第229話 8月8日(毎年毎年……懲りない人)

 勝手知ったる彼の家でソファに寝転がっていると、どこかからかバイブレーションが聞こえてきた。

 察するに、彼のスマホが震えて泣いているのだろう。

 けれど『私には関係のないことだ』と無視を決め込むことにする。

 その後、しばらくして振動音は収まったのだが、静寂が訪れたと思った瞬間――またすぐにぐずり声は聞こえ始めた。


「…………」


 寝そべりながら首を反らし、音がする方へと向いてみる。

 すると、リビングのテーブルから垂れ下がる、くたびれたストラップが目に入った。

 ……長く、彼がスマホにつけているものだ。


「……はぁ」


 見つけてしまったものは仕方がない。

 ひとつ、溜息を挿んでから立ち上がり、重たい足取りでリビングに向かった。



 仕事部屋の前まで行き、開け放たれたドアへ一応ノックをしておく。


「……ねぇ」


 背中へ声を掛けてみたら、瞬く間に彼と目が合った。


「電話、掛かって来てましたよ」


 泣き疲れた様子の携帯端末を彼へ差し出す。


「電話? 誰から?」

小母おばさんからです」


 直後、彼の眉間にはクシャクシャにしたアルミホイルみたいなしわが刻まれた。


「母さん?」


 彼はスマホを受け取るなり液晶画面に触れ、苦々しい表情で「マジか」と呟く。

 電話の後でメッセージか何かが届いていたらしい。

 「どうかしたんですか?」と首を傾げてみせたら、深い溜息が返って来た。


「……お盆に入る前にこっちへ遊びに来る気らしい。泊まっていくから掃除しておけってさ。しまったな、もうそんな時期だったか」


 彼は一度部屋から出ると、疲労感の滲んだ眼差しである一室を見つめる。

 そこは今でこそ物置と化しているが、再婚前に小母さんが過ごしていた部屋だった。


「……今年はどれくらい散らかってるの?」

「……かなり」


 消沈した声色から使われなくなったストーブや着なくなった服を詰め込んだ段ボール箱がパズルゲームのように積まれている光景を想像する。

 お盆までならいざ知らず、お盆の前に片付けるとなったたら……かなり骨が折れそうだ。


「……いっそ、あなたの方から小母さんの所へ泊まりに行ってみては?」

「いや、向こうの家は気疲れするから……物置を大掃除する方が楽だよ」


 それから彼は苦笑いを浮かべると――、


「ところでさ、ちな?」

「……何、藪から棒に」

「前に話してたアルバイトの件なんだが……日雇いでハウスキーパーを募集している場所があるんだけど、どうする?」


 ――勝手知ったるアットホームなバイト先を斡旋しだした。

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