2021/01/22 樹の下にうずめる
我らが
その丘から、一キロメートル離れた場所にもう一つ小高い丘があった。町の子供の間では二つの丘を並べて【おっぱい丘】と呼称する習慣が伝播しているが、それも中学生から高校生くらいで収まってくる。これについて、僕は第二次性徴と相関があると考えているが流石に人前で公言したことはない。つまり、そういうことだろう。
もう一つの丘には大昔から生えている大樹があり、丘の上で四方八方に枝を伸ばしている。某魔法使い映画に倣って、それを【暴れ大樹】と呼ぶ者もいたが、そちらは流行らなかった。
太さは四、五メートルほどあり、ぱっと見ではなんという種類なのかも分からない。いつから生えているのかとか、誰が植えたかも定かではない。
そして、その樹の下に僕と
「本当に来るんだろうな、
「勿論だぜ、
大樹の下には上に伸びる枝以上に太い根が何本も張り巡らされている。僕らが大樹を訪れるために登ってきた舗装された道路からは見えないが、崖側の根本には大きな縦穴が開いている。野放図に伸びる筈の大樹の根が、その空間を避けるように取り囲んでいるのだ。獣が寝床にしていたとか棺桶が埋まっていたとかそういう噂になっている。
男子高校生二人が入ってもそれほど狭くなく、地表面が見えないということは二メートルほどの深さはあった。
僕らはそこに隠れて、人が来るのを待っていた。三月の穏やかな日差しが降り注ぐ中でなければ、男二人で並ぶのは御免被りたいところではなあった。
「この陽気の中で陽気になった若人が、この樹を訪れて青春の一ページを刻むんだよ」と気色の悪いにやけ顔を浮かべた妖怪のような男、稲織。
「やけに楽しそうだな、お前」
友人に不審な目を向けながら僕は続ける。
「しかし、告白が成功したらカップルが永遠に幸せになれる、ねぇ。そんな伝説があるなんて知らなかったな」
「そりゃそうだ。その伝説を広めたのは、何を隠そう俺だかんな」
僕は沈黙を保ち、彼に説明責任を求めた。
「告白が成功したらは誰目線なんだとか、永遠とはいつからいつまでのことぞやとか、まぁそういう話だな」
くだらない。悪趣味な悪戯ではないか。
「僕は帰ってもいいか?」
「おいおい待てよ。ここまで来たら一蓮托生、呉越同舟、旅は道連れだろ?」
「最後の一つは違うではないか!」
僕が縦穴の縁に手をかけた時、大樹の反対側に人の気配があることに気づいた。
僕はそっと手を引っ込めて息を潜める。稲織も同じようにした。彼の目は僕に「お客さんだ」と伝えていた。目で物を言うとは器用な奴だ。
「誰が来たんだ?」小さく稲織に話しかけた。
稲織が仕掛け人で、ここで待ち伏せているということは、相手が誰かも知っていて同然だった。
「
小材実といえば、ヤミ高に所属する帰宅部の女子だ。僕の印象ではあまり目立たないタイプの人だ。
「お前、あんな純情そうな子を誑かして……」
自分で言ってて恥ずかしくなってきたが、稲織のやろうとしていることは褒められる行いではない。
「俺になんの非がある。噂を流して、誰かが動くの待っていただけだ」
呆れて、黙って出ていこうとする。縦穴の縁に再度手を掛けた。
「まあ待て。ここで出て行っても、お前が待ち伏せていたように見られるのは一緒だぞ。事の顛末が終われば、お前と俺が黙っていれば、何も起こらなかったと同じだ」
体のいい詭弁だと思ったが、この状況を小材女子を傷付けずに収める方法を思いつかなかった以上、僕も同罪だろう。
縦穴に座り込み、状況が進展するのを待つことにした。
時間にしてはそれほど待ってはいなかった。
大樹の向こうから小材女子の声が聞こえて、僕は春の麗らかな陽気で寝そうになった意識を大慌てで回収した。
「
「
「ううん。私も、今来たところなの」
縦穴の中では、彼・彼女がどういうリアクションをしているのか見ることができないが会話の内容で判断するしかなかった。
ちなみに小材女子は三十分くらい待っていたことが手元の時計で判明した。
「今日はどうしたの?」とは陸上か。
「うん。実は伝えたいことがあって…………」
地上で繰り広げられる定型文のようなやりとりに、こうして地下で肩を並べている隣の男は薄気味悪く口角を上げていた。
「いいぞ……! そのまま……」
何を妄想して待ち望んでいるのかは定かではないが、彼もまた陽気にあてられた一人に過ぎないようだ。
そう思ったときだった。
突然、
大きな音がした。鈍い音だ。
小材のものと思われる声が何か言っているのは聞こえるが、相手の陸上の声はしなかった。
どうしたことかと、隣の稲織を見ると彼も肩を竦めてみせる。
意識を集中して、小材の声を聞きとろうとした。
「…………ね、…………ね」と繰り返し呟くように聞こえる声。
嫌な予感がした。
「ほんじょ――」
何かに気付いた稲織が口を開いたので、僕は彼の口を手で塞いだ。彼が青い顔をしているのは、決して酸欠ではない。
動揺しているのか、稲織も僕の口に手を被せて声が出ないようにした。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
と大樹の反対側から聞こえる小材女子の声と、何かを叩いているような鈍い音の応酬に、
僕と稲織は、息を殺し合って待つことしかできなかった。
お題:【ここで告白が成功したカップルは永遠に幸せになれる伝説を持つ樹の下で殺し合う男と男】をテーマにした小説を1時間で完成させる
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