げ、逃げ惑えばテンたちの視界こそ開けていった。

 ままに、シャフトをなぞり視線を上げてゆく。

 テンはそこに、ひと塊となって浮かぶ標的をとらえていた。

 目がげ駆け出す。

 だというのに行く手を塞ぎ、隔壁は降ろされていた。振り返れば背後もしかりだ。周囲から利用者の悲鳴は上がり、テンたち船賊もまた千々に手を振り慌てふためく。

(ひゃー)(マジかよ!)(閉じ込められたんちゃうんか、これっ?)(まじやばいー、やばいー)

 もう、こうなっては船賊も一般利用者も差がない。ならこの状態で伝播は無理だと無線係が、テンの前へ踊り込んだ。

(ボス!)

(なんや!)

(オルターは部下の命を優先すべく、現場を離脱する)

 送られてきた通信らしい。綴ってよこす。

(好きにせぇ! それよか今は、あいつらを追う方法やッ!)

 瞬間、発着リングが大きく揺れた。利用者が、棒でかき混ぜられたかのように宙へ舞い上がる。装備のおかげで地に足をつけているハズのテンたちでさえ、立っておれずよろめいた。

(次はなんやねんッ!)

 振りかぶれば、それはクロマだ。

(アニキ、船や! 俺がシャトルん中で通信係に呼ばせた)

(何、勝手なこと、しとんねん、お前っ!)

 返すテンの動話も、らしからぬオーバーアクションに乱れる。

 なら周囲で、(船)と(呼ばせた)の動話は広がり、中でクロマは肩をいからせ腕を振った。

(今は立て直す時やってっ!)

(隔壁くらい抜けるやろがッ!)

(ムリや。それまでここがもたへん、って!)

 とそれは、振り合うテンとクロマの向こう側だ。天井がぼうっと赤く腫れ上がった。かと思えば脳天をゆるがすような破裂音は鳴り響き、撃ち抜かれた天井から稲妻は噴き出す。

(早く乗って下さい!)

 焼け落ちたそこから、知った顔はのぞくと呼び寄せていた。同じ船賊のメジャーだ。動話というよりももうそれはジェスチャーに近い。

 通常、船はカギ爪状のスワッピングマニュピレーターで対象をアンカー。サルベージウインチを巻いて船を対象へ固定させ、互いの間に気密カーテンを張って突入している。だがリングが安定していないせいだろう。双方の間に微妙な隙間が生じると吸い出されて、通路内へ突風を吹かせていた。先ほどの一撃に黒焦げとなった利用者は宙を舞い、翻弄されてメジャーもいっとき船内からおろすワイヤーリフトへしがみついて堪えている。

(早く! あなたが示したいのは未来なのでは? その未来を信じるなら、次は必ずあるハズです!)

 ジェスチャーではなく、今度こそテンへ動話を放ってみせた。

 睨みつけてしばしテンは動きを止める。前のめりだった姿勢をやがてじわり、起こしていった。繰り出されたのは絞り出したような動話だ。

(……しゃぁない)

 上二本の腕がスパークショットを背へと差し戻した。同時に下二本の腕を振って周囲へこう動話を放つ。

(お前らッ! 退避や。全員、装備切って船へ戻れッ!)

 合図に待ってましたと、船賊たちは降りて来たワイヤーリフトを掴むと、気密漏れにも吸い上げられて帰還してゆく。

 次々と引き入れメジャーは、船内に残っていた者らへ負傷者の確認を指示した。そんな彼らは言うまでもなく荒事に向かない性格の持ち主ばかりだ。戦力外を船に乗せるなど、コストを食うだけで船賊らは避けるがテンはその範疇にない。自室にこもっていた者も、キッチンで食事の仕度に従事していた者も、機関部の年寄りも、この時ばかりはと体を動かした。

 やがて全員の収容を確認した船は、その腹を閉じる。機密カーテンを格納後、スワッピングマニュピレーターを解除。船体を固定していたウインチ巻き取っていった。そしてこの先こそ荒っぽくならざるを得ないなら、船内を発令されたエマージェーシーに従いブルー一色へ染め上る。

 クロマは船へ体を固定するよう仲間たちを急かして回り、任せてメジャーも指を折ると投げかけていた。

(英断ですよ。テン)

 その足は艦橋へ向かうテンの後を追いかけており、だがテンの表情はおもわしくない。

(ちゃう。こっちへ連絡しよったんはクロマや。勝手なことしよってからに)

 怒りもあらわと手を振り下ろす。

(あなたが心配なのです。きっと)

(ふん。信用を失ったもんやな、俺も)

 そんな互いは並んで艦橋へ踏み込む。

 瞬間、視界で動話は炸裂していいた。

(くぉらッ、おそいわ、テン! もう待てん、っちゅーんや!)

 四本の腕をとっかえひっかえ器用に使い分けながら、八つのスロットルを絶え間なく操るこの船の操縦士、コーダだ。何しろ周囲にはリングを離脱し続ける他船やら、崩壊を続けるリングの残骸が縦横無尽と飛び交っている。乗員回収中、それらとの接触に肝をつぶして停留を続けていたコーダの我慢はもう限界に達していた。

 答える代わりにテンはスパークショットの銃身を、傍らの充電器へ突っ込む。各船から流れ込んでくる通信を伝える足つきのプラットボードを、掴んだ。揺れる艦橋内、のしかかるようして身を固定するとコーダへ向かい腕を振って合図を送る。

(よっしゃ、離脱や!)

 船が推力を上げていた。

 スパークショットを充電器へ刺していたメジャーも、慌てて充電器へしがみつく。

 乗せて船は、他船を放出し続けるリングと直角に、つまりリングを貫くシャフトと平行に、宇宙へと乗り出していった。最中、避けきれなかったいくらかと接触して船は揺れ、堪えながらテンはガスマスク後頭部、スリット脇にあるボタンを押し込む。同時にもう一本の腕もまたコーダの視界へ突き出し綴った。

(コーダ、このまま光速へのれるか?)

(無理やない、ゆーたら、うそやけどな。ちょいとリスクはあるで。なんせこの中、突っ切っとんやからな。無傷でおるワケないがな!)

 見届けて、スリットから吐き出された光学バーコードをプラットボードへ読み込ませ、送信した。もう一方の手で、『フェイオン』離脱を伝えよこす他船へ作戦の失敗もまた伝えて回る。さらに有り余る腕を駆使すると、コーダへこうも綴って返した。

(あかん思たら、下りてくれ。これや。そこに向かう。何がおるんやわからんけど、手がかりが残っとるかもしれん)

 それは取引先から提示されていたデータだ。プラットボードにメモよろしく添付されていたそれを、コーダの手元へ転送する。受け取ったコーダが展開すれば、ナビプログラムとなった。

 確認してコーダがちらり、視線を投げる。テンへ答えて返すその前に、大きな息を吐いてみせた。

(言っとくけどな)

 振られた動話には、納得できないものを飲み下すような間合いがある。

(俺はあんたがいうから、やるんやで)

 言わんとしているコトは、テン自身が一番よく分かっていた。噛み締めるようにうなずき返せば見て取ったコーダはひとはだ脱ぐか、と伸びあがる。

(おっしゃ、ちょっと足は遅うなるけど、産業ゲートで貨物船に紛れるとすっか! もう、縮こまっとらんでもええやろ! 至急、カムフラージュの準備にかかってもらうで!)

 船はもう幾分、閑散とした海域へと抜け出ている。見計らいコーダがエマージェーシーを解除したなら、ブルーの明かりが剥ぎ取られた船内で船賊たちは、そぞろに動き出していた。

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