第346話 12月3日《謝らないまま、二人で……》

 寒空の下、校庭グラウンドをひた走る。

 ゴールを目前にしてスパートする体は、もう寒くなんてなかった。


 けれど、級友クラスメイトが走り終わるのをじっと待っていたら、温まった体も冷えてしまう。

 なので、軽い運動ストレッチをしながらゴール付近で待っていると……智奈美が追いついて来た。


「お疲れ」


 声を掛けてすぐ、「そっちもお疲れ様」と涼しい顔で告げられる。


「五キロは余裕?」

「この倍でも平気」


 バスケで息切れしていた頃の面影はない。


「授業でそれをやると死人が出るけどね」


 冗談めかして言い、未だ走り続ける友人へ視線を向ける。

 二人で見守る中、茉莉がゴールしたのは……授業の終わる直前だった。



 荒い呼吸を繰り返す姿に大丈夫? なんて声は掛けない。


「私、お茶取って来る」


 言うなり走り出した後姿を、止める暇などなかった。


まったく、ちなは……おおげさっ」


 途切れ途切れに言われても説得力はない。


「いいから座って」


 腰かけられる場所へ誘導した途端、茉莉は息を吐いて座り込んだ。


「平気だって、ほら……最後の方は歩いてたしさ」

「それ、傍から見たら限界の証だからね?」


 けほけほと咳き込んで笑われても、心配がかさなっていくだけだ。

 でも――、


「それよりもう、平気?」

「……何が?」

「ちなと、二人きりでも」


 ――心配をかけていたのはアタシも同じだった。



「今、少しいい?」


 放課後、智奈美を呼び止めた。


 すまし顔に滲む緊張が、今なら少しだけわかる。

 そして、あたしの緊張も彼女に伝わっている筈だ。




 智奈美に、好きな人がいるのは知っていた。

 でも、楠が彼女を好きだと気付いたら……素直に応援できなくなった。


 だって……好きな人の恋を邪魔するみたいで嫌だった。

 楠の想いさえ届かなければチャンスがあるかもなんて、考えたくなかったんだ。


 だからこれは、最初から八つ当たりだったんだ思う。


「あたし、楠に告白したの。四回目の告白……でも、ダメだった! 結局ね、あたしの失恋に智奈美は関係なかったんだよ」


  本当はごめんと言いたい。

  けど、やるせなくて……素直に謝りたくない。

  だけど、それでも――、


「だから、気にしないでっ」


 ――友達に戻りたいなんておかしいかな?


 震える唇で伝えた直後、智奈美は静かに首を振った。


「気にするなは……無理でしょ」


 泣きそうな声だ。


「……気にするなは無理だよね」


「……謝ったら、怒る?」

「……怒れないよ」


 不器用な友人に、そっと告げる。


「だから、謝らないで。その代わり……アタシも絶対に謝らないからさ」

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