第311話 10月29日(……あ、来た)

 中間試験が終わって今日で一週間……ようやく全ての答案用紙が返って来た。


「テストどうだった?」


 点数を覗きに来た茉莉へ「91」とだけ答える。


「おお! と言うことは?」


 にやりと口角をあげた親友に、したり顔で応じた。


「全教科平均89点」

「やったじゃん!」


 茉莉が軽く手をあげたから、ハイタッチで応じる。

 だが私は、この結果を素直に喜べないでいた。


 ◆


 先週、彼にクレープを奢ってもらったのは、言わば賭け金の前渡しだった。

 つまり、もうこれ以上のご褒美はない。

 あとは返却された答案用紙を見せて、賭けに勝っていたと証明するだけだ。


 そう、それで終わりだ。


 先日、確かに彼と再びどこかへ出掛ける約束はした。

 けれど、それは私が賭けに負けていた場合の話だ。


(……お財布が痛まないのはありがたいけど)


 正直、この結果をつまらないと感じていた。




 ◆




「よし! なら寿司でも回しに行くか?」


 答案用紙を受け取るなり、彼は笑顔でそう言った。

 思わず「は?」と声が漏れる。


「あの……前にした約束、覚えてますか?」

「もちろん」

「もちろんって……あれ、私が賭けに負けていたら、その時は私の奢りで出掛けるという約束でしたよね?」


 口を衝いて出る言葉には、茨のような棘が生えていた。

 しかし――、


「ああ。けど、それは賭けの話だろ?」


 ――きょとんと首を傾げる彼の返答で、急に茨が萎れ始める。


「……え?」

「だからな? 俺がクレープを奢ったのも、ちなが賭けに負けていたらまた出掛けようって約束したのも、全部賭けの話で――今から寿司を奢るのは、頑張ったちなへのご褒美なんだよ」


「……つまり、賭けは関係ない?」

「そうだ。それで……どうする?」


 つまらないと感じていた心に巻き鍵をさされた気がした。

 カチカチと聞こえもしない音がして、急に気恥ずかしくなってくる。

 さっと目線を逸らした直後――、


「寿司、回しに行くか?」


 ――再び、優し気な声色が耳に届いた。


「……回しに、行きます」


 その後、母へ『夕飯は外で食べてくる』とメッセージを送り、彼の車に乗り込んだのだ。


 ◆


 寿司の乗った皿が、いくつも目前を通り過ぎていく。

 けれど、野良の寿司など無視し、自分で注文したハマチが流れてくるのをじっと待っていた。


「お、あれじゃないか?」

「……わかってますから」


 手に取ったハマチの皿へ醤油を垂らしてから箸で摘まむ。


「いただきます」


 安い寿司でも美味しく感じるのは……まさか、彼と一緒だからだろうか?




 ……まさかね。

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