第145話 こまりもの



  

 

 カヨさんが小さな事業を営んでいたとき、見知らぬ人たちから頻々と自費出版の句集や歌集やが送られて来て、その処理に頭と身体と時間を費やされました。(-"-)


 一般社会ではそうした場合、相当額のご祝儀(2,000円程度)を包むのが慣例になっているようですが、勝手に送り付けられた側としてはとんでもないことです。


 当時の苦い思いが沁みついているので、閉業して一個人になってからも、たまに自費出版の類を贈呈されることがあっても慣習に従ったことは一度もありません。

 

 だいたいからして、紙の本しか伝達方法がなかった古い時代ならともかく、チャンネルがデジタルに切り替わった現代、自分という人間がたどったささやかな軌跡をわざわざ紙に印刷して他人に提供したがる心情がカヨさんには理解できません。


 その辺が、紙の本にして後世に残す意義がある小説とは大きく異なるところで、戦後間もなく、評論家の桑原武夫さんが「第二芸術論」で物議を醸されたように、本人が大げさに言い立てるほど苦労をして一句一歌を詠んでいるわけではないし、第一、何度も呻吟してやっと捻り出したものにろくな作品はない(これ真実です)句や歌は、詠んだ瞬間から過去として位置づけるべきであり、クリエイターとしての視線は常に未来に向けているべきでしょう、というのがカヨさんの考え方です。

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