第15話 背中に書かれている事

 サロンは安旅籠でもよく眠れず、かなり朝早くにミゾラ診療室にやって来てしまった。


 玄関の鍵は掛けられていない。開けると待合室は無人で静かだった。まだあの青年も寝ているだろうか。


 静かに中へ入り、診察室の戸を開ける。


 するとサロンは驚いて後ろに転けそうになった。本の山の合間でまんじりともせずに机に向かい、険しい顔をしたあの青年が飛び込んできたからだ。


 本当に寝なかったのか……?

 

 サロンはじっと見つめる。こちらに気付いているのか、いないのか。


 「おはよう御座います」気付いてる。魔導文字クーンの写しを凝視したまま挨拶してきた。


 「おはよう。どうだ。分かったか」


「はい。分かったには分かったのですが。間違い無いとは思います。しかし、それによって分からない事が増えてしまって」


「何?」


「サロンさんの背中にはあの魔法剣メルネーロが封じ込まれているのです」


「え?どういう事だ?」


「そうとしか考えられません。魔導文字クーンが一語一句一致するのです」


「つまり?」


魔法剣メルネーロをご存知ですか?」


 知っているとも。村を襲った奴らが探していた、亡きメッシリアの国宝。


 「メッシリア王朝の国宝にして遺産レガシーと呼ばれる世界有数の魔導具。それの力がサロンさんに封じられているのです」


「よく分からない。その力は何かに移せると?」


元々魔法剣メルネーロというのは剣に魔導文字クーンを刻んだ物らしいのです。代々メッシリアではそれを受け継いできましたが、それが錆びたりして劣化すれば、その時代時代で最高の技術で作られた刀剣にその力を移してきたのです。あくまで刀剣はこの世の物質。それを魔法剣たらしめるのはそれに刻まれた魔導文字クーンであると」


 「本質は込められた魔導にあると?」


「そうです。魔法剣メルネーロ魔導文字クーンが刀剣では無く、あなたの背中に。しかも使えないようにされています」


「そうか。あの時、それが手に持つ刀剣に写りという事は、力が発動しそうになった。だから頭が……」


「記憶が飛びかけたのですね」


「ああ。それに……俺が目覚めた時……そうだ。奴らが探していたのは俺自身だったのだ」


「よく分かりませんが、それをこのマリバルで知られるのはまずい。このマリバル王国の欲深き国王はその魔法剣メルネーロを求めてメッシリア王朝を滅ぼしたのですから。私も先生も嫌いです」


「あの村は俺のせいで滅ぼされたのか……」


「帰って来たら先生に相談してみましょう。彼も昔は偉大なる魔導士として活躍した方。どうすべきか知恵があるでしょう」


 「俺は……メッシリアの人間なのか……」サロンは部屋の隅を見つめていた。


 「そのご容姿、そして背中の魔法剣メルネーロが本物ならばその可能性が高いと思います。あなたはひょっとしたら魔法剣メルネーロを託された者なのかも」


 「託された者」サロンは思考が宙に浮いてしまっていた。


 「とにかく誰かに悟られないように。それとコントロールして下さい。その力を使おうとしてしまえばまた記憶が飛びますよ」


「あ、ああ」ゴザイの布が頼りだ。あの家でも守ってくれた。



 玄関がけたたましく開いて誰かが駆けてくる音。サロンは驚いて過剰に身構える。


 政府に追われている……。


 しかし診療室に飛び込んできたのは商売人の格好をした男だった。


 「キロ!キロ!」青年の名前らしかった。その男は血相を変えている。


 「おやっさん。どうしたの?」キロはフラフラ立ち上がる。


 「先生が!先生が遺体で見つかった!」




 


 

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