第18話:芦田幸太はさらわれる

「学部長、朝からすみません」

小林課長が声をかけた目の前の人物は、それはもう威厳たっぷりの人だった。


顎と口にはたっぷりの白い髭。

そしてその髭の周りに深く刻まれたシワは、長い年月を歩んできた歴史すらも感じられるものだった。


でも、そんな学部長のいるこの学部長室は、よくある折りたたみ式の長机が2つ、重ねて置いてあるだけの質素なものだった。


その上にはたくさんの書類が積み重ねられていたけど。


「あ、あの、本日から地方創生学部教務課に配属されました、あ、芦田幸太と申します」

「うむ。学部長の、谷山だ」

学部長は、威厳たっぷりに頷いていた。


「芦田君、だったね。君は、この学部をどんな学部だと考えるかね?」

早速、学部長から質問が飛んできた。


これは、迂闊な答えだと怒られそうだな・・・


よかった。バスの中で事前に静海さんに聞いていて。

もちろん、寺垣さんの登場で雰囲気が悪くなる前にだよ?


「えっと・・・」


確か、


『地方創生学部は、そうねぇ。地方創生を牽引する人材の育成が、出来たらいいなぁって学部よ』

って静海さんは言っていた気がする。


「育成が出来たらいいなぁ、だとぉ?」

あれ?僕声に出してた?


まずい、まずいよ静海さん!

学部長ご立腹です!

いや、静海さんのせいではないんですけどっ!!


学部長が迫ってきてます!

助けて小林課長っ!!


チラリと目を向けた小林課長は、どこ吹く風と学部長室の窓から見える風景をのんびりと眺めていた。


裏切り者っ!


ほとんど初対面の小林課長に心の中で叫んでいた僕の肩を、学部長はガッシリと掴んだ。


あぁ、初日から怒られる・・・・


「よく分かっているじゃないか芦田君。いや、アッシー!!」


・・・・・・はい?


「そう!この学部は、地方創生を牽引する人材の育成を目標とする学部なのだ!

それを地域の人達は、学部の名前を聞いてこの学部が地方創生をする学部だと思っている!


そうじゃない!

我々教員は、研究者であり教育者なんだ!

決してイベンターではないのだっ!

もちろん我々教員ができることは協力するつもりだ!

だがこの学部のやるべきことは、学生を育てることなのだよっ!!」


学部長は、熱い瞳で僕にそう訴えかけていた。

えっと・・・いや、僕に言われましても。


戸惑う僕のことなど気にも止めていない学部長は、


「いや〜。言いたいこと言ったらスッキリした!」

と、清々しい笑顔を浮かべていた。


お役に立てたなら良かったです。


「ところでアッシー。君は煙草は吸うのかね?」

そんな学部長は、突然そんなことを聞いてきた。


というか、僕アッシーで決定なんですね、学部長。


「あぁ、えっと・・・普段持ち歩いてはいないですけど、付き合い程度には・・・」

と言っても、完全に酒谷さんの付き合いだけですけど。


「ほぉ、若いのに珍しい。煙草は私のをあげよう。少し、付き合ってくれたまへ」

「えっ、いや、あの・・・」

僕は助けを求めるように小林課長へと視線を送った。


「高橋君と松本さんには伝えておく!行ってきなさい!」

小林課長は親指を立てながらそう言って、学部長に引きずられる僕を見送っていた。



「あ、あの、学部長・・・た、確かこの大学、敷地内禁煙では・・・」

「流石は喫煙者!よく調べているではないか!」

戸惑いながら学部長へとそういう僕に、学部長は満面の笑みを返した。


「とっておきの場所があるのだよ」

そう言いながら学部長は、駐車場へと入っていった。


まさか、わざわざ車で敷地外に?


そう思っていると学部長は、とある車の前で立ち止まった。


「これが、私の城、スモーキング号だ!」

そう言って自慢気に言う学部長は目の前にキャンピングカーが佇んでいた。


「車の中は敷地外というわけだ!」

学部長はそう言ってキャンピングカーの扉に手をかけた。


あれ?今鍵開けた?


「あ、あの、学部長・・・鍵は・・・」

「安心しなさい!取られるものなどここには置いていない!君も、いつでも勝手に使ってもらって構わないからな!」

いや、流石に人の車に勝手に入って煙草を吸うわけには・・・


そう思いながらも僕は、学部長にいざなわれるままに車内へと入っていった。


広い車内の真ん中にはテーブルが置かれ、それを囲むように小さな椅子が2脚とソファーが置かれていた。


でも、僕が驚いたのはそんなことではなかった。


ソファーの上では、当たり前のように1人の男の人がプカプカと煙草を吸っていた。


「あっ、谷山先生、おつかれ〜ッス」

車内に入った学部長に、男の人は立ち上がることなくそう軽い挨拶を送っていた。


「あぁ、利島としま君。楽にしてくれたまへ」

現在進行形でソファーに座り、これ以上に無いほどに楽にしているその男の人に、学部長はそう声をかけて小さな椅子へと腰掛けていた。


「彼はアッシー。今日から教務課に来た期待の星だ」

学部長はそう、目の前で煙草を吸う男の人へと僕を紹介した。


いや、期待の星って。

僕まだここに来て何一つ仕事してません。


「彼は利島君。この学部の教員の1人だ」

「ちゃ〜ッス」


え!?この人も先生なの!?


大学教員のイメージが今日一日で色々と塗り替えられたような気がする。


その後僕は、学部長からもらった煙草を吸いながら、学部長と利島先生の2人と、他愛ない会話をしてキャンピングカーを辞した。



なんとか高橋係長と松本さんがいる部屋を見つけて入ると、


「煙草臭い。初日から煙草なんて良いご身分ね」

そんな言葉を松本さんから投げかけられながらも、小林課長と高橋係長のフォローで事なきを得た僕は、翌日の入学式に向けた準備に取り掛かった。

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