ACTion 10 『JAM!』
「あんたが一緒で助かった」
船首側、突き当りから上へ伸びるハシゴを手繰り、アルトはコクピットへ出る。一足先にもぐりこんでいたライオンは半径三メートル足らずのアクリルドーム、その中央に据えられた座席で、息を吹き返した計器類の淡い光を見回していた。
「驚いた。ただのスクーター船だとばかり思っていたのだが」
こぼしアルトへ振り返る。
「仕事柄、ちんたら飛んでたんじゃ、儲け損ねるんでね」
そんなライオンと身をすり合わせるようにして、アルトは場所を入れ替わる。背から剥がしたスタンエアを座席側面に張り替えると、オーダーメイドの座席へ体をはめ込んだ。背負い込まんばかりに手早く四点ベルトを締め上げてゆく。
「だがスクーターでは光速には乗れんだろう?」
「乗り入れが許可されていないのはサイズに問題があるからじゃない。その点、こいつは大型船舶と同じスペックだ。相当の使用料も払ってる。船種詐称だって文句を言われる筋合はないね」
交互にフットペダルを踏み込み動作を確認しつつ、返したアルトは左手スロットル脇のコンソールを弾いた。ならどうやらついにその術を覚えたらしい。
「で、あのふたりはどうした?」
明かされたところで聞き流すとライオンは、別の疑問を投げる。
「カーゴなら問題ない」
高速運転に伴い動力部が、風を切るような高音を発し始めた。
格納庫、船尾側で、すっかり歪んだ鉄扉を覆い隠しエアロックもまた閉じられてゆく。連動すると管制からコロニー周辺の航路状況は送られてくると、それまで無色透明だったアクリルドームにホロ映像の膜は青く広げられていった。たちまち出航してゆく機影と、その予想軌道が幾重にも重なりリアルタイムで表示されてゆく。
「それは名案だな」
しかしながらそこに抜け道はない。我先にとコロニーから飛び立つ機影の予想軌道は絡まり合うと、アクリルドームを、アルトの視界を混沌と埋め尽くしていった。
同様に目にして察したライオンが周囲へ両手足を突っ張る。
「ただでも込み合うエリアだというのに!」
身構えれば、閉じた後方エアロックと連動して、真正面の格納庫扉が開いてゆく。が、生じた歪みが原因か。三分の一も開いたかどうかというところで動きを止めた。管制からの情報もまた途絶える。アクリルドームを砂嵐は覆い、見限ったアルトの手は即座に自前のナビを立ち上げた。とはいえ管制との連携上、ここはそれ以外を規制するエリアでもある。立ち上がったナビはひたすら囲う格納庫内の様子だけを示し続けた。
「いいたかないが、俺たちゃ、よっぽど嫌われてるってワケだ」
「このどさくさに紛れて、わたしを仲間に入れてくれるな!」
「そいつは、失礼」
拒むライオンへ笑ってアルトはスロットルを握りなおす。
膝下のスターターをワンプッシュした。
風切る駆動音へ低音が、膨れ上がるように重なってゆく。あわせてスロットルを絞れば船体はその場でゆるゆる上昇してゆき、マタドールに立ち向かう闘牛のごとく闘志もあらわと右へ左へ横滑りを繰り返しながら、わずか開いた格納庫の隙間から外を睨んだ。
そのコクピットで同様に見据えてアルトも軽く唇を湿らせる。
「吹き飛ばされんなッ」
こたえるライオンが無言でうなずきしたのが合図だった。
操縦桿を傾ける。
船体が滑り出した。
同時に、フットペダルを蹴り上げれば船体は、きっかり縦へ九十度、回転してみせる。小ぶりなスクーター船ならではだ。半開きと停止した格納庫の扉をみごと、すり抜けた。
とたん広がる視界に、大小様々な船がもんどりうって交差する。規制は解かれ反応するナビがアクリルドームへ次々機影をぶちまけた。絡まる軌道が見る間にドームを塗りつぶしてゆき、その中でも急速に接近してくる数機をマークしてみせる。はなから最大ボリュームだ。警告音を鳴り響かせた。
一手に引き受け待ったなし。今一度、アルトは逆足のフットペダルを蹴り上げなおす。見つけたばかりの抜け道へ、反転させた船体を迷わずもぐりこませた。
くぐり抜ければ息継ぐ暇なく左展開。右舷から突っ込んでくる他船をかわす。立ちふさがる軌道の網へ、次なる突破口を探し目を走らせた。なら固く結ばれていた予想軌道はほどけると、誘われるまま船体を落としこんだところで、唐突と視界へせりあがってきた鉄塊に否応なく心拍を跳ね上げる。
崩壊しつつある『フェイオン』の残骸だ。あまりに周辺が混み合い過ぎたせいで、ナビが処理しきれなかったに違いない。
思ったところで慌てるあまり大きさも距離もうまくつかめない。
ままに逆噴射を敢行していた。
勢いに踏ん張りきれなかったライオンがコクピット内をどこぞへ吹き飛ばされていった。そのさらに奥で思い切りシェイクされた居住モジュールがけたたましい音を立て、抜けるほどの勢いでアルトは立て続け、左フットペダルもまた踏み込む。ライオンと船体の上げる悲鳴を聞きつながら、吹き飛ぶような左展開でせり上がってきた残骸を船体の腹へと押しやった。その大幅な減速に周囲の予想起動は瞬時にして組み替わると、新たに編まれた軌道の穴へ、両手足総動員で船首を振りなおす。
くぐり抜け、他船を幾らもかわしていた。
優雅に航行する超巨大観光船を盾に、閑散とし始めたエリアへと抜け出してゆく。
やがてそんな超大型観光船とも軌道を分ければ、あれほど鳴り続けていた警報音はようやくそこで鳴り止んでいた。
絡まる軌道のほどけたアクリルドームには、瞬きを忘れた星がごまんと張りついている。死を連想させる静寂を、輝き深く漂わせていた。
実感するまで、どれほど時間をかけたかはしれない。
前屈みのまま浅い呼吸を繰り返し、アルトはスロットルから手を引き剥がす。オートパイロットのスイッチを、痺れたようなその手で弾き上げた。
計器から光が落ち、代わりと灯る白色灯に辺りが平らと照らし出される。同時に働き始めた簡易重力は、その足を久方ぶりの地へ下ろさせていた。だからして背後から聞こえてきたのは鈍い音となり、食い込んでいたベルトを外してアルトは振り返る。ライオンは、そこで上下逆さとひっくり返っていた。
「おい、大丈夫、か?」
声を掛ければライオンも、こう答えて返してみせる。
「ちょうど慣れてきたところだ」
笑わずにはおれまい。
「あんたにしちゃ、上出来だ」
歩み寄って手を差し出せば、掴んでライオンは正しい上下を取り戻した。しばし放心したような面持ちでその目を泳がせる。
「……助かったのか?」
「船賊も、ついてきてないようだしな。一生分の運を使い果たしたってところだ」
つまり今度は、ライオンが吹き出す番となっていた。
「なるほど。ならば、残りは実力で切り抜けるとしよう」
腰を上げてようやく気付いたらしい。
「なんてありさまだ」
確かに発色のよかったオレンジ色のツナギは今や、ススと得体の知れない流動食に塗り固められて見る影もなくなっている。無論、二発目の落雷で飛び散ったあれやこれやを頭からかぶったアルトなど、それ以上のいでたちとなっていた。
「悪いが、ランドリーなんて気の利いたものはないぜ」
脱いだ作業着を座席へ投げる。その体を階段へと傾けた。
「どこへゆく。メッセージは聞かないのか?」
ツナギから顔を上げたライオンが気づき呼び止める。
「いや、カーゴへ行ってくる。後回しにされたことがバレたら噛みつかれそうな雰囲気だったんでな。メッセージはその後だ。何かあったら下層の一番奥にいる」
上がった時、鳴ることのなかった靴音が小気味よく鳴っていた。響かせアルトは、振った手で進行方向を指し示す。その手が吸い込まれるように下層へ消えたなら、残されたライオンはコクピットでひとり、ヒゲをヒクつかせていた。
「……冗談じゃない。まだ何か起こるとでも言いたいのか」
ドアがスライドする。
相当に揺れたことを示して、灯る明かりがカーゴ内に渦巻くホコリを照らし出していた。払いのけ、アルトはその奥へ目を凝らす。
「死ぬかと、思ったわ」
地を這うような声にぎょっとしていた。見れば目の前だ。並ぶネットの中に恨みのこもった三白眼は浮かんでいる。
「お、驚かすなよ」
取り繕うと急ぎフックへ身を屈めた。外そうと手をかければ、ネットを揺り女はそれを拒む。
「あたしじゃなくて隣が先でしょ」
仕方なく、デミと紹介された『デフ6』のフックへ手をかけなおした。外せば張力を失いネットは解け、かき分け中からデミは勢いよく飛び出してくる。続けさま女のフックもまたはずせば、ネットに絡まりながら雪崩れるように床へと吐き出されていた。
「い、ったぁい……」
「その勢いで大事な商品に傷、つけてくれんなよ」
「だったら今度からちゃんと座席、用意しておいてよね」
打ち付けた尻をさすりつつ、唸って女は立ち上がる。仕事を終えたネットは再び一本のロープへ戻ると、アルトの手から天井へと吸い上げられていた。
「そいつはよれよれの爺さんになって、観光遊覧船の船長にでも転身したなら考えておいてやるよ」
「あらそう。それはそれは豪華なシートで遊覧してくれるんでしょうね。代金、弾まなきゃ」
「誰が恵んでくれと言ったかよ」
と、返したアルトの視界へ女の手は伸ばされる。意味が分からずアルトはしばしその手を見ていた。
「だけどデミの言ってたことはホントだったみたい。ジャンク屋なら大丈夫だって。ともかくありがと」
辿って持ち上げた視線の先に、微笑む女をみつける。
「あたしはネオン。言っとくけど、これ皮肉じゃないわよ」
小ざかしくも翻弄されて、アルトはひとつ息を吐いていた。
「アルトだ。礼は素直に受け取っておくよ」
その手を握り返す。
『ね、ジャンク屋なんでしょ? おじさん、ジャンク屋なんでしょ?』
ほどいたそこへ割ってきたのはデミだ。
「ぶら下がってるガラクタを見るなり、この子があたしにそう教えてくれたの」
見やったネオンが肩をすくめる。
『ね、そうでしょ? ジャンク屋なんでしょ?』
繰り返すデミは『ヒト』語が聞き取れないらしい。
「ガラクタって言うな、ガラクタって」
『だったら、どうした』
ネオンへ『ヒト』語で返し、アルトはデミへ造語をつづってやる。
『やっぱりそうなんだ! ぼく一度、ホンモノのジャンク屋に会っておきたかったんだ!』
「とにかく、ずっとここにいろなんて言うつもりはない。表へ出るぞ」
目を輝かせてデミはまといつき、蹴散らしアルトはドアをスライドさせた。とはいえ狭い船内だ。行ける場所など限られている。居住モジュールのドアを開いて覗き込み、即、閉めた。先ほどの逆噴射のせいだ。使えそうもない。仕方なく、その足をコクピットへ向けなおす。
『ねえ、ねえ、だったらぼく、確かめたいことがあったんだ』
道中、前へ後ろへ絡みつくデミは器用なものだ。
『だって授業と実際じゃ、違うんだもん。ね、ジャンク屋って基礎理論には詳しいんでしょ? でないとお金になるパーツを見極められないんだもん』
その視線を避けきれない。
「おい、こいつ、本当にお前の助手なのか?」
見下ろしネオンへ振り返った。
「えっと、そうねぇ。十分だけ、かな」
「あぁ?」
「機材のメンテナンスをしてくれたの。そこで知り合っただけで……えっと、なんだっけ? サポジトリってとこの物理なんとかって学生さんだって、さっき聞いたわ」
とたんアルトは声をひっくり返す。
「サポ? なんだよ末はギルドか学者さんってヤツか」
おかげで言うべきことも定まっていた。コクピットへ続く階段を前に足を止める。デミへ目線を合わせてやると、ヒザを折り屈みこんだ。
『あのな、ぼうず。だったらひとつ教えておいてやるよ』
待ちに待った講義の予感にデミの鼻溜といえば、期待にはちきれんばかり膨らんでいる。
『この船に乗り合わせたのは仕方ないとしても、本当のおりこうさんてのはワケのわからねぇ話に首を突っ込まないもんだ』
聞き入る様は、師匠からの大事な言葉を受け止める弟子のようで、ままに大きくうなずき返す。さらに何が聞けるのだろう。アルトへ真摯な眼差しを向け続けた。
つまり、伝わっていないらしい。
しこうして沈黙は訪れる。
『あのな、俺の言いたいことは、少しはその鼻溜を閉じてろってことだッ』
耐えかねてアルトは立ち上がる。
「バカね。子供相手に何、脅してるのよ」
見る間に鼻溜をしぼませたデミを、ネオンが見逃すはずもない。
「勘違いしてんのは坊主の方だろ。こいつのために言ってやってんだ」
『違うもん!』
と、デミは弧を大きくしていた。
『ぼくは坊主じゃないもん! デフ6は子供のうちは雌雄同体だけど、大人になったらぼく、女の子になるんだもん!』
「……は?」
『でもね、一番の夢はおじいちゃんの店を継ぐこと!』
さらに高らかと宣言して、デミはアルトへ満面の笑みを浮かべる。
瞬間、アルトを底知れない疲れは襲っていた。
『……好きにしてくれ』
『ならね、ならね……!』
試合に勝って勝負に負けたアルトの尻を、デミの絶え間ない質問が叩きに叩く。されるがままでコクピットへと上がっていった。
「お、騒々しいな」
足音を聞きつけライオンも、その耳を立てている。
「こういうのは、けたたましいってんだよ」
『こら、勝手に触るなッ』
言う間にもデミは並ぶ計器へ向かい走り出し、振り回されて追いかければその後ろからネオンは頭をのぞかせる。
「無事だったか」
見つけたライオンが獣面をほころばせた。
「死にそうなほど振り回されたけれどね」
「船長が船長だから仕方あるまい」
「お前ら、放り出すぞ」
聞きつけ舞い戻ったアルトの脇には、デミが丸太と抱え込まれている。と、ライオンが、ふたりを前にやおら姿勢を正してみせた。
「わたしはパラシェントのルーケス・ク・ニット・タンぺーナイマだ。しばし空間を共にするものとして、よろしく頼みたい」
「舌、かみそうな名前だな。ライオンでいいだろ、ライオンで」
くさすアルトの隣で、なら、とネオンも名乗ることにする。
「あたしはヒトのネオン。こっちはデフ6のデミ。よろしくね。でもヒト語、上手ね」
「ボイスメッセンジャーをやっている。ヒト語は得意配送言語のひとつだ」
『ねえ、造語で話してくれないと、ぼく、分からないよ』
アルトの脇から飛び出したデミが、誰もを見上げて鼻溜を振る。
「あんたの船、回収できるかどうか、フェイオンへ戻ってみるか?」
足元においてライオンへとアルトは目を細めた。
「いや、もうこりごりだ。新しい船を買う。それだけの依頼料を同封の電子ウォレットで握らされた」
「それで……」
想像できた額にアルトは絶する。顔へ、ライオンもうなずき返していた。
「メッセージを握りつぶせなかった」
「ますますとんでもない依頼人ってワケだな」
なら装っている必要のなくなったその顔を、ライオンはすり替え始める。
「ちなみに、普段の義顔はこれなのだが……」
が、浮かび上がった瞬間だ。場の空気は凍りつく。見て取ったデミもたちまち泣き出すのだから尋常ではない。
「い、いや、先ほどの方がいいなら、それで通すが」
「そうしてくれ。船は狭いしな。そっちのほうが和む」
深くうなずきアルトは促し、その足元で泣き止まないデミがふらり、と倒れた。
「デミっ?」
慌てて抱きとめたネオンが体を揺さぶる。デミに気づいた気配はない。やがて鼻溜からイビキのような音さえ鳴らし始める。
「……まさかッ?」
気づき計器へ振り返ったのはアルトが最初だ。目は、一酸化炭素のゲージを探す。目盛はそこで危険濃度近くを表示していた。
「酸欠?」
言うなり座席の下から酸素マスクを剥ぎ取りネオンへ投げる。受け取ったネオンは余るほどのそれを、急ぎデミへとかぶせた。
「さっきの航行で事故ったか? フィルターならヒト五人まで処理できるハズだってのに」
任せたアルトは急ぎチェックに取りかかる。
と傍らで、手はすまなさげと挙げられていた。
「いや、申し訳ない。パラシェントはヒトの三倍の呼気量があってだな……」
瞬間、殺気にも似た緊張がコクピットに走ったことは言うまでもない。
振り返りざまだ。計器にかけていた指をアルトはライオンへ突きつけていた。
「黙れ。しゃべるな。息、吐くなッ」
つまるところメッセージの確認は、まだ先になる様子だった。
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