第2話 王都にて
「勇者リク、魔導師エルよ、よくやってくれた。此度の働き、まことに大儀であった」
スプール王国フリュー王は謁見の間で玉座に座りながら、討伐の証である魔王のアミュレットを眺めたのち、リクとエルに満足そうな視線を送り労った。
「は。お褒めに与り光栄の極みでございます」
毛足が長く歩いても音のしないフカフカの絨毯に片膝をついて頭を垂れている。
こういった場での礼儀を熟知しているわけではないが、不敬な態度を取ったり、馴れ馴れしい話し方をしなければ良いと言われたので、出来る限り丁寧に対応するよう心掛ける。
「さて勇者リクよ、そなたには名誉子爵の地位を与える。」
「は。有難き幸せ」
「そして魔導士エルよ。そなたには大魔導士の称号を与えよう」
「はい。その名に恥じぬよう、精進いたします。」
「うむ、そなたらも長旅で疲れたであろう、しばしゆっくりと休むとよい。一週間後に凱旋パレードと祝勝会を執り行う予定となっておる。褒美もその時に聞こう。考えておいてくれ」
「は。失礼いたします」
王に一礼して二人は謁見の間から静かに出る。
「あー疲れた。いくらそんなに畏まらなくていいなんて言われても、ああいうの苦手なんだよね」
堅っ苦しい雰囲気から解き放たれ、ついつい気の抜けた声が出てしまう。
「ちょっとまだ気を抜くのは早いわよ!」
「ごめんごめん。でも一週間後にはパレードに祝勝会か…エル一人で出てくれない?」
口では謝りながらも、悪びれる素振りは全く見せず無茶振りをする。
「冗談じゃない!そもそも私がパーティーとか大嫌いだって知ってるでしょ?それに一番の功労者が顔を見せないなんてあり得ないわ」
あまりの剣幕に周りにいた兵士達がぎょっとして二人を見る。
「はいはい。ところで褒美は考えてるのか?」
「まあね。お互いそれは当日のお楽しみにしておきましょうか」
「そうだな。とりあえず俺は筋トレでもしてのんびりするか」
「筋トレしたらのんびり出来ないでしょうに…」
エルの呆れたような声にリクは目を輝かせて答える。
「筋トレはね、精神に安寧をもたらしてくれるんだよ」
「……」
もはやツッコむ気力も失せ、話にならないという様子で頭を振るエルだった。
王への魔王討伐報告から一週間後、スプール王国王都ハルでは凱旋パレードを行っていた。
二人はきらびやかに飾り立てられたフルオープンの馬車に乗り、一目見ようと集まった人達に向かって作り笑いをしながら手を振る。
「勇者様ーカッコいいー!」
「エル様ー可愛いー!」
「結婚してー」
黄色い声援が絶え間なく飛び交うなか
(勇者ってあんまり強そうに見えないんだな)
(エル様は可愛いけどお子さま体型だよな)
ちょこちょこ失礼な声が聞こえてくる。恐る恐るリクが隣を見やるとエルが青筋を浮かべながら笑うという器用なことをしていた。
これがパレード中でなければエルに暴言を吐いた男の毛髪は灰になっていただろう。何せその場面を一度目撃しているのだから。
成長したなという生暖かい目でエルを見つめていると、怪訝な目で見返されてしまうのだった。
パレードが終わり祝勝会の控室に移る二人。
ひたすら手を振っていたせいで肩は上がらないし、作り笑いのせいで顔面がひきつっている。
先程のパレードは一般庶民向けの顔見せで、今から行われる祝勝会は貴族向けである。挨拶攻めに遭うことは火を見るより明らかで二人の気分も沈んでいる。
―何故こんなに辛い思いをしなくてはいけないのか―
そんな思いが湧き上がってくるのは無理からぬことと言えた。
程なくして祝勝会用の衣装に着替えさせられた二人。
「エル綺麗じゃん!よく似合ってるよ!」
まるでエルの放つ火の魔法の如く鮮烈な真っ赤なドレスは、その白い肌と輝くような金髪と見事に調和していた。
「あ、ありがとう。リクこそよく似合ってるわよ」
ストレートな誉め言葉に戸惑いながらも、エルはいかにも貴族と言った装いのリクを誉め返す。
「そうかな?ありがとう」
―ドレスを誉めてやれって言われたけど、あんな感じでよかったのか?―
とは言え心にもない事を言ったつもりはないが。
祝勝会が始まると主役の二人は予想通り良縁を持ちたいという多くの貴族から話し掛けられた。
「リク卿は婚約者などいないのであろう?それならば是非うちの娘を…」
「エル嬢、是非私と…」
二人は幾度となく向けられる縁談に出来るだけ丁寧に、それでいてお断りはしっかりとしていった。その気がないなら曖昧な返事をするなと事前に言われていたため何とか乗りきることが出来た。
なんとか祝勝会も終わりに近づき、フリュー王から声をかけられる。
「二人とも疲れていないか?今日は無理をさせてしまったな」
「いえ、私たちのためにありがとうございます」
いくら謁見の間では無いとはいえ、丁寧な態度は崩さない。
「すまないとは思ってはいるのだが、魔王の討伐というのは、やはり世界的に見ても大きな出来事だからな。君たちの偉業を国威発揚と諸外国への牽制に利用させてもらったのだよ」
恐らくかなり本音で語っているのであろう。心底すまなそうな顔を見せる。
「私には難しいことは分かりませんが、必要なことなのでしょう。お気になさらないでください」
「ありがとう。さて今日は堅苦しいのは無しだ。この場で褒美を聞くことにしよう。まずエルよ、何なりと申すがよい」
「はい。それでは王国が所有しているすべての魔法書と魔道具の閲覧許可を頂きたいと存じます」
さすがエル、安定の魔法オタクぶりだとリクは思う。これに対し国王は宰相と相談し返答する。
「分かった。そなたに閲覧許可を与えよう。好きなだけここに留まって研究をするといい」
「ありがとうございます」
冷静に努めながらも、その横顔からは嬉しさが滲み出る。
「次にリクよ。そなたは何を望む?」
「はい。この国を出て世界を回る許可を頂きたいと存じます」
「何と。国を出ると申すか?」
王は驚きを隠せないといった様子でリクを見る。エルも同様だ。
「はい。私は勇者として召喚されてから、ほぼ最短距離で魔族領へと赴きました。その為、この世界の事をほとんど知りません。ですからこの目で世界を見たいのです」
「ううむ、他ならぬそなたの願い叶えてやりたいが…」
「それでは一つ条件をつけます。スプール王国が戦火に見舞われるようなことがありましたら必ず戻り味方します」
「ふむ、そこが落とし処か…分かった。認めよう」
「ありがとうございます。そしてもう一点、私が魔族領へと赴く前にお約束いただいたことを覚えておられますでしょうか?」
「うむ、魔王の力を侵略に用いないというものだな?勿論、守るとも。」
「はい。それを聞いて安心しました。ありがとうございます」
「うむ、それではこれで祝勝会も終わりだ。帰って休むとよい」
「はい。失礼いたします」
リクとエルが会場を立ち去るのを王と宰相らが見送る。
「王よ、よろしかったので?」
宰相プランタは手元においておくべきではといった様子だ。
歴代でもかなり強いと目された魔王をも討伐するその力、野放しにするのは勿体無いと思うのも当然だ。
「うむ、仕方あるまいよ。彼はわが国の軍人ではない。」
王が残念そうに答えて、続ける
「それに彼はこの国が戦火に見舞われたら味方をすると言ってくれた。まずは抑止力になってくれればそれでよい」
王の言葉を聞いても、もったいないという表情が消えない宰相。それを見て王はさらに続ける。
「彼の不興を買うことは避けねばならぬ。今は彼を味方につけておくだけで良しとするべきであろうよ。幸い我が国の勇者リクが魔王を討伐したことはすでに各国の知るところとなっておる。態々勇者と魔王を戦力に持つ国を攻めてくるような物好きはおらぬであろう」
リクとエルは着替えを終え、王城内のあてがわれている自室に向かっている
「ねえリク、ホントに行っちゃうの?」
そう尋ねるエルの顔には寂しさがうかがえる。
「ああ、世界を見てみたいっていうのは確かだけど、こんな所にいたら息が詰まってしょうがないからな。それにもっと強くなりたいし、元の世界への帰還方法も一応探してみたいしね」
リクが暗くなりすぎないようにおどけて答えるが、元の世界への帰還と聞いたとき、エルが身をこわばらせた。
「そっか、寂しくなるな…」
「まあ旅をするっていっても拠点は持つつもりさ。いつでも遊びに来るといい」
「分かった、絶対会いに行くね」
祝勝会から三日後、王都の門で向かい合う二人の人影。リクの旅立をエルが見送りに来ていた。
「それじゃあ世話になったな。拠点が出来たら知らせるよ」
「うん。リク、これあげる」
エルはリクの首に腕を回しペンダントを取り付け、そっと頬に口付けする。
「私が作った魔除けのペンダント。ちゃんと着けててね」
耳まで真っ赤になりながらエルが言う。
思いがけないその行動にリクは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに優しい笑顔を見せると、そっとエルを抱き締めながら耳元で囁く
「ああ、肌身放さず着けておくよ。ありがとう」
こうしてリクのリクのためのヤレスでの旅が始まった。
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