ハードボイルドワルツ有機体ブルース

ＡＣＴion 01 『１７０万ＧＫのホロレター』

　そう、コトは五十六万セコンド前にさかのぼる。

『金の手配は整ったぞ。ジャイロの方はどんなあんばいじゃ？』

　その時、馴染みのギルド、種族名『デフ６』のサス・フォーは、特徴でもある鼻と口の一体化した袋、 鼻溜（ハナタマリ） を揺らし、強化アクリルで設えられたドーム型のコクピット、そこへ投影された通信ウインドよりアルトを覗き込んでいた。

　さて、世間からどれほど泥棒呼ばわりされようとエコロジーをモットーに、廃棄衛星、放置コロニーに放置船、あらゆる浮遊物からリサイクル可能品を回収するのがジャンク屋だ。そんなジャンク屋からジャンクの買取りを一手に引き受けるギルドから、大型貨物船『ドリー』の超空間ジャイロ買取りが発表されたのはさらにさかのぼること二十五万セコンド前のことだった。

　その価格はギルドが活動を始めて以来、最高を示す百七十万ＧＫ。サスの通信はたぶんにもれずその争奪戦へ参加したアルトの、『ドリー』一番乗りを知らせたメールへの返信だった。

『万事、うまくいっとるのか？』

　ギルド加盟店として引き取れば、本部から買い取り価格の二割を手数料として受け取ることとなっているサスの目が、聞けばのけぞるような年齢を帳消しにして鋭い光りを放つ。

　見上げてアルトは操縦席で座りなおした。もったいぶると心待ちにするサスの前へ、ジャイロどころか何の変哲もないホロレターを突き出す。様子に瞬きを繰り返したサスは取り出した老眼鏡を鼻へ乗せると、モニター越しにしばしホロレターをなめまわすかのごとく観察してみせた。やがて会心の一撃をこう放つ。

『なんじゃ、ジャイロはその中にでも入っておるのか？』

　食らったアルトは掲げていたホロレターを下げていた。

『なわけないだろ。だったら百七十万のドリーどころじゃすまない世紀の大発明だ』

　何しろジャイロは三メートル四方の大物だ。引き取り側のサスがそのことを知らぬはずもなく、アルトは軽く舌打ちし返す。それ以上の悪態を飲み込んだ。

『いや、お前のことじゃ。思わず期待したわい』

　とぼけるサスははずした老眼鏡を振り回すと、高らかと笑ってみせていた。

『そのあつかましさ、見習いたいね。まったく』

『ならせいぜい、お前も長生きすることじゃな』

　そこでサスの調子は、真剣と改まる。

『で、一体、何がどうした？』

　逸れた会話を引き戻した。

『化けちまったのさ』

　アルトもまた吊り上げた片眉で切り返す。

『化け、た？』

『ドリーの船体に回収の足場を組んだとたん、物理配送員が自宅の警報に引っかかってね。考えもしなかったぜ。ほんの十数分だ。ほんの十数分、通配送員とやり取りを交わしている間に、ジャイロをさらわれちまった。終わった時はもぬけのからさ』

　聞いたサスの鼻溜が、ため息のようなものにいっとき大きく膨んでいた。

『そいつは新手じゃのう』

　同情するというよりも、感心するかのようなそれは調子だ。

『ああ、しかも相当に斬新な相手でね』

　付け加えてアルトも言う。

『ただの囮じゃないらしい。宅から転送されてきたホロレターの中には、コロニーフェイオンへのナビプログラムと、待ち合わせらしき見取り図が保存されていた』

　今一度、持ち上げ開く。

『今から行って、野郎と話しをつけてくるつもりだ』

　中身を晒せば諸々は宙へ浮かび上がり、指すの目にも触れた。

『何だ？　つまりそいつはお前にジャイロを買い取れ、と言ってきておるのか？』

　サスの口ぶりはあからさまと胡散臭げだ。。

『さぁな』

　目もくれずアルトは体を傾ける閉じたホロレターを尻ポケットへ押し込みなおした。

『やめとけ、やめとけい。いくら大金が動くとはいえ、相手は物理配送なんぞ値の張る囮を仕込んだやからじゃ。その日暮らしのジャンク屋ではあるまいて。お前、まさかツーファイブの一件をもう忘れたというのではなかろうな』

　ツーファイブの件とは、禁止されていた生物実験に失敗した新進気鋭の創薬会社、ツーファイブメディカルが、その処分にジャンク屋を利用した前代未聞の案件のことだ。ウィルスの蔓延したラボをマニア垂涎の骨董ＡＩサーバーと情報改ざんし、乗り込み汚染されたアルトら四名を滅菌ゲル送りにしたのである。

『あれは対象がジャンク屋全体だった。だがこいつは名指しだせ。放っておけるかよ。とにかく、送金のラインは確保のままだ』

　深く腕を組んでうなるサスへとアルトは放った。

『それからギルドへジャイロが持ち込まれたようなら、すぐに連絡を頼む』

『わかっとる』

　答えたサスはまたもや歯切れ悪げだ。

『じゃがなぁ……』

　その目は遠くを見つめていた。

『お前に何かあったら困るのう』

『そいつは、いたみいるね』

　だがサスの心配は、アルトの思うところとは異なるらしい。　

『なにせわしの抱えるジャンク屋の中で、お前が一番の稼ぎ頭じゃからのう』

　やおらすわるアルトの目。

『じいさん、あんた、そのあつかましさで身を滅ぼすぜ、きっとな』

　煙が揺れる。

　そうしてたどり着いた『フェイオン』の、指示通り居座り続けた『ラウア』語カウンターでかれこれ二時間。いやさらにもう十五分、経ってしまったか。だというのに今だ近づいてくる者はいない。

　またもやため息を吐き出し、ぎょっとしてその目を見開いた。

　煙だ。

　言うまでもなくコロニーでの有煙行為は厳禁である。だからして持ち込んだ無煙タバコのはずだった。

　慌ててカウンターへ押し付ける。

　遅かったか向かいで店員はすでに動き出していた。そんなアルトへ消化活動さながら強烈な息を吐きかける。胸を突く刺激臭だ。悶絶することしばし。残して店員は保健員どころか警備でも呼びに向かうつもりなのか。蛇腹扉を開き、バックヤードへ通じる背後のエレベータに乗り込み姿を消す。

「ったく、ドリーの呪いかよ」

　万が一を想定して作業着の背裏へは護身用の、コロニーへの持込が唯一許可されたガス銃、スタンエアを張り付けてきている。だがリミッターを解除したそれに相応の資格はなく、言葉で晴らせるイルサリ症候群の疑いならまだしも、警備員に見つかればそちらの方が厄介だと、アルトもまた手近なゲートへ踵を返した。

「ジャンク屋のアルトとは、あなたのことか？」

　『ヒト』語だ。

　そのとき声はアルトへ投げかけられていた。