第779話 たまごやき



 隔日の掌編の新作で掲載しきれないものは当サイトに……と思っていたカヨさん。

 だけど、入魂とまで言わずともそれなりに思いを込めたものだし、ちょっとねえ。

 で、季節の移ろいに間に合うよう、しばらく連日のアップに挑戦してみるもよう。




『玉子やき』



 なにがやだっていって、三時限目の終わりほど、いやなものはなかったよ。

 そうでなくても空きっ腹だってえのに、ぷ~としてくるのさ、甘い匂いが。


 町で一番の大きな医者の娘のところへ、毎日、女中さんが届けに来るんだよ。

 ほかほかの炊き立てのごはんに、赤いタラコと黄色い玉子やきがのっている。


 玉子やきには貴重な砂糖がたっぷり入っているから、そりゃあ、うめえのさ。

 しょっぱいタラコと一緒に食べりゃ、なおさらだろうて、ああ、うんめえな。


 なに、ただのひと口だって分けてなんぞくれるもんかい、わしら貧乏人に。

 女中に梳かせた長い髪に真っ赤なリボンなんかつけて、ツンと澄ましてさ。


 尋常小学校でもひとりかふたりだったろうさ、あとはみんな日の丸弁当で。

 それすら持たせてもらえない子どもは、井戸の水だけで我慢していたのさ。


 

      *



 そんな話を繰り返す母を疎ましく思い始めたのは、中学に進んだころだった。

 学校の教師になりたかった母は女子師範どころか女学校にもやってもらえず。


 7人もいる弟妹の惣領として、小学校を出ると家事や百姓仕事に明け暮れた。

 そのうちに太平洋戦争が始まり、女子青年団に入ったときなにかが目覚めた。


 飢餓感に苦しんでいた母は、なんでもいいから力を傾けたかったんだろうね。

 団長という最高のポジションを手に入れた母は、少し張りきり過ぎたみたい。


 あのときのユミエさあはおっかなかったなあ、兵隊みたいに号令かけてさあ。

 つい最近まで同世代の人たちからよく聞かされ、娘として恐縮したよ。💦


 銃後の守りも虚しく敗戦となり、30歳前後の女性ばかりが戦後にあふれて。

 やっと結婚相手が見つかったと思ったら、ひとまわりも年上の復員兵で……。


 で、生まれたのがわたしだったから、ひとり娘に期待したのも無理ないかも。

 当時は珍しかったピアノレッスンに通わせ、高校も最難関以外は眼中になく。


 まあ、しごく当然のごとく、従順だった娘の思春期の反抗に遭って戸惑い……。

 その根っこにあるのは、貧しい少女時代に憧れた甘い玉子やきだったんだね。

 

 

      *



 いまは亡き祖母のことを語る母の口調に、なんとも言えない苦みが潜んでいる。

 そのことにフウカは幼いころから気づいていたが、お利口に黙って聞いていた。

 

 娘に限って世間並みの反抗期などないと思いこんでいる母が憐れで滑稽だった。

 で、ある日「おかあさんもおばあちゃんと同じでしょ?」と反旗を翻したのだ。

 


      *



 ありがちな葛藤の期間を経て、落ち着くところに落ち着いたいまは冷静に思う。

 掌に包みこむように大事にひとり娘を育てた祖母にも母にも、息子が、いない。


 もしも娘でなく息子だったら、各々の親子関係は異なる様相を呈していたろう。

 そして、やはり娘だけで息子がいない、この自分もまた……。(-。-)y-゜゜゜

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