第259話 9月7日(あの顔、毎日みるのは流石につらいな……)
放課後――、
「し、失礼しますっ!」
――緊張でひっくり返った声と共に、秋が教室へ訪ねてきた。
「あのっ、向坂先輩はいらっしゃいますかっ!」
教室をきょろきょろ見回す小動物めいた秋の姿に、どこかから『かわいいー』なんて声があがる。
好奇の目に晒される秋から見つけられる前に声を掛けてあげるべきか……。
やれやれと肩を竦めて席を立った瞬間、
「向坂さんなら教室の奥よ」
と、秋に私の居場所を教える声がした。
「……あ! 本当だ! えっと、ありがとうございますっ」
ぺこりと秋が頭を下げていたのは、夕陽だ。
「大したことじゃないから。ほら、早く入ったら?
慌てて教室へ入る秋と入れ替わりに夕陽は教室を出ていってしまう。
その後姿を目で追っていると、
(あっ……今――)
一瞬、振り向いた夕陽と目が合った。
けれど、言葉を交わせる距離でもないし――何を話せばいいかもわからない。
そうして夕陽の背中を見送っていると、駆け寄って来た秋に視界は塞がれた。
しかし、まあ……。
「ちーちゃん先輩、お疲れ様です! 今日もお時間を少し頂きにきました!」
待ち伏せをされて行き違いになるくらいなら、いっそ教室まで訊ねてくれた方がマシだとは伝えたが……昨日の今日で訊ねてくるとは思わなかった。
「試合のこと、またお願いに来たの?」
訊ねた途端「はいっ!」と元気の良い声が返って来る。
良い返事がもらえた訳でもないのに……目の前のわんこは『待て」の時間まで楽しんでいるようだ。
これはこれで罪悪感が生まれる。
細い溜息を挿んでから「昨日の今日で『いいよ』なんて言うはずないでしょ?」と努めて優しい声色で聞かせた。
すると、鮮やかなモミジみたいに明るかった顔色が枯れたように陰る。
でも、秋はすぐに取り戻した笑顔で「でも、明日も来れば昨日の今日じゃなくなりますから」と強がった。
その後、秋は「今日はこれで失礼します!」と頭を下げる。
彼女が去った後、茉莉に「あれ、断り続けたらきっと卒業式まで続くよ」と脅された。
まったく……冗談にもなっていない。
「……だから、そうならないように何か考えないとね」
イスに座り直し頬杖をついていると――、
「いっそ、難しく考えるのをやめてもいいんじゃない?」
――茉莉の口からわかったような言葉がこぼれる。
即刻、文句を返してやろうと思ったのだが、
「…………」
無理やり作られた秋の笑顔を思い出したせいで、つい言葉に詰まってしまった。
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