第58話 かんざし





 

 ――もう秋だねぇ。


 散歩をしながらカヨさんは、ちびまる子ちゃんのようにつぶやいてみます。


 日中はまだまだ暑くて、薄紫色のサングラスにアームカバー、ときどきマスク、頭上には帽子or日傘という怪しげな装いは、真夏といっこうに変わりありません。


 でも、稲の穂が垂れ始めた田んぼを渡って来る風は、明らかに秋のものですし、積乱雲と鰯雲の間の曖昧な雲を浮かべた空も、やはり秋に移行しつつあります。


 去年は山羊が放たれていた花野ではコスモスが揺れ、猫じゃらしの穂先は薄紅に色づき、空の簪の百日紅は縮れた小花を地面に散らせ、あんなに威風堂々と見えた向日葵はいつの間にか首を垂れて黒い実をみっしりと付けており、桔梗や白粉花、鳳仙花が咲く頭上では、あざやかな朱色の凌霄花に秋の蝶がたわむれています。


 ――春の彼岸は防寒服だが、秋の彼岸は半袖で通る。


 そんなことがどこかに書いてあったけど、近ごろは爽やかな季節を味わう余裕もなくなっているからねぇ……ちびまる子ちゃん風に考えてみるカヨさんでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る