2021/01/10 二日間の夜勤

お題:【夜勤】をテーマにした小説を1時間で完成させる。


 同僚から夜勤を変わって欲しいと請われて、致し方なく二日だけ変わることになった。

 いつもと同じように、早朝に目覚めてしまった僕はそのことを思い出して困ってしまった。


   ***


 僕は学校を出た後に錬金術の研究をするために雇われていた。

 職場は会社が持つ敷地内にある研究工房だ。

 工房では日夜錬金術や魔法の研究が行われており、その成果物が同じ構内にある工場で工業製品となっていたりする。

 構内のある工場の中には、二十四時間絶えず稼働しなくてはならないようなセクションもあり、そのために多くの労働力が雇われている。昼勤だが、僕もその一人に過ぎない。

 人がいる日中であれば、工場で生産した製品等を工房ですぐに分析や試験に掛けられるが、夜間勤務においては事情が少し異なってくる。工房の人間はほとんど昼勤だからだ。

 元々、単純労働として雇われている工場勤務の人たちと研究工房の人間は折り合いが悪く、学歴や所得格差、勤務体系が著しく異なる点もその理由の一つだ。職業に貴賎はないと、僕は思っているが皆が皆同じことを考えている訳ではないし、わざわざそれを啓蒙してやろうなどという高慢な思想は持っていない。


 仮眠や家事でなんとか時間を潰して、ようやく夜間勤務に就いた。時刻は深夜未明、飲食店もほとんど閉まっており、道端に転がる酔っ払いを見かけながら工房に出勤した。

 出勤したが、するべき仕事というのは限りなく少ない。工場が生産した金属の試料を持ってくるので、その成分調査を行うだけだ。それ以外はほぼ自由時間と言ってもいい。なにせ、夜間だ。尋ねてくる人もいなければ、指図をされるような上司の存在もいまはいない。ほとんどすべての時間を研究に割けるだろう。

「あの……」

 と早速工場からサンプルが届いた。馬を走らせれば工場から工房まではすぐに着く。徒歩だとおそらく半刻は掛からないくらいだろう。

「分析お願いします」

 作業着を着た若そうな男が平たい円形の金属板を置いた。

「いつもの人は?」

「用事があって代わりに出てきました。成分分析でいいんですよね」

 僕は試験室に中が密閉される箱の中に、試料の金属板を入れて蓋をした。

「どのくらい掛かりますか?」

「五分くらいだけど、急いでるの?」

「いえ、ちょっと一服してこようかと」

「ああ……」

 男が去った後に、僕は魔法で分析を開始した。

 ざっくり説明すると、金属の試料に魔法で発生させたエネルギーを与えて、その金属の構成元素に固有する輝線スペクトルとその強度を読み取っている。

 学校で少し実験を囓った程度だが、再現できて良かった。

 一服して戻ってきた工場の男に分析結果をメモで渡す。

 この一連の作業がその日はあと二回あるだけで、かなり楽な仕事だったと言える。

 こうして夜間に誰もいない部屋で研究をしていると学生の頃を思い出す。突然の無茶な予定の仕事に気兼ねなく仕事ができるのはかなり有意義と言えるだろう。なんなら上司に相談してずっと夜勤に回して貰おうか、などと考えているうちにその日の勤務は終わった。


   ***


 翌日も僕は夜勤で研究工房に入った。昨日と同じ時間だ。

 そろそろ昨日と同じように試料を持った同僚が現れることだろう。

 しかし、それから半刻ばかり過ぎても同僚は現れなかった。

 さらに半刻待っても、試料も同僚も現れなかった。

(これはどうしたことだろうか)

 僕としては別に試料が来なくても一向に構わないが、分析もせずに生産を続けて悪質な製品ができてしまった場合社会的な問題に発展するだろう。それは僕にでも分かる。その場合誰が責任を取るかと言われれば。

(多分誰も責任を取りたがらないだろうが、強いて言えば分析しなくてはならない立場にいる僕だろう……)

 徒歩で出勤するため、馬はいないが徒歩で往復してもせいぜい一刻ほどだ。用心のため工房の鍵を掛けて、工場の方へと向かった。

 すると、会社の敷地と公道を結ぶ出入り口の一つに馬に乗った警察の組み合わせが二騎見えた。彼らも僕に気付いて、じっと見ている。

 敷地内に入っているから知らない振りをしようかと思ったが、向こうから声を掛けられた。

「夜分遅くすみません。私たちは警察の者ですが、会社の方ですか? こちらに入っても大丈夫ですか?」

「え、用がないのに入ったらダメなんじゃないですか?」

「いえ、通報を受けてきたのです」

「ああ、そうなんですか。では問題ないと思いますけど」

 応じると彼らは敷地内に入ってくる。吸血鬼みたいだ。

「先程、馬車を盗んだ不審者がこちらの敷地内に侵入したと通報を受けました」と警察は馬上から事情を説明する。

 近くまで馬が寄ってきたので、背の低い僕は終始見上げてなければいけなかった。

「不審者や馬車は見かけましたか?」

「そういったものは見てないですね。私は向こうにある工房から歩いてきましたが」僕は来た道を指差して言った。「と言っても構内も広いですからね」

「そうですか。いつもこんな時間に勤務しているんですか?」

「偶々仕事があっただけです」

「分かりました。まだ不審者がこの近辺にいるかもしれませんので、注意してください」

 一体何に注意しろというのだろうか。

 彼らの内一騎がその場待機し、もう一騎は途中まで着いてきて分かれ道に入っていった。

 少し遅れたようやくに工場に着くと、

「うわぁ……、あったよ」

 僕は見慣れない場所を見つけてその場で立ち止まってしまった。豪華な装飾のついた馬車で明らかに身分が高い人が使用しているものであると分かった。繋がっている馬四頭が暇そうにしている。

 馬車は扉が開いたままだった。遠目に見ているだけだが、中には誰もいそうにない。

 おそらく警察が見つけるだろうと、馬車を無視して僕はそのまま工場の方へと歩いていった。

 工場の詰め所へ行くと作業員がいた。

「ああ、工房の」

 彼らも馬車の盗難の話で持ちきりだった。

「来てくれたところすまないが、今日は試料はないんだ」

 だったら早く言って欲しいものであると思ったが、そういうこともあるだろうと言葉を腑の内に納めた。


   ***


 翌日の新聞では、記者が熱心に取材していたのか馬車の盗難が載っていた。警察の懸命な捜索活動にも関わらず、犯人は捕まらなかった。

 不審者の目撃情報もなく、ちょっとしたニュースになっていた。

 しかし、僕は犯人に思い当たる節がある。

 昨晩は初め、分析用の試料を持ってこなかった。つまりその人手がなかったことが想像できる。

 盗難された馬車は発見されたが、載っていた不審者が見つからなかったのは、その不審者が社内にそのまま出勤していったからだろう。

 これは明らかな身内の恥と呼ばれるものだ。もしかしたら社内で犯人を匿っている可能性もあるが、それは追々露呈してしまうと想像がついた。

 上司に理解されるか分からないが、僕は具申書を書いてみることにした。

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