第284話 10月2日(せめて、また普通に話せたら……なんて)
朝、制服姿で玄関に立つ私へ、母はぽかんと口を開けながら訊ねた。
「あんた、そんな恰好でどこ行くのよ?」
「どこって……学校だけど?」
結論から述べてみたのだが、母は「土曜日なのに?」と首を傾げてしまう。
靴の
「文化祭の準備があるの」
「文化祭って……本番は来週でしょう?」
「……そうなんだけどね。放課後だけじゃ時間が足りないみたいだから」
靴の先で床を小突くと小気味の良い音が鳴った。
休日なのに通学しなければならない違和感を打ち払い、母へ振り返る。
「それじゃ、いってきます」
「はい。いってらっしゃい」
そして、玄関を出る直前――、
「そう言えば、ちなのクラスは何をするの?」
――想定していた質問が飛んできたので、手短に「たこ焼き屋」とだけ答えておいた。
◇
机上には、大量のプリントがいくつも積み上げられていた。
私達はそれを上から一枚ずつ取り、半分に折るという作業を繰り返す。
ひたすらに地味な作業だが、この中折りされたプリントが最終的には重ねてホッチキスで束ねられ文化祭で配るパンフレットへと姿を変えるのだからやらない訳にはいかない。
しかし、なにぶん地味な作業だ。
本来ならば、雑談でもしつつ賑やかに作業が進んでいきそうなものだが――、
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
――私達は黙々と作業を進めていた。
作業の途中で教室に入って来た担任の先生から「あっ! あなた達いたのっ? 静かだから誰もいないのかと思っちゃった」と言われたほどだ。
そして、そんな私達の間に生まれた最初の会話は……楠から発せられた「そろそろ昼休憩にしようか」という味気のないものだった。
◇
「空気が、重いっ!」
コンビニで買って来た菓子パンをかじり、茉莉がぼやく。
「心配で手伝いに来てみれば案の定というか想像以上だよ! 文化祭の準備ってもっとわいわいするもんじゃないのっ? 日常会話くらいできてるかな? ちょっとぎくしゃくして気まずかったらせっかくの文化祭なのに可哀そう……なんて思ってたあたしの考えは甘々だったっ!」
返す言葉もなく、しゅんと項垂れる。
「その……私も日常会話ぐらいは、と思ってるんだけど」
「はぁ……まあ、夕陽がちなのこと避けてるっぽいしね」
彼女が楠の後を追って文化祭委員になった時、不安もあったけれど同じくらい仲直りできるのではと期待していたのだが……。
「……そうそう上手くはいかないよね」
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